第3話 冷たくて温かい(最終話)

「……そりゃ付きあって結婚して子供を作るって考えたら、雪女の私じゃなくて普通の人間の女の子の方が良いに決まってるもんね。匠紀が雪女の私と付き合うのが嫌だって思うのは当然のことだから、私のことは気にせずはっきり伝えてほしいな」


 きっと深雪は決死の思いで自分が雪女であることを打ち明けてくれたはずだ。


 自分が雪女であることを伝えれば、『なんだよそれ気持ち悪い』と罵倒されていたかもしれないし、20年以上友達を続けてようやく恋人になれたというのに、その関係を終わらせようと提案されるかもしれない。


 別れるどころか『人間じゃない女とは一緒にいられない』と言われ関係が断絶してしまう可能性まで考えていただろう。


 それなのに、深雪は俺のためを思って自分が雪女であることを打ち明けてくれた。


 いずれは知ることになる事実ではあっただろうが、付き合ってしばらくの間は自分が雪女であることを隠し、普通の人間の彼氏彼女として楽しい時間を過ごすことだってできたはずなのに。


 深雪は自分が幸せになることよりも、俺が幸せになれないかもしれないことを考えることができる優しい女の子だ。


 俺が好きになったのは、そんな人の心を考えられる優しい深雪だ。


 その優しさこそが、俺が20年以上も思いを告げられないほど、深雪のことが好きになってしまった理由だ。


 それなのに俺は、深雪から自分は雪女だという事実を伝えられて困惑し、感情のままに焦って大声を上げて--どれだけ器の小さい男なのだろうか。


 冷静になって少し考えればわかったことのはずなのに、深雪にこんな顔をさせるまでそれに気付かないなんて自分が嫌になる。


 --それでも、気付いたのなら今の自分の想いを全てぶつけなくては。


 深雪が普通の人間だろうが雪女だろうが関係ない。




「深雪」

「----んっ⁉︎ ちょっ、匠紀っ、あんっ」




 俺は悲しげな表情を浮かべていた深雪に近づき、そして抱きつきそのままキスをした。


 深雪の唇は柔らかで、滑らかで、それでいてキンつと冷たい--真っ白なソフトクリームを食べているような感覚だった。


 そして俺は、自分の唇が凍って取れてしまうかもしれない恐怖なんて捨て去って、そのまま舌を入れた。


「あんっ、んっ、んにゃっ、あっ、」


 俺の口の中に入ってくる深雪の舌の冷たさは、冷凍庫から取り出した氷をそのまま口に入れているような感覚ではあったものの、深雪が調節に集中してくれていたからなのか、僕の唇や舌が凍ることはなかった。


「ぷはぁっ、ちょっと、何してるの匠紀⁉︎ なんとか調節できたからよかったけど、下手したら唇取れてたんだよ⁉︎」

「でも凍らなかったし、取れなかっただろ?」

「それはまあそうだけど……」

「深雪が雪女って聞いたときは流石に驚いたし、動揺したよ。でもさ、晴れ女でも雨女でも、雪女でも--よく考えてみれば同じようなもんだなって思って」

「同じようにもんって言ったって、くしゃみしたら弾みで雪飛ばしちゃったり、夏場は気をつけないとちょっと溶けて床を水浸しにしちゃったり、問題はいっぱいあるんだよ?」

「そんなの気にしねぇよ。キスしたら唇が凍って取れちゃうかもって問題だって解決できただろ? だからこの先何があっても、俺たちなら解決して前に進んでいけるよ」

「……いいの? 本当にいいの? 夏は涼しくて便利かもしれないけど冬に雪女が同じ家にいたらめっちゃ寒いよ? 私が入った後のお風呂、追い焚きしないと絶対冷たいよ? 寝てる時に無意識にイビキと一緒に吹雪出しちゃうよ? それでもいいの?」

「……もちろん。というか普通に雪女って風呂入っていいんだって驚きだったわ今」




「…………ありがどぉぉぉぉぉぉおお、本当にありがどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ。自分が雪女だって伝えたら絶対嫌われると思ってたから、本当によかっだよぉぉぉおおおおぉ」




 俺と深雪は幼馴染で、俺たちの関係は20年以上も続いてきた。

 裏を返せば、深雪が俺に雪女であることを伝えてこなかった20年以上もの間、深雪は苦しみを抱えて生きてきたことになる。


 その苦しみは、何も知らない俺では容易に推し量ることのできないとてつもなく大きいものだっただろう。


 その20年分の苦しみを受け止め、溶かしてやれるのは俺しかいない。


「……深雪っ」

「きゃっ」


 俺は再び深雪を押し倒し、そうして体を重ねた。


 結果的に俺は唇も股間も取れることなく、俺たちはそれからも会う度に体を重ねた。


 俺の唇や股間が凍らならなかったのは、勿論深雪の調節が上手くできたからというのが理由ではある。


 そしてもう一つ、大きな理由として深雪が上げたのは、俺の体温が高すぎたことだ。


 深雪との夜の行為に気持ちが昂った俺はどうやら体温がかなり上がったようで、凍らせるに凍らせられなかったらしい。


 ……そんなに興奮してたのか俺、なんか恥ずかしいな。




 かくして、おれは深雪と付き合い、20年以上我慢してきた関係を構築することができた。


 そんな俺と深雪が結婚し、子供が生まれ、物理的には俺以外の家族全員が冷たいながらも、毎日のように笑いが飛び交うそこにいるだけで心温まるような温かい家庭を築くことができたのは、皆さんが察しの通りである。





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 この作品はカクヨムコンテスト10【短編】応募作品です‼︎


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幼馴染は雪女〜苦節20年、ようやく付き合えた幼馴染がヤらせてくれない〜 穂村大樹(ほむら だいじゅ) @homhom_d

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