第3話 ギルド
「ドンテ! 見てこれ!」
レオはリアルトへ付くや否や、修理したてホヤホヤのラグをドンテに見せた。
「おう何だうるせえ野郎だな。どれどれ——おーいいんじゃねーの」
「だろ? じゃあギルドで働けるのか?」
「おう、そうだな」
「よっしゃ」レオはガッツポーズを見せた。
「じゃあギルドについて改めて説明するぞ。ここヘは色んな客が仕事を依頼してくるんだ。それを俺が全部一旦引き受けて、ここの黒板に書いていくんだ。その仕事をしてえ奴がいたら俺に声をかける。そしたら俺が黒板からその仕事を消す。早い者勝ちだ」
ドンテはカウンター横にある大きな黒板を指差して説明した。レオは頷いた。
「やりやすい仕事は配達だからまずこれをやったらいいさ。配達の場合は既に客から料金を頂戴してある。その内約10%が俺の取り前だ。残りの90%の金額が黒板の右の行に表示されてる。そして左の行には品物の種類が書いてる。種類はL、P、Aの3つがある。Lは手紙な。Pはパッケージ。まぁおめぇのリュックに入るくらいのサイズのものだ。そしてAは
「分かった」レオは情報に何とか付いていこうと必死だ。
「そして真ん中の行に書いてんのは何か分かるか?」
真ん中にはW、S、Nなどのアルファベットが書かれている。
「方角か?」
「そうだ。おめぇ中々冴えるじゃねえかよ。ここリアルトはガレシアの中心に位置してんだ。だからここから見てどの方角に届出先があるかが書かれてんだ。同じ方角のものをまとめて届けた方が効率が良いからな」
「うん」
「例えばこれ。L―S―70って書いてあるだろう。これは南方向の手紙でギャラが70リタってことだ。手紙は一律80リタだからよ、ギルドワーカーのギャラは70だ。で、これはP―N―200ってあるから、北方向のパッケージでギャラが200。パッケージは重さによって値段が変わるが、ギャラは200~350が相場だ。パッケージはかさばるだけじゃなくて、届け先の人に会わなきゃいけねえ。届けに行って人がいなかったら時間空けて再度行くことになるからよ、少し手間がかかる」
「なるほど」
そこで若い男がカウンターに来た。
「ノースのLP全部頼むよ」
「あいよ。レオちょっと待ってな」
ドンテは裏からガサゴソと手紙やパッケージを持って来て、カウンターに並べた。若い男はそれらの住所を確認している。
「オッケー」
若い男が頷くと、ドンテはそれらの品のギャラの合計を計算し、彼に渡した。
「よろしく」
ドンテは男にそう告げ、黒板に書かれている対象の品を全部消した。男は品物をリュックに詰めて去っていった。その後ドンテは紙に何やら記入をしている。
「ああ、これか? これは依頼の一覧よ。これは俺だけ見れればいいものだ。今ギルドワーカーへの委託が完了しただろう。誰が担当したかっていうのをここに記入してんだ。物が届いてないとか何かしら問題が起きた時に誰が担当したか分かんねーと困るからな」
レオはドンテの説明に感心するように頷いた。
「んで、さっきの奴が『ノースのLP全部』って言っただろう。意味は分かったよな?」
「北方向の手紙とパッケージを全部ってことだろ?」
「そうだ。何で北を選んだか分かるか?」
「えー、知らねーよ。いつも北やってて慣れてるから?」
「まぁそれもあるかもしんねーな。ただこの
「それはバカだろ」
レオが真顔で答えるとドンテは大笑いした。
「そうだ、そんなことしてたら日が暮れちまう。何でさっきの奴がノース選んだかって言うとよ、この中で一番数が多かったからだ。今Wが3つでSは1つしかねえ。たった1つの品物届けに飛んでたら効率悪いだろう」
「なるほどそう言うことか」
