第9話:湖の食べ物

 風人は持ち帰った藻をいつもの食器に入れて白鳥に差し出した。

 食べ物として認識してくれるか?

 答えはノーだった。


「これは君が食べられる物だよ、むしろ主食だよ、食べてごらん」


 言葉が分からないだろうとは思いつつ、藻入りの食器を指さす。

 白鳥は何か怒ったみたいに風人の指を噛む。


「痛い痛い、噛まないで。指は食べ物じゃないよ」


 大きなハンガーピンチで指を挟まれるような痛みは、久しぶり。

 ここ最近は噛まなくなっていたのに、何をお怒りなのやら。

 白鳥は喋らない、声すら出さない。

 風人は白鳥が何を思っているのか分からなかった。


(食べ慣れない物は警戒するのかな?)


 そう思いつつ、風人は毎日湖へ向かう。

 白鳥は飛びもせず、ヨチヨチと後ろを歩いてついてきた。


「ほら、これも食べられるんだよ」


 森から近い湖に着き、風人は雪をかき分けて水辺の草を摘み取り、白鳥に差し出す。

 食べてはもらえず、プイッと顔を背けられてしまう。


「こういうものを食べられるようにならないと、放してあげられないよ?」


 風人はいつものように白鳥に話しかけた。

 白鳥はアメジストに似た紫の瞳で風人を見つめる。

 半ば諦めたように嘆息した風人は、ぽつりと呟いた。


「元の飼い主に返した方がいいのかなぁ……」

「?!」


 途端に白鳥が驚き、いきなり走り出す。

 困惑する風人を残して、白鳥は雪原から空へと飛び去っていった。

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