第5話 ラグスビー
レオがヒナと薬草採りをしてから1週間経った。毎日ギルドワー三昧だ。パッケージを届ける際にヒナの薬を勧めたら、数人が買ってくれた。薬草採りの依頼はギルドにちょくちょく上がってきているが、ヒナの薬を全部売り切るまではヒナに再度協力を仰ぐのを待つことにした。
レオは配達でマットファクトリーの近くを通った時に、マットに顔を出すことにした。
「マットいるー?」
レオが扉を開けて名前を呼ぶと、マットが奥からやってきた。
「おうレオ。久しぶり」
「仕事は順調?」
「うん。今ラグスビー選手のラグを修理してた」
「ラグスビー?」
「え、レオ、ラグスビー知らないの?」
「知らないよ」
「うおー、カルチャーショックー!」
マットが両腕を揺さぶって変なダンスを始めた。
「ヤバイよそのダンス。んで、何なのラグスビーって?」
「ラグに乗ってフリスビーを投げるスポーツだよ」
「フリスビー?」
「うおー、フリスビーも知らないのかー!」
マットがまた変なダンスを始めた。レオにはつっこむ気力が無かった。
「とにかく、観てみるのが一番早いよ。今週の日曜日に試合あるからさ、13時半にここ来てよ」
「分かった」
日曜日にレオはマットファクトリーを訪れた。
「何か外すごい人だったけど」
「皆ラグスビーの会場に向かうところだろうね」
2人は店の外に出ると、ラグに乗った。
「マットがラグ乗ってるの初めて見たよ」
「あーそうかもね」
レオは空から下を眺めた。人の流れを追っていくと、会場がどこにあるかは予想が付いた。
「あれね」マットが指差した先には、サッカー場のような広いフィールドがあった。リアルトから南東方面に位置しているようだ。
マットはそのまま会場の観客席の頭上を飛んでいき、空いてる席を見つけて降りていった。
「下から会場に入んなくてもいいの?」
「何で? 面倒くさいじゃん。歩きで来てる人でごった返してるし」
「入場料は?」
「無い無い。無料」
「おー、スゲーな!」
続々と空から他の客も飛んで来て席に着いた。しかし徒歩で来てる客の方が圧倒的に多い。客はざっと見て1万人以上いそうだ。
「国中の人が集まってんじゃない?」レオがマットに聞いた。
「さすがにそれは無いけど、月1のイベントだから、結構来るよ」
「そういや店ってどこも日曜休みだよね。マットの所も、ミミベーカリーも、リアルトも」
「そうそう」
周りの客から美味しそうな匂いがしてきた。
「何あれ?」レオは客が持ってる食べ物を指差した。
「ケバブ。下の屋台で売ってる」マットが答えた。
「うまそーだなー。マットは食べないの?」
「食べる時もあるよ。今日はもう遅いね。早く来ないと行列出来るから」
「そりゃそうだ。この人数だぞ」
「街中のケバブ店がこぞって出店してるよ」
「ケバブだけなの?」
「そうだね。ラグスビーにはケバブって決まってる。持って食べられるから最適じゃん。ラグスビーマッチはある意味ケバブフェスって言ってもいいかもね。月1のご褒美にここでだけケバブ食べる人もいっぱいいるよ」
マットはそう言って笑った。
「肉入ってるやつでしょ? そりゃ高くて買えねーよー」
レオは頑張ってケバブの匂いを嗅ぐことで少しでも満足感を得ようとした。
しばらくすると、観客がざわつき始めた。
『さー今月もこの日がやってきた! ラグスビーマッチ! ゲームの実況を務めますのは、わたくしMCサントス!』
どデカいメガホンを持った30代と思われる男性が、スタッフ席のような場所から声を発した。観客が歓声を上げる。
『まずは平民チームの登場だ!』
ベージュ色のチュニックを着た5人の選手が、フィールドの脇からラグに乗って舞い上がった。観客が更に大きな歓声を上げる。選手達はフィールド上を旋回して客席の声援に応えている。チュニックの背中には番号と名前が書いてある。
