第12話:おかえり

 木々の枝から、時折粉雪が舞い落ちる森の中。

 湖に向かってヨチヨチと歩いていた白鳥は、向こうから歩いてくる風人に気付いた。


 逃げ出したことを風人は怒るだろうか?

 皇帝なら少し後退っただけでも鞭を振るった。


 風人は怒らなかった。

 互いに歩み寄り、手を伸ばせば届く距離まで来ると、彼は屈んで目線を合わせると、穏やかな声で言う。


「おかえり」


 その一言で、白鳥の心にあった氷のようなものが融けて消えた。

 代わりに心の中に現れたのは、この人と離れたくない、ずっと傍にいたいという思い。

 それはまるで春に咲く花のように、白鳥の心の中に広がっていく。


「……フウト……」


 白鳥は、初めて声を出した。

 風人が驚いて目を丸くするのも構わず、白鳥は大きな純白の両翼を広げて彼を抱き締める。

 森林保護官として多くの生き物を見てきた風人でも、喋る白鳥なんて初めてに違いない。

 彼は更に驚くことになる。


「あなたの、傍にいたい」


 そう告げた白鳥の身体に、初めての変化が訪れた。

 風人を抱き締める翼が、色白の滑らかな肌に覆われた華奢な腕に変わる。

 頬を寄せていた白鳥の顔が、美しく整った乙女の顔へと変化する。

 白鳥の身体は、白いドレスを着た人間の女性に変わった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る