「まぁ、1回に何品担当するのがいいかとか、そういうのはやりながら感覚掴んでけばいいさ」
「俺はとにかく金がねーから、今あるやつ全部担当したいぞ」
「まぁ最初はそれでいいさ。ただ、一度他のギルドワーカーと一緒に飛んで勉強してくれ。それが終わったら幾らでも好きなの担当すりゃいい」
「分かった。誰に頼めばいいんだ?」
「次来た奴に俺が頼んでみるからよ、その辺座って待っときな——ああそうだ、その間に地図でも見て勉強しとくといい」
ドンテはレオに地図を渡した。
「おお、これ俺の?」
「タダじゃねーさ。千リタだ」
「俺千リタも持ってねーよー」
レオがガッカリそうに嘆いた。
「だっはっは! おめぇどんだけ金欠なんだよ。じゃあいい、貸してやるからよ、稼ぎ始めて余裕が出てきたら払いな」
「ありがとう!」
レオはまだ開店前のパブの椅子に座り、地図を眺めた。その間に客が何人か手紙やらパッケージを預けていった。早く自分が担当したい気持ちを抑え、地図を必死に見続ける。
しばらくすると、さっきとは違う若い男が勢い良く店内に入ってきた。一直線にギルドへ向かうその足取りで、客ではないだろうとレオは判断した。男は黒い短髪で背が高く、引き締まった体型をしている。
「
「L全か、ルイス——あのよ、今日新入りいるんだよ。そこに座ってる奴」
ドンテがレオを指差した。この男はルイスと言うらしい。ルイスがレオの方を見ると、レオは作り笑いをした。
「レオってんだけどよ、一緒に1回回ってくんねーか?」
「ああ、まぁいいよ」
「おぉ助かるよ。だからよ——」
「Pも担当しろって? はいはい」
「わりぃな」ドンテはルイスに礼を言った。「おいレオ! 一緒に回ってくれる奴が見つかったぞ」
ドンテに手招きされ、レオは急いで地図を畳んで2人の所へ行った。
「レオ、こいつはルイスな。まだ
「ありがとう。よろしく」レオはルイスと握手をした。
「俺はルイス・ベッカー。よろしくな」
ドンテは黒板のLの行を全て消し、更にPも2つ消した。『L全』は『エリア関係なく手紙全て』を意味することだとレオは理解した。
「オッケー、レオ。じゃあここに手紙8つとパッケージ2つあるけど、レオだったらどれから先に回る?」
ルイスはカウンター前の品物を指差してレオに聞いた。
「うーん——あれ、どれがどのエリアか分かんないや」
「ああそうか。えっと——こうだね。手紙は北2、東4、南2。パッケージは東1、南1」
ルイスは品物の住所を一瞬見ただけでエリア毎に振り分けた。
「早っ! スゲー。うーん、どれを先に……一番数が多い東かなぁ」
レオは自信なさげに答えた。
「何で一番数が多い方が先だと思った?」ルイスが笑顔で聞いた。
「早く荷物を軽くした方が移動しやすいから。でも手紙の重さなんてたかが知れてるか」
「うん。着目点は悪くないね。確かにパッケージの場合は、重いものを優先したり、数が多いエリアを優先していいと思う。でももっと優先すべきなのは、ルートだね。今回は西以外の3方向でしょ。一旦品物の内容を無視して方角だけで考えた時に、どの順番で回るのが早い?」
「西が無ければ、北東南か南東北で回るのがいい——あ、そうか! じゃ東先に行ったらダメじゃん!」
「そう、気付いた? じゃあその2つの内どちらかということになるけど、俺ならパッケージのある南から回るね。でもそれは重さ以外にも理由があるんだよ。分かる?」
「重さ以外? うーん分かんない」
「ドンテから聞いたと思うけど、パッケージが手紙と違う点は、相手に直接渡さないといけないことだよね。だから家が留守の場合、時間を空けてまた来ないといけないじゃん。その間別に休憩しててもいいんだけど、俺だったら残りの品物を捌きたいと思うわけ。今回で言うと手紙がいくつかあるから、パッケージを先に運んで、留守だったら同じエリアの手紙を配る。そしてまた再度パッケージを配達してみる。こうすれば効率良く回れるよ」
