第2話 マット・ニューマン登場

日が暮れ始めた。暗くなる前にドンテに紹介されたラグ屋に行こうとレオは急いだ。南西方面に飛ぶと、確かに森が広がっている。

 そのふもとには何やら派手な家がある。屋根一面に色とりどりのラグが敷き詰められ、その中でも一段と長いラグが中央にあり、白い文字で『マットファクトリー』と書かれている。

 地上に降り立ったレオは扉を開けた。カランカランと鈴の音が鳴る。

「こんにちはー」レオが店に入ると、人は誰もいなかった。

 店内には沢山のラグが展示されている。大きなテーブルの向こうには天井からラグがぶら下がっており、奥の作業スペースとの壁の役割を果たしているようだ。

 奥で何やら作業をしてる音がする。

「ちょっと待って下さ〜い」

 奥から声が聞こえた。しばらくすると作業の音が止まり、マットが表に出てきた。グリーンアッシュのマッシュヘアが無造作に入り乱れている。背は少しレオより高く見える。

「どうもお待たせ」マットが悪気のないトーンで言った。

「このラグを修理してほしいんだけど、ただ俺金があまり無いんだよね」

 レオはラグを広げてテーブルの上に乗せた。

「わぁ、こりゃ酷いね」マットはドンテと同じ反応を見せた。「最後に修理したのはいつ?」

「んー、多分一度も無いんじゃないかなー。はっはっは」

 レオは手を顎にかけ、上を向いて過去をたどった。マットは苦笑した。

「取り敢えず3時間あれば直せると思うけど、修理費は5千リタかな」

「高っ!」

「おいおい失礼だな。修理って結構手間かかるんだよ」

「マジかー。俺今千リタも無いんだよね」

「おいおい衝撃だなそれは。君何歳?」

「15」

「じゃあ何、親元離れて路頭をさまよってたの?」

「ん~まぁそんなとこかな」

「どうするのこれから?」

「ギルドで働こうと思ってるんだけど、ドンテがこのラグじゃダメだって言うからさ」

「ああギルドね。まぁドンテがそう言うのも分かるな」

「ギルドで稼いだら返すからさ、頼むよ。俺飛ぶ以外に出来ること無いんだ」

 レオに頼まれ、マットは少し考え込む。

「分かったよ。僕も自立したては苦労したからさ」

「よっしゃーありがとう! え、マットはいつ自立したの?」

「約1年前かな」

「マジか。じゃあ今16?」

「うん」

「スゲーな、こんな店自分で持って」

 レオに褒められ、マットは照れ臭くてモジモジした。

「どうしたんモジモジして?」

「モジモジ言うなよモジモジ」

「マットの方が言ってるじゃん」

 2人で大笑いした。

「あーそう言えば名前聞いてなかったね」マットが涙を拭きながら尋ねた。

「俺はレオ」

「レオか。改めて僕はマット、よろしく。今日は他に優先する仕事があるから、明日修理するよ。ラグ置いてく?」

「いや、今日野宿のじゅくする所探さないといけないからまだ欲しいな。しかも寝る時に役立つし」

「おいおいすごいな君。ケルベロスに食われないようにね」

「ケルベロスいんの!?」

「うん、そこの森にね。まぁ奥まで行かなきゃ問題無いさ」

「そうなんだ。じゃすぐそこで寝ようかな。いい?」

「いやまぁいいけど」マットはレオの即決ぶりに笑った。

「大丈夫、トイレ借りたりとかしないから。これ以上迷惑かけらんないっしょ。じゃ明日!」そう言ってレオは店を出た。

 店を出て左側から店の裏へ行くと、森が広がっていた。手前の平らな地を探し、ラグを敷き座る。レオはミミベーカリーで買ったバゲットを取り出し、水筒の水に浸して食べた。

「うめぇ! 焼き立てだったらもっと旨いんだろうなぁ」

 急にどさっと疲れが出てきた。今朝はまだ故郷にいたとは想像出来ないほど濃密な1日だった。異国のガレシア王国にやってきて、ひとまずは初日を乗り越えた。パン屋、パブ、ラグ屋、どれもセリエンテのものよりオシャレに見えた。

