第4話 ヒーラーのヒナ登場

 翌週レオはいつものようにギルドにいた。最近では、条件の良い品物のコンビネーションが揃うまで待てるようになった。1つのエリアの品物を合計して500リタ以上あれば、そのエリアのLP全部取りをするようにしている。

「あんた毎日朝から晩までずっとここいるわよね」

 パブのおばさんに声をかけられ、レオは振り向いた。

「レオだっけ?」

「うん。おばちゃんは……」

「ロゼーラよ」

「ロゼーラおばちゃん——いや、まだまだ金無いからさ」

「あんた外で寝てるんだって?」

「え、うん」

 レオが恥ずかしげに答えると、ロゼーラは心配そうな目でレオを見た。

「ドンテと話したんだけどね、ここに屋根裏があるのよ。あたし達は2階に住んでるんだけど、屋根裏は使ってないから、そこで寝なさいよ」

「え、いいの!?」

「大したもんじゃないわよ、色々物が置いてあるし。まぁ来なさい見せるから」

 ロゼーラはレオを屋根裏へ案内した。

「うわー広いなー!」

 レオはたちまち驚いた。壊れた椅子など、パブで以前使っていたであろう物が散乱しているとは言え、充分なスペースだ。

「しかも窓もあるじゃん!」

 小窓は開閉可能で、屋根裏の暑さを少し和らげてくれる。

「気に入ったなら良いんだけどねぇ」

 ロゼーラはレオの予想以上の喜びを見て満足気な表情を浮かべた。

「ありがとう、ロゼーラおばちゃん!」

「いいのよいいのよ。で、ギルドの仕事は楽しい?」

「うんまぁね。配達は結構慣れてきたよ。でも薬草採りの方がギャラが高いからそっちもやってみたいんだけど、誰も教えてくれなくて。薬のことなんてさっぱりだよ」

「あらそう——あ、ヒーラーの子なら知ってるわよ。ちょうどあんたくらいの子で」

「ヒーラー?」

 レオがとぼけた顔でロゼーラに聞き返すと、ロゼーラは呆れる様に笑った。

「あんた本当何も知らないのね。ヒーラーっていうのは薬を作る人よ。飲み薬や塗り薬を作って、病気や傷を治すの」

「ふーん。で、その子は飛べるの?」

「いやー、飛んでるとこは見たことないわねー」

「そしたらどうすんのさ。飛ばないといけないような場所にあるからギルドに頼んでるんでしょ」

「確かにそうね。ほら、あんた2人乗りは出来ないの?」

「まぁ出来なくは無いけど……」

「まず1回会って話してみなさい」

「うんそうだね」

 ロゼーラはレオを連れて1階に降りた。

「ドンテ! 屋根裏ありがとう、最高だよ!」

 リアルトを出る前にレオがそう叫ぶと、ドンテはグッドサインを見せた。

「あの子の家はここから近いから」

 そう言ってロゼーラは短い足を素早く動かして歩いた。意外な速さにレオは驚く。

「ロゼーラおばちゃん歩くの速いな」

「あたしは飛べないんだから、地上を速く動くしかないでしょ」

 リアルトから西の道を真っ直ぐ進むと、数分でロゼーラの足が止まった。

「ここよ」

 そこはバルトマンと見学に行ったアパートに似たような場所だったが、もっと立派に見える。ヒーラーの子は1階に住んでいるようだ。

 ロゼーラが扉をノックすると、数10秒後に女の子が現れた。金髪ロングで、水色のチュニックの上にベージュのエプロンをしている。肌の色は透き通るほど白い。

「はい。あ、ロゼーラさん」女の子はおっとりとした口調で言った。

「ヒナちゃん元気? 今お取り込み中かしら?」

「いえ、大丈夫ですよ」

「あのね、この子レオって言うんだけど、薬草の手に入れ方を知りたいそうなのよ」

「はぁ……」ヒナはきょとんとした様子で返事した。

「レオです。よろしく!」レオは取り敢えず自己紹介しておいた。