「なるほど! いやー難しいなー」
「まぁ慣れるさ。南のパッケージだけ持ってもらっていい? あとは俺が持つよ」
ルイスはそう言って品物を自分のリュックに詰めた。
「何だよ、やる気無さそうにしといて、やたら丁寧に教えるじゃねーか」
カウンター奥から見てたドンテがニヤケ顔でルイスに言った。
「うるさいなー」ルイスはそっぽを向いた。
「こいつはそういう奴なんだよ、レオ。冷たそうに見えて世話好きなんだよな」
冷やかすドンテを無視して、ルイスはレオに出発するよう手で促した。
リアルトを出て、レオとルイスはラグに乗った。
「あ、レオはグーフィースタンス?」
ルイスがレオの乗り方を見て問いかけた。レオは右足を前に出して乗っている。
「あ、うん。ルイスはレギュラースタンスか」
「グーフィーは珍しいよな。並んで飛ぶ時レギュラーとグーフィーだとお互いの顔が見やすくていいよ」
レオは右、ルイスは左に立ち、2人は最初の届け先に向かった。お互いの顔が見やすいと言っても実際はルイスしか住所を把握していないので、レオはルイスの斜め後ろを飛行した。
誰かと一緒に飛ぶのは久々だとレオは感じた。小さい頃は一緒に飛んで遊べる友達がいたが、段々と皆農作業を親に手伝わされるようになり疎遠になっていった。それでもレオは飛び続けた。何故なら空を飛ぶことにしか喜びを感じなかったからだ。
最初のパッケージは無事届けることが出来た。
「よし、あと南は手紙2つだな」
ルイスはそう言ってすぐさま地上を離れた。
「もうルイスは地図見ないの?」レオはルイスに空中で追いついて尋ねた。
「ああ、もうこん中に入ってるからね」
ルイスは人差し指で頭を叩いた。その時レオは思った——これは空中で地図見ながら飛んでたら、危険だし時間食い過ぎる。
東エリアのパッケージを届けに行ったら留守だった。
「こういうことがあるんだよね」ルイスは特に気にしていない様子だった。
「じゃ東の手紙を届けに行く?」
「そうそう」ルイスはそう答えて、またすぐに離陸した。
東の手紙を4つ配達した後、再度パッケージを届けに行った。しかしまた留守だった。
「まぁこういうことになるんだよね」
ルイスは先ほどと同じようなことを呟いたが、少々苛立った様子だった。
「疲れた?」
「ちょっとね。でも全然まだ行けるよ!」レオは空元気を見せた。わざわざ時間を割いてくれているルイスに迷惑をかけたくない。
しかしルイスには見透かされていた。
「人の後付いて飛ぶの疲れるっしょ。ちょっと休憩しようぜ。近くにいい休憩スポットがあるから」
ちょっと飛ぶと、住宅街を抜けた所に丘があった。ルイスがそこへ降り立つと、レオも続く。2人はラグの上に座り、水を飲んだ。
「何かさっきの住宅街だけちょっと豪華じゃない?」レオは聞いた。
「あそこはね、政府の役人が住む場所なんよ。すぐ近くが城でしょ。役人は国で一番給料が高いから、良い暮らしが出来るんだよ。あんなところで地べたにラグ敷いて休憩してたら白い目で見られるから、俺が東で休憩する時はよくここに来るね」
「ふーん」
レオは納得した表情を浮かべた。
「城内に郵便機能があるから、王族や役人が郵便送りたかったらそっち使うんだよ。で、それを兵士がパトロール兼ねて配達する。だからギルドワーカーは、役人の家に物を配達することはあっても、役人の物を配達することはないってわけ。役人は態度でかい人が多いから、あの辺配達したくないんだよね」