 そしてギルド。まだイマイチよく分かってないが、空を飛んでお金が稼げるみたいだ。新しい生活が始まったんだという実感が徐々に沸いてきた。

「家も仕事もないけど、少なくとも仕事のアテは出来たし、順調だな」

 レオはバゲットを頬張り続けた。あまりにも腹が減り過ぎて、気付いたら全部食べてしまった。

 水筒の水を川に汲みに行きたいが、もう暗くなり始めてるし、どこが一番近い川なのかも分からない。明日にすることにした。

 ラグの上に仰向けになり、空を見る。しばらく空を眺めてると、星が見えてきた。気温が大分下がり、涼しい風がレオの体に触れる。レオは体をラグの片方に寄せ、もう片方を体の上に被せた。

「簡易ベッド完成ー。なっはっは」

 そのままぼーっとしてるうちに、いつの間にかレオは眠りについた。

 翌日レオは日の出と共に目が覚めた。早速起き上がり川を探すことにした。ラグに乗り高度を上げると、森の近くに川を見つけた。レオは一直線に川へ向かい、バタバタと降りては水を汲んだ。

「っぷはー。旨い」

 空腹のレオには何もかもが美味しく感じた。ついでに体も川で洗った。

 マットファクトリーに戻るとまだ店は開いていなかった。空を飛んでミミベーカリーの方面に行ってみると、バゲット煙突から煙が出ている。地上に降りてみると店は既に開いていた。

 昨日とは打って変わって店内は客でいっぱいだった。

「ミミ姉さん、おはよう」

「あらレオ。いらっしゃい」ミミは笑顔で挨拶し、そそくさと作業へ戻った。

 品揃えは昨日よりも充実しているが、相変わらず金欠のレオは、バゲットのエリアに吸い込まれていく。昨日と同じ様に1本取ってレジに持って行った。

「これ——」レオが言い出すと、ミミはもうレオの言うことが分かってるようだった。

「ハーフに? オッケー」

 ミミがそう言うと、レオは照れくさそうに頷いた。

「俺昨日あの後ギルドに行ってきたよ」レオはバゲットを半分に切るミミに報告した。

「あら本当。どうだった?」

「ラグを修理すれば仕事出来るって!」

「あら良かったじゃない!」

「まぁね。ありがとう教えてくれて」

「いーえー」

 レオは店を出て、その場で焼き立てのバゲットを一口食べた。外はパリッとしていて、中はフワフワだ。当然ながら水に浸さなくても食べられる。

「うまっ! やっぱ焼き立ては違うなー」

 このまま全部食べてしまいそうになるが、今日1日これで乗り切らないといけない。所持金はもう800リタを切っている。欲をこらえてバゲットを布に包んだ。

 レオは空に舞い上がり、改めてガレシア王国を眺めた。リアルトとマットファクトリーがここから見える。レオは知ってる建物が増えたことが嬉しくなった。このまま色んな場所を回って他に仕事が無いか探そうかとも思ったが、まだ朝早くてどこも開いてそうにないし、いち早くラグを直したいのでマットファクトリーへ戻ることにした。

 昨日寝た場所でしばらく寝っ転がって待っていると、カランカランという鈴の音がした。マットが店から出てきたようだ。

「ああ、ここにいたんだ。レオ、おはよう」

「おはよう」レオは返事をし起き上がった。「もう店開くの?」

「いや、普段は10時からだけど、もう始めようかな。直しちゃうよ、レオのラグ」

「お、サンキュー」

 2人は店内に入った。

「あの俺さ、特にやること無いから、マットが修理してるの見ててもいい?」

「あー、まぁいいよ」

「よっしゃー。絨毯作ってるとこ見たことないから興味あるし」

「絨毯?」

「あ、ラグか。まだ慣れねーや。俺セリエンテから昨日来たばかりだから」

 レオは田舎者の気分でちょっと恥ずかしくなった。

「昨日来たばっかりだったんだ。絨毯って言葉は確かに聞いたことはあるけど、セリエンテでそう言うんだね」

 マットはレオのラグを受け取りながらそう言った。

「このラグは親のお下がりだし、ラグ屋なんてじいさんがやってる所1つくらいしか知らないからな。別に新しいラグを買う金も修理する金も無かったから、ほとんど行ったこと無いし」