「あ、ヒーナーのヒラです——あれ、違う、ヒーラーのヒナです」

 ヒナはあたふたと自己紹介した。

「何緊張しちゃってんのよぉ」

 ロゼーラはヒナにツッコミを入れた後にレオの方を向いた。

「まぁヒナちゃんこんなんだけど、ヒーラーの腕はすごいのよぉ。うちのパブにもヒナちゃんの薬少し置いてるの」

「そうなんだ」

「まぁあとは2人で話してちょうだい。あたしは要らないでしょ」

 ロゼーラはそう言ってまた早足でリアルトへ向かった。レオとヒナは苦笑した。

「面白いなー、ロゼーラおばちゃん」レオはロゼーラの後ろ姿を眺めながら呟いた。

「ね」ヒナが同意した。

「でさ、ギルドに薬草採りの仕事があるの知ってる?」レオは本題に戻った。

「うん」

「それを俺やりたいんだけど、他のギルドワーカーが誰もやり方教えてくれないんだよ。それでヒナに協力くれないかなーと思って」

「どこにあるか分からないってこと?」

「どこにあるかはドンテが教えてくれたんだけど、どういう見た目なのか分かんないし、採り方も分かんないんよ」

「そっか。私は全部見た目も採り方も知ってるけど、飛べないから一緒に行くと時間かかるよ?」

「そう、飛べないのはロゼーラおばちゃんに聞いた。でもさ、知ってるってことは、一度は行ったことあるってこと?」

「うん。遠かったなぁ」

「1回でいいから一緒に行ってくれないかな? それぞれの薬草1回やり方覚えればあとは自分で出来るから。その分お礼はするよ。時間もヒナに合わせるし」

 レオにそう頼まれ、ヒナは少し考え込んだ。

「うん。分かった」

「マジかー! ありがとう!」

「えっと、明後日なら空いてるよ」

「パーフェクト! 何時に出ればいい?」

「明るいうちの方がいいから、7時かな」

「早っ! ギルド開いてないよ。まぁでも前日に仕事取っておけば多分大丈夫か。ヒナの家に来ればいい?」

「うん、ここね。着いたらノックして」

「あ、待って。ミミベーカリーが7時オープンだから、7時5分でもいい? バゲット買わなきゃ」

 真顔で言うレオにヒナは思わず笑ってしまった。

「ふふふ。いいよ」ヒナは笑顔で快諾して家の中へ入った。

 レオはその日仕事を終えた後、再び屋根裏へ上がった。遂に寝場所を確保出来たことに安堵し、ぐっすり眠った。

 翌日レオは、ギルドで待機してる合間にドンテに薬草採りについて話した。

「俺教えてもらう人見つかったから仕事取れるよ」

「ほう、誰だよ」

「ヒナ」

「おう、あのヒーラーの可愛い子ちゃんか。おめぇら歩いて行くのか?」

「うん」

「まぁ何だっていいんだよ。そしたら今依頼があるのはエネクトリシアだけだな。黒板見りゃ分かると思うが、エネクトリシア―19―3000ってあんだろ。19は締切だ。19日だから明後日だな。時間は決まって11時だから気をつけろよ。3000はギャラだ」

「量はどれくらい取ればいいんだ?」

「それも決まってる。エネクトリシアの場合は数だな。10個だ」

「分かった」レオはエネクトリシアが何かさっぱり分からないから10個と言われてもピンと来ないが、頷いた。

「何で同じのが2つ書かれてるんだ?」レオは黒板を指差して尋ねた。

「今20個依頼があるから2つ書いてんだ」

「じゃあ1つにまとめて数量記載すればいいんじゃないの? 行く手間は変わんないじゃん」

「だっはっは! おめーよ、配達じゃねんだこれは。行って手紙ぽんと入れるのとわけがちげーぞ。エネクトリシアは点在してるから見つけるのに時間がかかんだ。だから複数依頼があっても敢えて1つしか担当しねー奴もいる」

