(3)

「何か先生、疲れてない?」


 背後から声をかけられ、記載途中のカルテから目線を外した。MA(医療事務)の仲田さんが後ろに立っていた。


「……昨日PD執刀してから当直で、寝られたのが2時ごろ、朝6時に頭部打撲の患者がやってきて、それの途中に内科から上部穿孔のコンサルトで、この後緊急手術なんですよ」


 溜め息とともに若干吐き捨てるように言った。言葉にすると、どっと疲れが襲ってくる。


「え、誰もその穿孔引き継いでくれないの?」


「今日は大腸2つラパでやってるんで、引き継げる人がいないんですよ……。外科メンバー6人しかいませんしね」


「あー、そうか。大変ねぇ」


 自身の使っているパソコンに戻っていく仲田さん。この軽さがこの人の持ち味でもある。


 そう、伊津総合病院の外科医は6人しかいない。実際は7人だが、1人は産休のため今は勤務されていない。

 ラパ(腹腔鏡手術)となると3人で1つの手術を行うことが基本である。現在、研修医がスーパーローテーションの一環で1人外科を回ってきてくれているため、7人のマンパワーがある。自分が外来をしていても6人が手術に入ることができるため、大腸癌の手術でも並列で進めることが可能となっている。


 これも地方の特色なのかもしれないが、外科医が年々減少していっていることも原因の1つだ。ここ数年は6~7人程度の人数で、年間700例近い手術を行っている。このため、当直翌日でもそのまま勤務を継続して診療や手術を行わなければ業務が回らない。

 昨今の働き方改革といっても、母数が増えなければ交代制なども導入できない。患者側としても寝不足や疲労困憊の医師に診療してもらいたくはないかもしれないが、そうなれない理由は単純明白。人がいないのである。

 正確に言えば外科医になる人が減っているのである。医師数は増えているが、訴訟のリスクがある診療科に進む人は外科に限らず減っている。そのくせに高齢化社会の影響で医療費削減やら診療報酬改定やらで、勤務医として働く側は制限が厳しくなってきている。


 こんなことを考えたところで、地方末端の一外科医でしかない自分には何もできることはないので、頭を切り替えて先ほどまで説明していた新患のカルテを書き上げ、診断のところに名前をつける。


“上行結腸癌”


 近年の日本人で増加傾向にある大腸癌。

 食の欧米化や胃癌が減少傾向にあるため、それらの影響で相対的に増えつつある。外科としての手技も確立されており、基本的には通常の操作ができるのであれば腹腔鏡手術がファーストチョイスとなっている。

 ステージ4でなければ進行癌であっても腹腔鏡で完遂できることが多い。病院によってはロボット支援下での手術が普及しているが、我が病院ではまだ導入されていない。

 導入するすると言われつつ、早2年。やっと来年度のどこかで購入する予算がついたらしいが、本当かどうかは上層部しか知り得ない。


 何度目かわからない溜め息を吐き出して、外来を後にした。

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