「あれルイスじゃん! てか皆俺知ってるぞ」レオがルイスを指差して言った。
「平民チームのラグスビー選手はほとんどギルドワーカーだね。ルイスはキャプテンだよ」
『続いては政府チームの登場!』
黒のチュニックを着た5人の選手が登場してきた。歓声は先ほどよりはるかに少なく、中にはブーイングも聞こえる。
「政府チームの応援少ないな」とレオ。
「応援してるのは役人とか兵士とその家族くらいだからね」
「政府チームの選手は普段何してんの?」
「基本は兵士の空軍だよ。その中から選ばれてる」
「まぁそりゃそうか。一番ラグの扱いに特化してるもんな」
各チームの選手がフィールドの両脇に一列に並び、空中でスタンバイした。
黄色いチュニックを着た審判らしき人も3人空中にいる。1人は中央、もう2人は各サイドに構えている。
中央の審判がホイッスルを吹いた。
『それでは平民チームのスローイングからゲームスタート!』
ルイスが政府チームの方へフリスビーを思い切り投げた。その瞬間両チームの選手が一気にフィールドの中央に飛んでいく。フリスビーをキャッチした政府チームの選手がパスを回していく。
「フィールドの各サイドに4本ずつポールが立ってるじゃん?」
マットがレオに説明した。10メートル以上ある白いポールが、フィールドの各サイドの幅いっぱいに長方形を作るように立っている。
「あのポールに囲まれた空間がエンドゾーン。あのゾーン内でフリスビーをキャッチしたらゴール」
「あ、そういうことか! でもさっきゾーン内にフリスビー持った選手いたけど、ゴールになってなくない?」
「あれはゾーン内でキャッチしたわけじゃないからね。真ん中の大きい空間をセントラルゾーンって言うんだけど、セントラルゾーンでキャッチした選手がそのままエンドゾーンに入ってもそれだけじゃゴールにならないよ。他の選手にパスして初めてゴール」
「そういうことね! 面白いなぁ」
レオは目を輝かせながら試合をかじりつくように観ている。
審判がホイッスルを吹いた。
『これは平民チームのファール! 政府チームのポゼッションとなります!』
「何で今のはファールなの?」
「平民チームが政府チームの選手に無理に接触したからね。相手の飛行をブロックする為に腕で相手を押さえる分には構わないんだけど、相手を落とすように手で押しちゃったりするとチャージングでファール」
「ふーん。これ落ちたら痛いだろうなー」
「落ちないのがすごいよ。僕ならとっくに落ちてるよ」
「マットはラグスビーやんないの?」
「僕は飛ぶのあんま得意じゃないからね。移動手段として飛ぶ分には問題ないんだけどさ、あんな敵避けてフリスビーキャッチするとか到底出来ないなぁ——でもフリスビー投げるのは好きだよ。地上で投げるだけでも楽しいし」
「めっちゃやってみたいなラグスビー。じゃ今度フリスビーしようよ、地上で」
「いいよ。僕フリスビー持ってるから」マットは嬉しそうに答えた。
『おーっと、ルイスのハンマーだ!』
「うぉー何だ今の!?」レオが叫んだ。
「あれはハンマーっていう投げ方で、相手の頭上を超えてストンと落ちるんだよ。フォアハンドやバックハンドのように遠くまで真っ直ぐ飛ぶわけじゃないから、キャッチするのが難しいけどね」
「スゲーなー、色んな投げ方あるんだなー」
『政府チームがゴール! 6対1で政府チームが大幅リードの状態でハーフタイムに入ります!』
「お、ハーフタイムか」
「うん、どちらかのチームが6点取ったらハーフタイム。最終的には先に11点取った方が勝ち」
「ふーん。政府チーム強いなー」
「まぁ仕方ないんだよね。ここのフィールドは平日政府チームが専領してて、平民チームは土日しか使えないんだ。そうでないにしても、あっちは空軍が勤務時間の中で練習してんだもん。それに対してこっちは仕事の休み使って練習しなきゃいけないでしょ——しかもあっちは金あるから使ってるラグも6万リタする良質のもの。対してこっちは出せても5万リタくらいだからなー」