「そういうことか」

「勿論全部まとめて担当しても問題ねえ。だが担当して間に合いませんでしたは許されねえからな。薬草は全部政府が顧客だ」

「歩きで丸1日あったらエネクトリシア10個取れると思うか?」

「まぁ大体皆4時間くらいで帰って来るからよ、丸1日使う覚悟がありゃ歩きでも大丈夫だろ」

「分かった。じゃあ1つ取る」

「おう。薬草採りの場合は物を持ってきた時点でギャラを支払うからな」

「オッケー」

 翌日レオは日の出前に目が覚めた。リアルトの屋根裏に住んで良かったことの1つが、時計があることだ。1階に降りて時計を確認すると、まだ5時半だった。

 7時前に家を出て、ミミベーカリーに開店と同時に入った。

「おはよう」レオはミミに挨拶するや否や、急いでバゲットを1本取ってレジに置いた。

「今日はこのままで」

「あら、どうしたの?」

「今日は長旅するからさ、腹減ると思って」

「そう。行ってらっしゃい」ミミは初めてバゲットを切らずにそのままレオに渡した。

 レオはラグに飛び乗ってヒナの家に着いた。扉をノックするとすぐにヒナが出てきた。

「おはよー」

 ヒナは寝ぼけてるのか普段もこうなのか分からない声で挨拶をした。

「おはよう。今日だけど、エネクト10個の仕事取ってきた」

「エネクトかな?」

「そう、それ。ヒュー! だから俺1人じゃ絶対出来ないんだよ」レオは笑った。

「ふふふ。エネクトリシアだったら鎌はあった方がいいかな。ちょっと待ってて」

 ヒナはそう言うと家に入り、1分もしない内に戻ってきた。

「お待たせ」

「よし行くか! 山の方だっけ?」

「うん」

 2人は山へ向かって西に進んだ。レオはまだヒナのことを何も知らないことに気付いた。

「今日は仕事休みなの?」

「うん、というか私仕事の時間は自由なの。家で薬作って、それを病院と薬屋に卸してるんだ。病院は納期までに間に合わせないといけないけど、薬屋は最悪私の薬が品切れしても他のヒーラーの薬があるし」

「なるほどねー——薬屋でヒナの薬が売れなかったらどうするの?」

「もう卸した分は返品とかないけど、それ以降買ってもらえなくなるよ」

「残酷な世界だな」

「うんまぁね」

「ヒナはいつからヒーラーやってるの?」

「4ヶ月前かな」

「そんな最近なんだ。じゃあ15歳?」

「うん。レオ君は?」

「俺も15。まだ働き始めて2週間だよ」

「もっと最近だ。じゃあ私の方が先輩だね」

 ヒナは笑顔でそう言って、ぎこちないスキップをした。

「何、今の?」

「スキップ」

「スキップじゃなくない?」レオは笑った。

「そうなの? 私はスキップのつもりなんだけどなぁ」

 ヒナは特に気にしていない様子だ。

「何か皆すごいよな——ラグ屋のマットって知ってる?」

「ん~知らないかな」

「そいつは16歳なんだけど、自分の店持ってるし。俺なんかただのギルドワーカーだよ」

「でもレオ君まだ始めたばかりじゃん」

「そうなんだけどさ、これいくら続けてもヒナとかマットみたいに自分で何か作れるわけじゃないし——せいぜいドンテの後継ぎしかステップアップが思い浮かばないや」

 ヒナは何も返さず、2人はしばらく黙って歩いた。

「そう言えば薬屋ってガレシアに何個あるの?」レオが久々に口を開けた。

「50個以上あるよ」

「そんなに! ヒナはそのうち幾つに卸してるの?」

「7つ」

「じゃあ、それ以外の薬屋がある地域だとヒナの薬は手に入らないってこと?」

「そうだね。他の地域まで飛べば別だけど、そこまでして他のヒーラーの薬を買う人はいないんじゃないかな」

「確かに——じゃあさ、俺がヒナの薬を売って回ろうか?」

「え、どうやって?」

「『薬いかがですかー』って」

「雑!」ヒナが吹き出した。「だってレオ君、薬の種類分かるの?」

「分からん。何かめっちゃ分かりやすいの無いの? 『傷薬』とか」

「あるよ。リアルトに置いてる」

「そう、そういうのでいいんだよ。そういうメジャーなやつなら皆買いそうじゃん。俺パッケージ届ける時に人と会うからさ、その時に『傷薬切れてませんかー』って言えば買ってくれるかもしれないじゃん」

「ふふふ。かもね」

「『天才ヒーラーの薬でーす』って言うから」

「ダメだよ適当なこと言っちゃ」ヒナが笑いながらレオを是正した。

「試しに俺に薬売ってよ。薬屋に卸してる値段より高くていいから。今日のお礼はリタで払ってもいいけど、それだと味気ないじゃん。でも俺がヒナの薬を広めれば、もっと多くの薬屋でも扱ってくれるかもよ?」

 レオにそう言われ、ヒナはうーんと考える。

「うん、そうだね。じゃあ今日のお礼は薬を買ってもらうことにしようかな」

「よっしゃー、決まり」レオは満足気な表情で言った。

 しばらく歩くと2人は山へ到着した。

「この辺かな」ヒナは辺りを見回した。

「レオ君これ。これがエネクトリシア」

「おーこれか!」

 レオは手でちぎってみた。

「手痛いけど、鎌がなくても何とかいけそう。鎌はヒナが使っていいよ」

「分かった」

 そこから2人でエネクトリシアを探し、1時間もしない間に10個集めた。

 少し休憩した後、2人は帰り道を辿った。

「今日はありがとう。本当に助かったよ」

「どういたしましてー」

「薬はいつ買ったらいい?」

「今は在庫無いから、作ったらリアルトに持っていくね」

「オッケー。俺屋根裏に住んでるし、いつもあそこにいるから会えると思う」

 リアルトに帰ったレオはエネクトリシアをドンテに渡した。久々に長距離歩いて疲れ果てたレオは、今日の仕事をもう止めにし、屋根裏に上がって休憩した。

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