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 ここ伊津市にある伊津中央総合病院は市立病院ではないが、この市の中核病院として稼働している。自分、五十嵐春希はこの病院の外科医である。

 もう一つ隣接する市との境目に伊津西回病院もあるが、規模としてこちらの方が大きいため、夜間救急として輪番制を採用している伊津市は、こちらの負担が大きくなっている。

 割合として2:1、つまり30日のうち20日は当番日として夜間の救急車を受け入れている。病院全体の医師数としては大体100人程度ではあるが、そのうち当直として勤務が割り当てられるのは大体半数ほど。外科系としては15人ほどで当直を回しているため、大体月に2回程度の当直が当たることとなる。

 大都会の病院であれば、当直終了後の翌日は休みとなるような調整がされることが多いが、ここのような一地方の30万前後しか人口のいない地域の病院規模ではそうもいかない。翌日も朝から通常業務や外科系であれば手術などが待っている。

 夜間救急は本当に日による、のがまた厄介だ。

 全く来ない日もあれば、2時間程度の間に一気に来て、夜中は来ない日、ダラダラと1時間おきにやってくる日など様々だ。今日はどれかと言えば、ダラダラ1時間おきにやってくる日に相当する。


「あの……」


 視線をモニターから声のした右側を見るとメガネをかけた研修医の鳥飼先生が立っていた。


「1人患者さんの上申いいですか」


「はいはい、何の人だったっけ……転んで頭打った人だっけ?」


「先生、それ1時間前に診た人です」


「あ、マジ、何の人?」


「包丁で指切った35歳です」


「あぁ、いたな、そう言えば。何か問題あった?」


 電子カルテで救急患者一覧のページを開き、その中から鳥飼先生の説明と合致する患者のカルテを開く。事細かにカルテを記載しており、内容を簡単に把握する。


「特に異物もなかったですし、筋肉や神経の損傷もなさそうです。でも、少し創部が深そうなので縫合が必要だと思うんですけど」


「うん、わかった、縫合できそう?」


「大丈夫です、準備して縫合してきます」


 踵を返し、患者の元へ向かう鳥飼先生に、「終わったら見に行くねー」と声をかけた。


 開いている患者のカルテに所見や内容を書き込む。基本的には研修医の書いてくれたカルテの承認のようなものだ。

 臨床研修指定病院としても機能している我が病院の夜間救急というものはこういう感じだ。全国的にもこういう病院が大多数であろう。

 夜間当直という名目で内科系医師が平日は2人、外科系医師が1人が夜勤をしている。そこに研修医が2人、研修という形で下についている。大体が夜間救急に来た患者のファーストタッチから診断、治療や処置に必要なプランを考え、上級医に伝達し、指示や指導を仰ぐというのが多くの病院で取られている救急研修というものだ。

 研修医の2年間は病院や上級医に庇護されており、責任も分散されるが、3年目の専攻医になった瞬間放り出されるのも医師という職業の特色かもしれない。外科であれば内科系疾患のCPA(心肺停止)症例を診なくてもいいのはいいが、外傷症例のCPAとなると話が少し変わってくる。不幸にも予期せぬ事故などで突然亡くなってしまう人を診て、説明しなければならないのはなかなかしんどい。

 そんなことをぼーっと考えていたら、救急車搬入口の扉が開いた。


「86歳、左股関節痛です!」


 時間に見合わない威勢のいい救急隊の声と共にストレッチャーが入ってくる。


「8番にお願いします」


 流れるように服部さんが告げ、搬入口右手の1番近いところを指差した。

 この救急外来は今座っている後ろにホワイトボードがあるデスクをコの字で囲うように処置室が配置されている。それぞれ個室になっており、5番から14番までの10床、それとは別に経過観察室として4床が出口付近に配置されている。

 今のところ、半分程度しかベッドが埋まっていないため、服部さんの言うように今は少しマシなのかもしれない。救急隊のストレッチャーから病院のベッドに移動したくらいのタイミングで担当になった研修医の藤田先生が話を聞きにきた。


 整形疾患が疑われる患者に対してやることはだいたい決まっている。

レントゲンやCTを撮影して骨折があるかないか、帰宅させられるか入院が必要か。そこが判断できれば方針は自ずと決まってくる。

 今日一緒に当直している研修医の2人は2年目。嬉しいことに1から説明しなくても必要な検査も分かっている。

 藤田先生に任せて、ホワイトボードに書かれている整形の待機医師の名前を確認しておいた。夜が明けるまではまだまだ時間がかかる。

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