「何だそりゃ。不公平じゃん」
「そもそも
「ルイスはスカウト断ったのかな? めっちゃ上手いじゃん」
「間違いなくルイスはスカウトされてると思うよ。ルイスくらいじゃないかな、今政府チームに張り合える選手って言ったら。ルイスはギルドのコミュニティが好きで、平民を裏切りたくないんだよ。実際、スカウトされて政府チームに入る人は『ペルフガ』って呼ばれてて、平民から総スカン食らうよ。結局政府なんて僕らの税金で動いてるわけだからさ、僕ら平民が汗水流して働いたお金で平民チームをボコボコにするわけでしょ」
マットは不満を漏らした。
レオは、高給料を貰いながらこんな楽しそうなスポーツを出来るというキャリアに少なくとも憧れを抱いてしまった。しかしレオを今まで助けてくれた仲間を裏切ることを考えると、胸が苦しくなる。
「平民チームはどれくらいの頻度で勝つの?」
「年に1回くらいかな。でもそれは政府チームが二軍の時。その時だけはかろうじて勝てる」
「何で二軍で来んの?」
「じゃないと政府チームが百戦練磨でつまんなくなっちゃうから。勝てる見込みが無いって思ったら平民は観に来なくなっちゃうじゃん。そしたら『政府の力の誇示』っていう本来の目的が達成されなくなっちゃう」
「そういうことか」
「でも他にも理由はあって、政府が運営してるラグスビーのスポーツベッティングがあるんだよ。賭けた方が勝ったら金貰えるんだけど、貰える額は、勝った方と負けた方にそれぞれ賭けた額の割合で決まるんだよ。大体いつも平民チームのオッズは20くらいだから、平民チームが勝ったら賭け金の20倍貰える。政府チームが百戦練磨だったら誰も平民チームに賭けないし、そしたら政府チームに賭けたとしても取る金が無いじゃん。それにスポーツベッティングは手数料を取るから、多くの人に参加してもらった方が儲かるんだ。だからたまにわざと負けて平民に希望を持たせるわけ。生活が苦しくて一発逆転を狙う人がいつもお金溶かしてるよ」
「なるほど政府も考えたもんだな。でもそれじゃあ政府チームに賭ければ少額だとしても結構勝てるんじゃね?」
「そう思うじゃん?」マットは待ってましたとばかりにニヤニヤ笑いを浮かべた。
「そういうわけにもいかないんだよ。仮に普段少額勝っても、政府チームが二軍で来た時に大負けしちゃう。どの試合で政府チームが二軍で来るかどうかは平民には分からないんだけど、一部の役人は知ってるわけ。だから役人が平民から金を巻き上げるゲームでしかないんだよ」
「ひでえな」レオは臭いものを嗅ぐかのように顔をしかめた。
レオ達が話してる間に、フィールドの中央に楽器を持った人達と色鮮やかなチュニックドレスを身に纏った女性達が現れた。ミュージシャンは小さなハープの様な弦楽器と笛を持つ人が数人ずついる他、色んな種類のパーカッションを持っている人達がいる。
音楽が鳴り始めると、12人のダンサーが踊り始めた。
「おー何だ、ダンスやってる」
「ハーフタイムのパフォーマンスだよ」
「そんなのあんだな、スゲー——そう言えばあの派手なじいさん誰だ?」
レオは、フィールドの向こう側のVIP席のような場所に座っている、派手なチュニックを来た70代くらいの肥満男を指した。隣には若い女性が座っており、周りには何人もの護衛が立っている。
「国王だよ」マットはチラッとレオが指差してる場所を見て、すぐさまダンサーに目を戻しながら言った。
「あれが国王か! 初めて見た。だからダンサーは皆あっち向いて踊ってんのか」
「そう。平民が普段国王を見る機会はラグスビーマッチくらいじゃないかな。政府チームが二軍で来る時はいないけどね」
パフォーマンスが終わると会場は拍手で包まれた。
『さあ後半の開始だ! 政府チームこのまま逃げ切れるか!』