「そういうもんなんだ。僕はセリエンテ行ったこと無いから知らなかったよ」

 マットはそう言って作業場に移動した。

「ガレシアにはラグ屋いくつあんの?」

「んー、僕の知ってる限りだと20軒くらいかな」

「20軒!? やべーな」

「そのうちの1つは僕の父さんの店だね」

「マジか。何で別々にやってんの?」

「そりゃ独立したいからでしょ。そのまま父さんの下で働いてれば後を継ぐことになっただろうけど、親の下で働くって疲れるし。僕9歳の頃から店の手伝いしてたから、大分長いんだよね。勿論手に職が付いたのは感謝してるけど、このまま父さんの弟子を続けるのもなーって」

 マットはレオのラグの修理を始めながら語った。

「そんで父さんは何て言ったの?」

「まぁ継いでほしいみたいだけど、店出したいなら勝手にしろって感じだったよ。だからお金貯めて15歳になった時にこの店作ったんだけどね、やっぱそんなにすぐお客さん付くわけにはいかなくて、結局父さんの下請けをすることになったんだ。あれは惨めだったね」

 レオは何と返していいか分からず、マットが修理してる様子を眺めた。

「ようやく最近になって自分のラグが売れるようになって、今では父さんの下請けはしないで済んでるけど。それもギルドのドンテのおかげなんだよ。ドンテがあそこのギルドワーカーに僕の店を紹介してくれて、そのおかげで若いギルドワーカー中心に僕の店を使うようになってくれたんだ」

「ドンテいい奴だなー」

「父さんとも歳が近いから仲良いんだけど、僕にお客さん紹介し過ぎて父さんの店が経営悪化しないようにも配慮してくれてさ。ラグ乗れる人って限られるから、コミュニティが狭いんだよね。その中でもドンテは皆の接着剤のような存在で、皆彼を慕ってるよ」

「それにしても20軒中2軒がマット家ってすごくね? あれ、マットは名字じゃねーか」

「はは。名字はニューマンだよ」

「ニューマンね。ニューマン家すごくね? ガレシアのラグの1割を作ってるってこと?」

「そんな単純な話でもないんだよね、20軒って言っても規模が違うからさ。シェア率で言ったら僕と父さんの店合わせて3%にも満たないんじゃないかな。1つだけ大規模の店があって、そこは政府御用達の店なんだよ。政府の兵士が使うラグは基本全部そこで作ってるね」

「兵士もラグ使うのか。そりゃそうか」

「うん。国内を上空でパトロールしたり、城を護衛したり。城には柵付いてるけど、飛べる人にとっては柵なんて意味無いわけで。だから城の護衛には陸軍の他に空軍もいるんだ」

 ラグがどんどん直っていく様子が分かる。

「パンここで食ってもいいか?」レオが空腹を感じて聞いた。

「パン? まぁいいけど、散らかさないでね」

「——ここ充分散らかってるぞ」

 レオは周りを見渡して言った。ラグの切れ端や系がそこら中に散らかっている。

 マットは反論しようと口を開けたが、何も言葉が見つからず、ぷいと修理の方に目を戻した。

 レオは笑いながらバゲットを頬張った。まだギリギリ温かい。

「良い匂いするね」マットがレオのバゲットをチラッと見て言った。

「だろ? ミミベーカリーの」

「ミミさんの所ね。だろうと思ったよ。僕はね、匂いだけでどこのパン屋のパンか分かるんだ」

「本当かよそれ」

「本当だよー!」マットは顔を赤くしながら主張した。

「ケルベロスじゃねーんだから」

「ケルベロス見たことあるの?」

「無い」

 2人は大笑いした。

 その後もレオは話をしながらマットの修理を眺めた。

「よし、こんなもんかな」マットがレオのラグを眺めて満足そうに言った。

「おー出来たのか! すげー。穴がない」

「はは、うん。よくあんな状態で飛んでたよ。色は元のと違うからチグハグだけど」

「いやー、気になんない気になんない」

「ちょっと外で試してみて」

 レオは出来上がったラグを受け取り駆け足で店の外に出た。乗ってみると、安定感が全く違うことが分かった。

「うおー! めっちゃ乗りやすい!」

「でしょ。ふふん」マットは得意気な表情を見せた。

「いやー助かったわ。これでギルドで働ける! 5千リタだっけ? 少しでも早く返すよ」

「うん、よろしく」

 レオは一直線でリアルトへ向かった。

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