「だからルイスは手紙専門なの?」
「まぁそれもあるし、俺は自由な働き方がしたいんだよね。手紙なら郵便受けに入れるだけでしょ。時間がある時にふらっとギルドに寄って、手紙と金受け取って、空飛んでバーっと郵便受けに手紙入れれば終わり。勤務時間の縛りも無ければ嫌な上司とか客もいない。ドンテは別に上司って感じじゃないしさ。ただ、パッケージの配達だとせっかくの自由が失われちゃうから、単価が低くても俺は手紙の方が好きかな」
ルイスは話し終えると水を飲んだ。
そういう考えもあるのかとレオは思ったが、とにかく金を稼がないといけない彼にとっては、仕事を選り好みする余裕はどこにも無かった。
「俺の地元では配達の仕事なんて無かったよ。皆飛べる知り合いに頼んでた」
レオはセリエンテを思い出した。
「そうなんだ。ガレシアでもちゃんとやってんのはギルドだけだよ。郊外では個人でやってる人もいるけど——決まったエリアの家を毎日訪問して、郵便があったら受け取って配達してあげる。客は家から一歩も出なくていいから楽かもしんないけど、配達員の効率が悪いんだよね。20軒訪問して一軒しか依頼が無かったりするからかなり時間食う。しかも配達距離の差が激しいから料金設定するのも難しいし。だから知り合いに頼む人の方が多いね」
「なるほどなー。やっぱ中心部みたいに人が密集してないと成り立たないんだね——ギルドめっちゃ面白い仕組みだと思う!」
「俺もそう思うよ。ドンテの人柄もあるだろうね。ギルドってドンテが作ったんだよ」
「そうなの?」
「昔は近くに郵便屋があったんだけど、そっちは従業員の勤務時間をしっかり決めて働かせる所だったらしい。ドンテは若い頃そこで働いてて、あんまり好きじゃなかったんだってさ。それでギルドを立ち上げたんだ。そしたらラグ乗れる若者がこぞって働き始めて、段々人気になったらしい。一方で郵便屋はとっくの昔に潰れたよ」
「ドンテすげ~な」
レオは、セリエンテに無い洗練されたギルドのシステムに感激した。
「行くか」ルイスはそう言って立ち上がった。
高級住宅街へのパッケージは、3度目の正直で配達することが出来た。確かに受け取った人は無愛想な対応で、レオはルイスの言ってることが少し分かった。
その後、無事2つの手紙を北へ配達し、2人はリアルトへ戻った。
「おう帰ってきたか」ドンテがレオとルイスを見て言った。
「もうバッチリだぜ俺!」レオが自信満々な表情を見せた。
「レオは飛ぶの上手いし、問題無かったよ」ルイスが太鼓判を押した。
「おう、そうか。じゃレオ好きなの選びな」ドンテが黒板を指差した。
「じゃあウェストのPこれとこれ。リュックに入れば」
レオは西のパッケージを2個選んだ。
「手紙はいいのか?」
「いいよ。ルイスがやりたいだろうし」
レオはルイスがまだ後ろにいるのを確認して言った。
「はは、悪いね気を遣わせて」ルイスは軽く笑顔を作った。
「いいんだよ。時間使って色々教えてくれたから」
「オッケー。まぁこうやって2人同時いる時は譲ったりもあるけど、早い者勝ちがルールだから、今後は気を遣う必要ないよ」
「分かってるよ。これから俺バリバリ働くからな!」
2人の会話を聞いてレオの担当を確認したドンテは、パッケージを2つ裏から持って来てカウンターに置いた。
「まぁおめぇのリュックに入るだろう——あと、早い者勝ちってのはその通りなんだがよ、闇雲に全部取るのはマナーがなってねえから気を付けな。ギルドは配達スピードが早いから客に利用してもらってんだ。最低でも翌日配達を保証してる。けどそれは最低の話で、実際は4~5時間以内に配達出来ることがほとんどだ。だからひたすら手元に溜め込んで、家に持ち帰って翌日やるなんてのは無しな。紛失リスクも増える。ここで品物を担当したら、配達終わるまでは他の建物に入らねえくらいの気持ちでいた方がいいぞ」