MCサントスの声が鳴り響いた。
後半も政府チームのペースで試合が進んだ。
『ゴール! 11対3! 今回も政府チームが圧勝しました!』
「帰ろうか」
そう言ってマットはラグをリュックから取り出した。徒歩で来た客がバタバタと階段を降り始め、ラグで来た客はどんどん空を飛んでいった。
レオは黙ってラグを広げたが、このまま帰る気はしなかった。
「このあとフリスビーする?」レオがマットに言った。
「うんいいよ」
2人はマットファクトリーへ向かった。
「何か悔しいなー。政府チーム倒してみてえよ」
マットファクトリーへ着いたレオが嘆いた。
「うん、僕も平民チームが一軍相手に勝つとこ見たい」
2人は、レオが
「レオは右投げ?」マットはフリスビーを投げるレオに聞いた。
「うん」
「でもラグはグーフィースタンスだよね。珍しい組み合わせだけどラグスビーでは有利だよ」
「何で?」
「前に出てる足と同じ側の手の方がフォアもバックも投げやすいんだよ。普通の人は右投げでレギュラースタンスじゃん。フォアはめっちゃ投げやすい反面、バックは体を180度ねじらなきゃいけないから無理なんだよね」
マットはそう言ってレオにデモンストレーションした。
「本当だ。さっき試合見てた時は全然気付かなかったよ」
「普通のラグスビー選手は利き手と逆の手でフリスビー投げる練習をしないんといけないんだけど、レオはその必要がないから楽だよ」
「それはいいこと知った!」
「ポジションによっては両方の手で投げれた方がいいけどね。それこそルイスのポジションはハンドラーって言って後ろからフリスビーをガンガン送り込む役だから、スローイングの精度がめっちゃ大事なんだ。だからなるべく多くの投げ方を持ってた方が有利なんだよ」
「確かにルイスは両方の手で投げてたような……」レオは先程の試合の記憶を辿った。
「まぁでもレオは既にラグ乗れるんだからさ、今からラグスビーやるんだったら、スローイングよりもフライングの技術が生かせるポジションがいいと思うよ」
「ほうほう。てかポジションなんてあるんだ」
レオがそう言うとマットは笑った。
「うん。ハンドラーは一番後ろにいる人で、1人。中間にポッパーが2人。エンドライン寄りにウィングが2人。基本ハンドラーとポッパーがパス回しながら前に進んでいくんだ。で、ウィングはハンドラーとポッパーからのパスを全力で飛んでキャッチする。一番ゴール決めるのがウィングだね」
「ゴール決める役が一番カッコいいな!」
「キャッチした場所がまだエンドラインに到達してなくても、そのままエンドラインまで飛んで行って、もう1人のウィングにパスすればゴールになるし」
「じゃあ俺ウィング目指そうかな!」
「そしたらレオ、ラグに乗ってみてよ。僕が地上から投げるから」
マットはラグに乗ったレオに向かってフリスビーを投げた。レオはそれを両手でキャッチする。
「おおいいねー」マットが楽しげに言った。
レオは両手でのキャッチに慣れると、片手でのキャッチにも挑戦した。
マットはどんどん難易度を高くしていったが、レオは軽やかなラグ捌きでフリスビーに追いついていく。
「レオ、何でそんな動き出来るの?」
「え、何でって言われても」
「普通そんな素早く方向切り返せないよ」
「そうなのか? んー、まぁ小さい頃から色んな動きして遊んでたからね」
「すごいなー」マットはただただ感激した。
「こういう遊びしなかった?」
そう言ってレオは、ネジを巻くかのようにくるりと1回転しながら前進した。
「何だそれー!」マットは両腕を揺さぶってお馴染みの変なダンスをした。
「すごいよレオ! 平民チームに入れるよ!」
マットの称賛を受け、レオは自信を付けた。
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