第四話 奴隷としての俺の価値

 通路から足音が聞こえて来たので、俺は筋トレを止めて座って待つ。するとドアが開いて明かりがさし、数人の男達が入って来た。


「出ろ」


 俺が立ち上がって出ようとするが、女は座ったままだった。すると男が言う。


「お前もだ!」


 だが女は立ち上がろうとしなかった。髪の毛の間からするどい目つきで、男達を睨んでいる。


 アイドナが俺に伝えて来る。


《男達の暴力的な気配が読み取れます》


 そいつはいかんな。


 俺が女に向かって言う。


「そうしていても、良いことにはならないよ。言われたとおりにした方が良い」


 そう言っても女は動こうとしない。それを見た奴隷商の男は、するりと何かロープのようなものを取り出した。ビュンとそれが振られるとパシィッ! と空を切る音がする。


「痛い目を見たいのか?」


「ほら。その人もそう言っている。無駄に抗って叩かれる必要は無い」


 それでも女は抵抗した。そうやっていても男達の暴力にさらされるだけだと言うのに、無意味な事を続けている。


《鞭で叩かれれば、痕が残るやもしれません》


 なるほど、それなら交渉してみよう。


 そして俺は奴隷商に言った。


「傷がつけば商品価値が落ちるんじゃないか?」


「はん? かまうこたあねえ、そんなぼろ雑巾は大した値がつかねえよ」


 男は鉄格子を潜り、俺をどけて女に迫った。


 どうなる?


《牢屋は狭いので、振るい方によっては大した打撃にはなりませんが、恐らくこの人間は慣れていると思います。彼女はぶたれます》


 ビシィ!


「ギャア!」


 鞭で叩かれた女が叫び声をあげた。更にもう一発の打撃が入る。


 バシィ!


「痛いっ!」


 止めたいんだが。


《ならばあなたが間に入ってみてください。恐らく相手はあなたの商品価値を気にします》


 なるほど。


 俺が女を庇うように覆いかぶさった。すると後ろの男が言う。


「そいつに傷をつけるなよ! 安くなる!」


「けっ!」


 そして俺は女に言った。


「ほら。これ以上、痛い思いをする必要は無い。立って」


 すると渋々、女が立ち上がった。他の奴らも入ってきて俺と女に枷をとりつける。


「まったく、手間取らせやがって!」


 俺達は牢屋から連れ出され、建物の奥に向かって進んでいく。すると石畳の部屋に通された。そこには大きなタライと粗い目の布が置かれている。タライには水が蓄えられており、男達は俺達に向かって言った。


「体を洗え」


 俺は服を脱ぎ捨てて、タライの中にあった布を掬い上げて体を拭いた。だが女は服を脱ぐのをためらっており、体を洗わずにそこで固まっている。


「早くしろ!」


 ビシッ! と鞭が床を叩いたので、女はビクッとして服を脱いだ。痩せこけた体は薄汚れており痛々しかった。男達の見る前で、俺と女は全裸になり体を洗っていく。全て洗い終わると、俺には新しい布の服が渡された。女には依然としてボロ布が渡される。


「着ろ!」


 俺達が服を着ると、男が何かの瓶を俺達に近づけた。


「手を出せ。これを体に塗れ!」


 手を出すと良い香りのする液体が手に注がれ、言われたとおりにそれを体に塗る。隣の女が見よう見まねで、自分の体にそれを塗った。


「よーし。かなり臭かったがこれでマシになった」


 それはそうだ。俺達は風呂にもシャワーも浴びれずに、ずっと牢屋にいたのだ。しかも排泄は牢屋の角にある木箱のようなものにする。あんな悪臭がたちこめる所にずっといたら、そりゃ身体に匂いが染みつくってもんだ。それを隠すために、いま香水のようなものを体に塗りたくったのだ。