ドンテの話を聞き、レオは唾を飲み込み頷いた。
「よし、行ってくる」
レオはパッケージとギャラ500リタを受け取り、再びリアルトを出た。
ガレシア王国へ来て初めての収入が手に入った。でもまだ仕事は成し遂げていない。ここでしくじってしまうと全てが台無しになってしまう。ドンテに迷惑をかけたら、ガレシアでは生きていけない気がした。
地図を確認しては飛び、迷っては地上に降りて地図を確認してを繰り返した。何とか配達先へ辿り着き、2つのパッケージを無事配達することが出来た。
とっさに肩の力が抜け、強烈な空腹を感じた。
「バゲットタイムだなこりゃ」
もはや飛ぶ気力も無いレオは、脇道にラグを敷いて座った。バゲットを水に浸して食べる。
「地図覚えないと飛んでる意味ないぞ、もう」
ドンテやルイスが言ってた効率の良い回り方は頭では理解したつもりなのだが、結局のところ地図を覚えることが一番効率が良いということに気付いた。
改めて地図を広げてみる。この地図は千リタするということを思い出した。500リタ稼いだと喜んでる場合ではない。今日はマットにラグを修正してもらったから、合計6千リタの借りがある。これをさっさと返さないと、ハーフバゲットの毎日から抜け出せない。
何とか力を取り戻したレオはリアルトに戻った。時計は16時5分を指している。
「ドンテ、終わって来たよ」レオはヘトヘトの声を出した。
「おう、そりゃ良かった。2つ共届けれたか?」
「うん」
「それならいいんだけどよ、たまに何度行っても不在の時があんのよ。そういう時は日をまたぐ前にこっちに持って来てもらえりゃ、保管することが出来るからな。家に置いとくと何があるか分かんねーし」
「そうするよ。俺ホームレスだから、家に置くも何も無いし」レオはそう言って笑った。
「おめぇ宿ねえのかよ」
「当たり前だろ。宿に泊まる金あったら千リタの地図なんてとっくに払ってるよ」
「おめぇすげえな。ガレシアの平民は決して豊かじゃねえがよ、寝る所は大抵皆あるぜ」
「まぁそのうち何とかするさ」
レオはそう楽観的に言って、黒板に目を移した。もう暗くなり始めるし疲れもあるが、もう一仕事することにした。今夜もマットファクトリーの隣に寝るつもりだから、帰り道である西か南のエリアへ運びたい。
「ウェストのL全部。今日はこれで最後だ」
「よっしゃ。無理はすんなよ」
ドンテは手紙2枚と140リタをレオに渡した。
レオは先ほど西を回ったおかげで、少しは地図を見る回数が減った。無事手紙を届けた後、川で水を汲んでからマットファクトリーの横に到着した。
脚が棒の様だ。レオはマットに話しかけようと思ったが、金を返せるわけでもないし疲れ果てていたので、そのまま眠りについた。
それから1週間のレオの生活はルーティン化していった。
朝起きて川へ行き体を洗って水を汲む。ミミベーカリーでハーフバゲットを買う。ギルドで稼げるだけ稼ぐ。帰って寝る。この繰り返し。
配達には大分慣れてきて、1日の収入は千、1500、2千、2500と着実に増えていった。1日の収入が1500リタを超えてからは、毎日仕事帰りにマットファクトリーに寄って、千リタだけマットに返した。
食生活も変化した。八百屋でトマトやプラムなどそのまま食べられるものを買って食べるようになり、活力が少し沸いてきた。マットへの借金を返済した後は地図の千リタもドンテに払った。これで少なくとも借金は無くなった。
ある日レオが手紙を届けに建物の前に降り立つと、そこは店のような佇まいをしていた。看板には「バルトマンプロパティ」と書かれている。
