第二話 奴隷に売られる寸前の俺

「ん? 誰かいるぞ!」

「鍵はかかってたがな?」

「それに裸だな、檻から出たのか?」


 部屋に入って来た男達が俺を見て言う。


「あの、あなた方は一体誰?」


「はあ? なにいってやがんだ? ここは奴隷商だぞ!」


《彼らは奴隷商人といって、奴隷の売り買いを生業とした人間でしょう。三人ともノントリートメントです》


 そう聞いて、俺は心臓を掴まれたような衝撃を受けた。ノントリートメントという事は、俺がAIDNA人間だと知られれば殺されるかもしれない。二歩ほど後ろに下がると壁に背中がついた。どうやらどこにも逃げ場所は無いらしい。すると三人のうちの髭面の男が言う。


「いずれにせよ、何か着せねえと外にだせねえ。おい、ボロ布持ってこい」


「わかった」


「ていうか手枷も足枷もしてねえのはなんでだ?」


「わからねえ」


「それも持ってこい」


「ああ」


 一人の男が出てすぐに戻って来た。牢屋の中の男が着ているのと似たような、ボロボロの布の切れをもってくる。どうやらこいつらは俺を殺すつもりは無さそうだ。ボロ布はよく見ると、丸く斬りぬかれており頭をそこに入れて着るものらしい。


《着てください。体温調節を高めに設定し続けると体に負担がかかります》


 わかった。と言うか逃げた方が良くないかな?


《いいえ。ここは従った方が生存率が上がります。部屋の外にはもっと人間がいると思われます》


 なるほど。


 俺がアイドナと脳内で話をしているうちに、髭面が言った。

 

「よーし、枷をつけろ」


 ボロ布を着た俺に男らが手枷と足枷を取り付けた。手には木を二つに割ったようなものに穴が開いていて、そこに手首を入れて閉じるタイプの手錠だ。足には鉄の輪がはめられ、足の間が鎖で繋がっている。


 動きづらい。


《完全に囚われました》


 そんな事は分かっている。いちいち説明されなくてもいい。


《はい》


「おい! ぼっとしてねえで行くぞ! お前らの商談が始まるんだからな」


 牢屋の中の男も一緒に出されて、俺とそいつが胴体に巻き付けられたロープで繋がれた。そこで牢屋の中にいた男が言う。


「なんだよ。てめえも奴隷だったのか」


「わからない」


「何言ってんだ。俺と同じ扱いを受けてるじゃねえか」


「……」


 俺達の胴体の縄が引かれた。


「ほら! さっさと歩け!」


 髭面の男が俺とそいつを引っ張って歩きだす。牢屋は暗かったが、そのドアから外に出ると通路には灯りがともされていた。


「ほう…」


 廊下に出てすぐ、髭面が俺を見て目を細める。他の二人も俺をジロジロと見た。


「おかしいな。なんでこんなつるっとしたやつがここに居た?」


「お前が知ってるんじゃないのか?」


「いや」


「俺も知らねえ。いつの間にこんなのを仕入れたんだ」


 三人が俺の頭の先から足先までねめつけるように見た。


「まあいい。親方様なら何か知ってるんだろうよ」


「ちげえねえ」


 そうして縄でひかれ、俺は通路を通って上に続く階段を上らされる。足の間の鎖がジャラジャラとなり、足にまとわりつくようだ。


 歩きづらい。


《脚部の補助をいたします》


 アイドナのおかげで足が軽くなった。だが前を歩く奴隷がもたつくので、早く歩くのはやめて歩幅を合わせる。


 コンコン!


「失礼しやす!」


「入れ」


 引かれてその部屋に入ると、そこには恰幅の良い身なりの整った男がいた。人が入って来たと言うのに、こちらを振り向く素振りも無い。


《この人間は慣れているのでしょう》


 だろうね。


「親方様!」


「なんだ?」


「いつのまにこんな上玉を仕入れてたんでさあ?」


「ん?」


 そいつがくるりと振り向き、するどい眼差しで俺を見た。頭の先から足の先までじろりと見て言った。


「なんだこいつは?」


「えっ? 牢屋にいたんでさあ」


「なに? てめえらが仕入れて来たんじゃねえのか?」


「いや。俺達は知らないんでさあ」


「新しいの仕入れたら、必ず報告を入れろと言っているはずだぞ! 勝手な真似をしやがったのは誰だ!」


「す、すんません。俺達も知らねえんで」


「だが…」


 親方と呼ばれた奴は俺に近づいて来て、顔を近づけてよく見て来る。更に体を触って俺の状態を確認しているようだ。


「こりゃ安くはねえなあ。ちっと磨きをかけた方がいいだろ、いったん牢屋に戻しとけ!」


「分かりやした」


 そして親方はもう一人の奴隷に言った。


「てめえは今日の競りに出す」


「わかった」


「せいぜい高く買ってもらうように努力するこったな」


「……」


 俺とそいつを繋ぐロープが切り離され、そいつは俺に向かって言った。


「お前も誰かに買ってもらえると良いな」


「そ、そうだな…」


 すると今度は厳つい男らが部屋に入ってきて、その男を連れて行ってしまった。残った俺は、またさっきの牢屋に連れていかれる。牢屋に入れられると手枷と足枷を外された。


「親方が磨きをかけろとか言ってたからな、お前はもしかしたら貴族なんかに売りつけるつもりかもしれねえ」


「貴族…」


「ま、誰が連れて来たか分からねえが、しばらくはここで大人しくしてろ」


 ガシャンと牢を閉じられ鍵をかけられる。男達はそのまま部屋を出て行ってしまった。


 いったいなんだ? どうしてこうなった?


《原因は不明ですが、処刑場ではない事は確かです。そして生存の確率は高まったと言えるでしょう。彼らがやってくるまでは、ここで筋力の増強をする事をお勧めします》


 腹立たしいが、確かにアイドナの言うとおりだろう。とりあえずは身体強化をしながら待つとするよ。


《それでは筋力強化プログラムに移行します。この状況下での最適な筋力トレーニングをサポートいたしますが、身体の全権を預けますか?》


 そうだな。必要となったら強制解除するぞ。


《承知しております。あなたはバグ、私はあなたに仕えるプログラムです》


 やってくれ。


 俺が体の力を抜くと、アイドナは勝手に筋力トレーニングを開始した。本来は健康の為に最適な体を作る事を最優先とするが、この場合は生き残りの為に過度の付加をかける事になるだろう。だが任せておけば、辛くなったとしても体を補修しながら筋力を増やしてくれるはずだ。

 

 おれは眠りにつくぞ。休んでおいた方が、いざという時に動けそうだ。


《はい。それでは自動で筋力補強プログラムを発動いたします》


 俺が言うとアイドナは俺を強制的に眠らせてくれた。後は勝手に筋力トレーニングし続けてくれることだろう。

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