エベディルク—空飛ぶ絨毯と不老薬の物語

トミフル

第一章

第1話 ガレシア王国

 レオは今、空飛ぶ絨毯じゅうたんで山の上を駆け抜けている。茶色の短髪とボロボロのチュニックをなびかせながら、故郷を離れて行く。

「うぉー! いい眺め!」

 レオは思わず叫んだ。

 これは空飛ぶ絨毯が存在する世界の物語である。と言っても、絨毯の上に乗ったら勝手に飛んでくれるわけではない。乗りこなすには練習を要する。絨毯のサイズは150センチ×100センチが標準で、サーフボードに乗るように足を前後に広げて乗る。

「早く見えないかなー、ガレシア王国」

 首を前にせり出し、山の向こうに何か違う景色が広がっていないか確かめる。

 レオはセリエンテという人口2万人の小さな農村で生まれ育った。父親はあまり仕事をせず、家は常に貧しかった。そのせいで両親はよく金のことで喧嘩をしていた。

 15歳になったばかりのレオは、やっと自立出来る年齢になった。セリエンテにこのままいても貧しい生活から抜け出せないことを悟り、ガレシア王国に引っ越すことを決意した。ガレシア王国はセリエンテから絨毯で4時間ほど離れた場所にある人口100万人の王国で、この辺では一番栄えている。

「ん~、やっぱ結構時間かかるもんだなー」

 足に疲れを感じ始めた。真夏の強い日照りが体力を奪っていく。

 レオは絨毯に乗るのは得意な方で、子供の頃から近くの森や山を飛び回っていた。しかしここまでの長距離を移動したことは無く、15歳になるまではガレシア王国に行くことを親から禁じられていた。小さい頃はそれを聞く度にふてくされていたが、今では親の言うことも一理あるとレオは思った。

 風が強くなってきた。レオは川を探してそこで一度休憩することにした。地面から1メートルくらいまで下がったところで、レオは絨毯から飛び降りた。そして絨毯を掴んで気を込めると、ぴーんと広がっていた絨毯が一瞬で本来の柔らかさに戻り、どさっと地面に落ちた。水筒を開けて川の水を汲み、落ちた絨毯の上に座る。

「あー生き返るー」レオは水を飲むと同時に喉を鳴らして低い声を上げた。

 10分ほど川の流れを聞きながらボーッとしたが、もうちょっと休みたい気持ち以上に、早くガレシア王国に着きたい気持ちが勝った。

「まぁもう半分以上来てる気がするし、あとすぐっしょ」

 レオは根拠の無い自信を元に立ち上がった。しわを伸ばす様に勢い良く絨毯を持ち上げると、絨毯はまたぴーんと広がり、面が固くなった。レオは絨毯に飛び乗り、足の位置を素早く調整し、瞬く間に高度を上げていった。

 しばらく飛ぶと山を抜けて平地が見えてきた。高度を下げていくと、建物がポツポツあるのが分かる。

「遂に来たんじゃないこれ!」

 レオの興奮が高まる。他にも空を飛んでる人がチラホラ見える。故郷セリエンテよりもその数は多い。レオは小麦畑を抜け、一番建物が密集している場所を目指した。すると、何やら巨大なバゲットのようなものが家の上に刺さって見える。

 近くまで来てみるとその正体が分かった。

「あ! バゲットの形をした煙突? 面白いな、入ってみよ!」

 巨大バゲットに沿う様に地上に降りると、そこはパン屋だった。『ミミベーカリー』と表に書かれている。レオは絨毯を手慣れた手つきで折り畳み、左手に持つ。

「こんにちはー」レオは勢いよく扉を開けた。

「いらっしゃい」30代と見られる女性が、驚きと笑顔が混じった表情で返事をした。

「あのー、ここってガレシア王国ですか?」

「ここ? ここはパン屋だけど、そうね、ガレシア王国内よ」

「おー! 遂に着いた!」レオは両拳を高く突き上げ叫んだ。

「あ、外から来たの? 道理で見ない顔だなと思ったわ」

「うん。セリエンテから」

「セリエンテね! 隣と言えば隣だけど、結構遠いわよね」

「そうだね。半日近くかかったかな」

「そうなの! 飛んできたの?」

 店員がレオの持っている絨毯を指差して尋ねると、レオは頷いた。

「そりゃそうよね。歩いてきたら何日かかることやら。私は飛べないのよ。羨ましいわ」

 レオのお腹がギューっとなった。店内を見渡すとパンが僅かに残っている。客は他に誰もいない。

「もうそろそろ閉店だからあまり残ってないけど、良かったら見てってね」

 店員はそう言って作業に戻った。

 レオは絨毯をリュックにしまった。間近で見てみると美味しそうなパンが並んでいる。でもお金が無いから無難なバゲットに目が行った。値段を見ると340リタと書いてある。財布を確認すると、中身は千リタちょっとしかない。野宿のじゅくするにしても、仕事が見つかるまでどれくらいかかるか分からない。

