第五話 俺を買ってくれた人

 奴隷のオークションが終わり、暗い客席の奥から二人の人影が歩いて来た。そして前に立つ初老の男が声をあげる。先ほど、大声で金貨五十枚! と言った声だ。


「ささ、お嬢様。足元にお気を付けください」


「ええ」


 男は五十歳から六十歳くらいの男で、鼻の下に白い髭を伸ばし髪の毛も白かった。タキシードのようなものを着ており、身なりからして金持ちに見える。


《二人とも栄養状態も良く、身だしなみもきちんとしております。恐らくは高い身分の者であると推測されます》


 言われなくても分かるよ。


 そして老紳士の後ろに立つ人が、明かりの中に歩み出て来た。その人は紫のベルラインドレスをまとった女の人である事が分かる。前世では見たことのない淡い水色のロングヘアを肩から垂らし、端正な顔立ちで瞳の色も髪の色と似た水色だった。これが地毛であれば、前世には居ない人種であろう。

その二人が壇上に上がって来る。紳士は初老だが、女の方はずっと若く十代に見えた。


 奴隷商の親方が言う。


「これはこれは見目麗しいお嬢様。この度は大変良いお買い物をなさいました」


「ええ。お金はすぐに払うわ。これで終わり?」


「はい! その通りでございます!」


 すると女は老紳士に向かって行った。


「ボルトン。お支払いして頂戴」


「かしこまりました」


 そしてボルトンと呼ばれた老紳士が、バックから上品な袋を取り出した。それを受け取った親方が言う。


「ありがとうございます。それでは中身を確かめさせていただきます」


「早くして頂戴」


「はい。お嬢様」


 そして奥から、神経質そうな男が現れてテーブルの上で金を数え始めた。


「親方様。確かにございます」


 それを聞いた親方は、更に嬉々とした表情を浮かべ礼を言った。


「ありがとうございます! 誠にお目が高い! 世にも珍しい、黒髪黒目でございます。健康状態も良好にございますので、喜んでいただけると思います」


 自分で捕まえた奴隷じゃないのに、よくこんな口から出まかせを言えるもんだな。


《これが商売と言うものです。それよりも速やかに買い取っていただく事が大事です》


 分かってる。


 そして神経質そうな男が、何かの紙を親方に持たせた。親方はそれをボルトンに渡す。


「はい。こちらは領収書となって御座います」


 ボルトンがそれを受け取った。そして次に印の押された証書を手渡した。


「こちらが奴隷の所有証明書でございます。これで、晴れてこの奴隷はお客様の物となります」


 するとすぐに女が言った。


「ボルトン。それでは帰ります」


「はい。お嬢様」


 そしてボルトンが俺とボロボロの女を見て、奴隷商に向かって言った。


「彼らの手枷を外してください」


「えっ? ここでですか?」


「必要ございません」


「は、はい」


 奴隷商の手によって、俺と女の手枷が外される。そしてボルトンが言った。


「では私達についてきてください」


 俺は頷き、ボロボロの女の手を引いて二人について行く。建屋を出るまで、ずっと親方がついてきて入り口を出て挨拶をした。


「この度はご利用誠にありがとうございました。またの起こしをお待ちしております」


 ボルトンと女は会釈をするにとどめ、俺達は二人に連れられて道路に出る。するとそこには見慣れない乗り物が置いてあった。


 なんだこれ?


《馬車ですね。町並みと人を見れば、この場所は中世レベルの文明であると推測します》


 中世? 


《はい。ちなみに全員がノントリートメントです》


 えっ? AIDNAを搭載しているヒューマンはいないの?


《おりません》


 それを聞いて俺は少し体を委縮してしまった。だがすぐにアイドナが言う。


《ですが臆する事もございません。誰もあなたに殺意を向けてはおりません》


 そうなのか…


《はい》

 

 俺達は馬車に乗せられて、ボルトンとお嬢様と呼ばれたドレスの少女も乗り込んだ。


「出せ」


 ボルトンが御者に言うと、馬車が揺れ始める。馬車と言う乗り物に乗ったのも初めてだが、全てが元始的な感じがして珍しかった。俺はただただきょろきょろして、一緒に来た奴隷の女は下を向いたままだ。


 するとお嬢様と呼ばれた女が声をかけて来る。


「初めまして。私はパルダーシュ辺境伯の娘で、ヴェルティカ・ローズ・パルダーシュと申します。あなた方のお名前を聞いても?」


「琥珀といいます」


「コハク。変わったお名前ね」


 前の世界じゃ珍しくはない名前だが、恐らくこの世界観と時代には合っていないだろう。


「はい」


「妹さんの名前は?」


「……」


「答えたくなければ答えないでいいわ。でも何かをあげたり、好きな食べ物を聞く時に不便だわ」


 とても物腰の柔らかい言いように、奴隷の女もようやく口を開いた。


「…メルナ」


「あ、ごめんなさい。女の子でしたのね。屋敷に着いたらすぐに身だしなみを整えていただきましょう」


「……」


 不思議な人だ。俺達は奴隷と言う立場だと思うのだが、同じ目線に下りて話しかけて来る。俺はだんだん彼女に興味が湧いて来た。


「なぜ、俺達を買ってくれたんですか? あんな高額なお金を払って」


「はい。実は私、今日初めて奴隷を買ったんです。奴隷商に行ったのも初めてですし、遠い町に一人で来たのも初めてなのですよ」


「そうなんですか?」


「ええ」


 わからん。ますますこの人達がどういう人達か分からなくなった。するとアイドナが言う。


《中世の地位で辺境伯は大きな権限を持っております。地位は大公と同等で、辺境を王の代わりに管理する地方の最高権力を持っているはずです。軍事及び民間の命令権を持ち、国家にも影響を及ぼすほどの地位となります》


 えっ? そんな凄い人の娘が直々に奴隷を買いに来た?


《そうなります》


 説明を聞いたところでますますわからなくなった。都市を進んでいくと、馬車のカーテンごしに外から声がかけられた。


「お嬢様。お待ちしておりました」


「お待たせビルスターク。上手くいきましたよ」


「それは何よりです。出立はいつになさいますか?」


「明日の早朝には発つわ」


「かしこまりました」


 すると馬車の周りで、たくさんの馬の足音が聞こえて来た。カーテンを開けて外を見てみたいが、勝手にするのも失礼な気がしたので俺はじっとしている。するとヴェルティカが聞いて来た。


「お腹空いたでしょう?」


「あ、まあそうですね」


「……」


「もうすぐ宿に着きます。それまでの我慢」


 随分気を使う人だ。とにかく俺も訳が分からないので、彼らに従うことにするのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る