「これからお前達は品定めされる。特にお前!」


 男が俺を指さした。


「お前は貴族に売られるだろうから。粗相をするなよ! 値段が落ちるからな!」


「わかった」


 そして今度は女に向かって言う。


「おい! ぼろ雑巾! お前は買い手がつくか分からねえ。最後は医者の実験台にでもされるかもな! せいぜい買ってもらえるよう愛想をふるまうこった!」


 そう言うと、男達が下卑た笑いを浮かべた。


「「「「あははははははは」」」」


 不快だ。


《我慢です。感情を露わにすれば、こちらに危害を加えて来る恐れがあります》


 わかった。


 そして俺達は親方様の所に連れていかれた。俺達二人を並べて親方が頷く。


「ちゃんと洗ったようだな」


「へい!」


 そして俺と女は、親方に連れられて他の部屋に移された。どうやらそこは舞台袖のような所で、明かりのさしたステージのような場所が見える。するとステージから声が聞こえた。


「さあお待ちかね! 本日の商品をお披露目いたします! 今日は上玉が入っておりますので、良い商談になると思っております。それでは最初の奴隷をご覧にいれます!」


 すると俺の脇の男が、俺の足かせを外した。


「ほら。壇上に上がれ」


「ああ」


 手枷だけはそのままで、俺は階段を上った。俺が出て行くと、どうやら客席のような場所に数名の客が座っているようだ。こちらからは暗くてよく見えない。


「ほう」

「なるほど」

「めずらしい」


 客席から声が上がった。俺はただ何もすることなく暗い客席を眺めている。すると親方が声高らかに言った。


「どうです? 珍しいでしょう? 黒髪に黒い瞳! そしてその端正な顔立ち! そして健康な体を持った成人の男です! 稀に見る珍しい種族であると思います! このような奴隷はそうそう手に入りませんぞ!」


 親方がそう言うと、場内が騒めいた。どうやら俺は珍しいらしい。


「まずは銀貨十枚から!」


「銀十一枚!」

「銀十二枚!」

「銀十三枚!」


 大きな声で叫ぶ客たち。その価値がどれほどかは分からないが、少しずつ価格が上がっていく。だがその時だった。ひときわ大きな声が上がる。


「金貨十枚!」


 シーンとした。だが少しして、また声が上がる。


「金貨十枚と銀貨十枚!」


 しかし間髪を入れずに、先ほど大きな声で言った人が言う。


「金貨五十枚!」


 再び沈黙が流れる。そして結局それが最後だった。カンカン! と音が鳴り、親方様が声を上げる。


「金貨五十枚! そちらのお客様が落札されました!」


 すると会場に拍手が流れる。そこで俺は大声で叫んだ。


「俺には腹違いの妹がいる! そいつも一緒に連れて行ってくれ!」


 すると親方が俺の顔の前に杖を出した。


「勝手な事を言うな!」


 すると客席の方から声が上がった。


「妹? そいつを見せろ!」

「そうだ。どんなやつだ!」

「早くしろ!」


「わ、わかりましたよー」


 すると舞台袖から、小汚い女がよろよろと出て来た。それを見た客たちはシンとする。そして次第にざわつき始めた。


「おいおい、本当に兄弟か?」

「そんな病気たかりいらんだろ!」

「ぼったくるつもりかよ」


「そうですよねえ。まあ、こいつは銅貨一枚からです」


 すると会場がシーンとなった。少しして、俺を買いあげた声が言う。


「先ほどの金貨五十枚に銀貨を十枚つける。それで一緒に貰おう」


 会場はシンとなった。親方が言う。


「銀貨十枚以上の方!」


 だが誰も返事をしなかった。そして親方が下衆な笑いを浮かべてポツリと俺に言う。


「おまえに感謝せねばならんなあ。コイツは銅貨三枚でも厳しいと思ってたんだ。おまえも金貨二枚が関の山だと思っていたが…。おまえ含めて奴隷何百人分になるか分からん。せいぜいかわいがってもらうんだな」


 そして親方が客席を向いて言う。


「本日のオークションはこれにて終了です。代金と引き換えに奴隷は連れて行ってください」


 その言葉を聞き、買わなかった客がぞろぞろと会場を後にするのだった。

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