 レオはバゲットをトレイへ乗せてレジへ持って行った。

「あのー、このバゲットって半分だけ売ってませんか?」

「あ、いいわよ。じゃあ170リタね」

 店員はバゲットを取り、レジカウンターの裏のテーブルで半分に切った。

「ありがとう」レオは代金を払い、バゲットを布で包んでリュックに入れた。「店員さんはこの店1人でやってるの?」

「そうよ。あ、私ミミって言うの」

「じゃあミミ姉さんって呼ぶよ!」レオが元気な声を響かせると、ミミは笑顔で頷いた。

「俺はレオ」

「レオね。ようこそガレシアへ」

 レオはミミと再度笑顔を交わしたが、すぐ真顔に戻る。

「俺仕事探さなきゃいけないんだけどさ、ここで働くことは出来ない?」

「そうねぇ、残念だけど難しいと思うわ」

「そっかぁ」

「でもレオ飛べるじゃない? 飛べるならギルドに仕事があるかもしれないわよ。行ったことある?」

「ギルド? ないない。だってここが初めて入った場所だもん。バゲット煙突に目が入って」

「ああ、そうね。ふふ」

「あれイカすね」

「はは、ありがとう」

「——で、何だっけ?」

「ああそう、ギルド。ここから近いし行ってみたら? ここ出て左に真っ直ぐ行けば見えるわよ。『リアルト』って名前の場所」

「リアルトね。行ってみるよ。ありがとうミミ姉さん!」

 レオは礼を言って店を出た。買ったバゲットを食べたい気持ちは山々だが、暗くなる前に回れる所は回っておきたい。土地勘を掴むためにも歩くことにした。左に真っ直ぐ行くと、1分もしない内にリアルトという看板が見えた。そもそもギルドが何か知らないが、建物はパブの様に見える。

 中に入ってみると沢山人がいて、やはりパブだった。ランプとろうそくが店内を照らす。カウンターの他に丸いハイテーブルが5、6卓置いてある。カウンターでは50代くらいのふっくらしたおばさんがコップを拭いている。

「すみませーん!」レオは客の雑音に負けない声でおばさんに話しかけた。

「はいよー」威勢の良い返事が飛んできた。

「ここってギルドって場所ですか?」

「ギルドはあっち。主人がギルド担当してんのよ。こっちは見ての通りパブね」

 おばさんは店内の奥を指差し即答すると、そそくさとコップ拭きに戻った。

 レオは指を刺された方に進んだ。確かに、上の方にギルドと書いてある。

 カウンター越しに座って何やら作業をしている男性がいる。がっしりした体型で、口ひげを生やしている。全体的は雰囲気は奥さんに似ていて、同じく50代に見える。

「すみません」

「はいよー」

 男が奥さんと同じ様な返事をしたので、レオは思わず笑ってしまった。

「俺仕事探してるんだけど、ギルドって何ですか?」

「おう、おめぇは見ねー顔だな。ギルドっちゅうのは仕事を手配する場所よ。主にラグ使える奴がここへ来て色んな仕事を引き受けてんのさ」

「ラグ?」

「——おめぇどこ出身だよ?」

「セリエンテ」

「おー、西出身か。あっちじゃあれか——絨毯か」

「あ、こっちでは絨毯のことラグって言うの?」

「おうよ」

「知らなかった」

「んでよ、おめぇはラグ使えんの?」

「うん」

 レオはリュックからラグを取り出して見せた。

「結構傷んでんな、ちょい広げてみぃ」

 レオは言われた通り目の前にラグを広げて見せた。

「おいおい、ボロボロじゃねーかよ。これじゃダメだ。客から依頼された色んなもん運ぶんだからよ、『落ちて壊しちゃいましたー』じゃ済まねえだろ」

 男は手でレオをあしらった。

「落ちねーよ。今日セリエンテからこっちまで来たんだぞ」

「このラグで? おめぇ狂ってんな」

「おうよ」レオは無意識に男の口調になってしまった。男はふんと笑い、少し表情が柔らかくなった。

「おめぇ名前何て言うんよ?」

「レオ」

「レオか。おれぁドンテって言うんだ。このラグで山超えてきたっつんだから、おめぇが飛べるのは認める。だがギルドワーカーとしてぜに稼ぐっちゅーことは、ラグは商売道具よ。おもちゃじゃねんだ。だからしっかり修理してからまたうち来な」

 ドンテは鋭い眼差しで言った。

「分かった。どこで修理したらいいんだ?」

「まぁいくつかラグ屋はあるがよ、おめぇわけぇんだし、若造わかぞうがやってるラグ屋行ったらいいんじゃねーの。マットって小僧がやってるラグ屋がここから南西方面の森の手前にあるからよ。マットファクトリーって名前な。まぁ見りゃ分かるさ」

「ありがとう、ドンテ」レオは礼を言ってリアルトを出た。

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