「ここで家探せんのかな……。水曜休みか」
ギルドが休みの日曜日に、レオはバルトマンプロパティを訪れた。
「こんにちはー」
レオは勢いよく扉を開けた。
「はいはい、いらっしゃい」デスクに座っている40代と思われる男性が返事をした。
「俺家探してるんだけど——」
「はいはい、私はバルトマン。どんな家をお探しで?」バルトマンは被せ気味に言った。
「とにかく安い家でいいんだ」
「はいはい、どうぞこちらへ」バルトマンは向かい側の椅子へ座るよう促した。
レオは言われた通り座った。店には2人の他に誰もいない。
「安い家ですとアパートですね」バルトマンは書類を見ながら言った。「1週間か30日単位で借りられます。一番安い所ですと——1週間で8400リタ、1日あたり1200リタとなります。30日ですと3万リタですね」
「マジか」決して払えない額ではないとレオは思った。「どうやって払うの?」
「アパートの一室にオーナーが住んでますので、その方にお支払い下さい。前払いです」
「前払い?」
「勿論」
最低でも8400リタが手元に必要となる。レオにそんな金はない。
「そっか……取り敢えず見てみたいんだけど、今見に行けるの?」
「はいはい、ご案内しますよ」
バルトマンはそう言ってレオと店を出た。
「ここから10分くらいですね」
「バルトマンはラグ乗らないのか?」
「はい、いえ、あんな危なっかしいもの乗れませんよ——それにほら、この歳になると乗れないんでしょう?」
「乗れなくはないけど……まぁそうだな」
レオは父親を思い出した。父はラグに乗るのは得意だったが、40歳を過ぎた辺りからあまり乗らなくなった。どうやら加齢と共にバランス感覚が鈍るらしい。
ガレシアでこんなに長い距離を歩くのは初めてかもしれないとレオは気付いた。飛んでいる時とはまるで違った風景に街が見える。
「こちらです」
しばらく歩いた後にバルトマンが止まった場所は、レンガ作りの大きな建物だった。
「最上階の4階ですので、行きましょう」
レオは階段を上がるバルトマンに付いて行った。何やら住民達の声で騒がしくなってきた。4階まで上がったバルトマンは、沢山ある扉の1つをノックした。
「はい」
中からおばさんが出てきた。奥には子供もいる。
「え?」
レオは説明を求めるようにバルトマンの方を向いた。
「あー、言うのを忘れておりました。今回ご紹介するお部屋はドミトリーとなっております。こちらは現在——4人ですか?」
「5人よ」おばさんがバルトマンを訂正した。
「はいはい失礼。5人住んでおりますので、共同生活ですね」
レオはその場に棒立ちした。
「中をご案内しましょう」
取り敢えず中を見ることにした——2段ベッドが4つ置かれている。狭い。狭過ぎる。そして臭い。
「ご案内と言ってもこの1部屋しかありませんので。キッチン、トイレはアパート共用のものをお使い下さい。風呂はこのアパートにはありませんので公衆浴場をご利用下さい」
「——オッケー。一旦出ようか」
レオはそう言って部屋を出た。これなら外で寝る方がマシだ——少なくとも冬までは。
「1人部屋だと思ったからさ。ここは遠慮しておくよ」
「はいはい、1人部屋も見ますか?」
「いや、どうせこれ以上は払えないんだ」
「はいはい、承知しました」
レオはその場でバルトマンと別れ、ラグに乗ってアパートを離れた。
「参ったな……セリエンテより良い暮らしを求めてガレシアに来たのに……」
レオは飛びながら独り言を呟いた。
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