第2話 ヤれない理由
--雪女。
その単語を聞けば、誰しもが物語の中に登場する妖怪、雪女のことを想像するだろう。
しかし、現実から目を背けたかったのか、俺の頭の中には全く別の雪女が思い浮かんでいた。
「えーっと、雪女ってのはあれか? 大切な用事のときとかに絶対雨に降られる雨女とか、その逆で大事な用事ときは絶対に晴れる晴れ女とか、そういう意味での雪女か?」
「違うよ! そもそも雪なんて冬にしか降らないんだから春夏秋は雪女名乗れないでしょ⁉︎ 私が言ってるのは妖怪の雪女の方! ……まああんまり自分で自分のこと妖怪とか言いたく無いんだけど」
妖怪の方の雪女だと言われても、そんな話簡単に信じられるわけがない。
元々俺は妖怪や霊と言った類の非科学的な存在は信用していない。
その上、これまで深雪とずっと一緒に過ごしてきて、深雪が雪女である素振りなんて目にしたことが無いのだ。
そんな状況で深雪から自分は雪女だと伝えられても、信じられるはずがないのである。
「突然雪女って言われても信じられるわけないだろ⁉︎ 今までそんな素振り一切見せてこなかったのに‼︎」
「匠紀が気付いてないだけで見せてたよ‼︎ 夏場の体育は体調不良って嘘ついてクーラーの効いた部屋で休憩してたし、あとほら、私って猫舌じゃん? あれも熱い食べ物食べると口の中が溶けちゃうからだし」
「そんなんで深雪が雪女だって気付くはずないだろ……」
確かにそう言われてみれば思い当たる節は色々とあるかもしれないが、だからと言って『深雪ってもしかして雪女なのか?』とはならないだろ。
「とっ、とにかく私は妖怪の方の雪女なの」
「仮に妖怪の方だったとしても今俺を拒否した理由にはならないだろ⁉︎」
「なっ、なるの!」
「ならないだろ‼︎ 深雪が雪女だったとしても、俺のことが好きなら拒否する必要なかったんじゃないのか⁉︎」
「--したことないからわかんないけど、私とキスしたら唇も舌も全部凍って取れちゃうかもしれないんだよ!」
「とっ、取れちゃう‼︎‼︎⁇⁇」
深雪の話はあまりにも恐ろしく、思わず背筋が凍った。
信じ難い話ではあるが、深雪が本当に雪女なのだとしたら確かにそうなる可能性もあるのかもしれない。
雪女ってなんとなく口から雪を吐くイメージとかあるし。
……えっ、でもそうなると、俺、深雪と付き合ってるのにこの先一生深雪とキスできない可能性もあるのか⁉︎
ただでさえ20年以上も深雪に対する想いを必死に抑えてきたと言うのに、この先一生キスができないなんてあまりにも悲惨な仕打ちすぎる。
……いや、でもやっぱり俺には深雪が雪女だなんて信じられない。
「そっ、そう。取れちゃうの。お母さんは調節が上手くなれば凍らせたりはしなくなるから安心してって言ってたけど、まだキスなんてしたことないし調節の練習もしたことないから最悪匠紀の唇とか舌が取れちゃうかもしれないの」
「そっ、そこまでいうなら見せてみろよ‼︎ 口から雪吐いたりできるんだろ--」
「はいっ。コォォォォォォォォオオオ」
「いやできるんかい‼︎‼︎‼︎‼︎」
俺から見せてみろよと言いはしたものの、まさか本当にできると思っていなかった俺は思わずツッコミを入れた。
「だから言ってるじゃん。私は雪女だって」
「口から雪を吐くのを見せられたら流石に信じざるを得ないけど、『私は雪女だ』って言われて最初から『はいそうですか』って信じられる奴がどこにいるんだよ‼︎」
「ほら、氷柱も作れるよ? パキパキパキパキ‼︎‼︎」
「わかった、もうわかったから‼︎ とりあえず深雪が雪女だってのは信じるから‼︎」
掌の上で氷柱を作ってみせた深雪は得意気な表情を浮かべている。
「私が嘘なんてつくわけないんだから、最初から信じてよね」
「申し訳ないとは思うけど、流石に最初から信じられるはずは----えっ、ていうか待てよ、キスして俺の唇とか舌が凍るかもしれないならもしかして……」
「……あ、気付いちゃった?」
「……気付いちゃったかも」
深雪が雪女でこの先一生深雪とキスをできないかもしれないという悲惨な仕打ちに落ち込みを隠せずにいた俺だったが、その何倍も悲惨で惨たらしい可能性に気が付いてしまった。
まさかそんなはずは無いと思いたいが、キスで唇が凍ってしまうなら絶対に----。
「ご察しの通り、匠紀の匠紀が
「なんだよその怖すぎる事実⁉︎ てか氷柱って上手いこと言ったとか思ってないだろうな⁉︎ 確かに先端に行くに連れて細くはなって行くけども‼︎ てか匠紀の匠紀って‼︎ 言い方‼︎」
あえて言葉にはしなかったが、単純な話、俺が深雪とセックスすれば、俺の股間がカチカチに氷ってしまうという話だ。
別の意味でカチカチになるんじゃないからな勘違いすんじゃねぇぞ。
いや、まあそっちの意味でもカチカチにならないと困るしめっちゃカチカチになるけども。
--ってそんなことはどうでもよくて‼︎‼︎
「てか深雪とヤれないってなったら仮に俺が深雪と結婚しても子供できないんじゃないのか⁉︎」
「えぇっ⁉︎ 結婚⁉︎ 子供⁉︎」
「今はそんなところに驚いてる場合じゃねぇんだよ‼︎」
付き合ってすぐ結婚とか子供とかって話を聞かされれば驚くだろうが、今はそんなことよりも驚く事実が山ほどあるのでこんなことで驚かれても困る。
「そ、そうだねぇ、確かに私も匠紀とはこれからもずっと一緒にいたいと思ってるし、子供は何人欲しいかなって考えたりはしてるけど、流石にまだ付き合った初日でそんな話はカロリー高いっていうか--」
「いやだから今はそれどころじゃないって⁉︎」
深雪が俺との未来を考えてくれているのは素直に嬉しい。
深雪が普通の人間だったのなら、付き合い始めたばかりの俺たちは今頃そんな幸せな会話をして乳繰り合っているところなのだろう。
しかし、深雪が雪女という事実が判明した時点でとっくにそんな会話をできる状況ではなくなっている。
「まあまあそう混乱せず、ほら、深呼吸して深呼吸」
「混乱するに決まってるだろ⁉︎ 幼馴染が雪女な上にキスもできない、ヤることもできない、子供も作れないって言われたら流石に落ち着いていられないって‼︎」
「さっきも言ったけど、調節次第でなんとかなるらしいからさ、一旦落ち着こ?」
「キスだけじゃなくて⁉︎ セックスの方も調節でなんとかなるのか⁉︎ 何それ気になる‼︎」
口の方の調節はなんとなくイメージがつくが、下の口の調節は……ってなんだよ下の口って気持ち悪いな俺。
「まあとにかく、お母さんが言うんだから多分なんとかなるよ」
「そんなこと言われたってなんとかなる確証なんてないだろ⁉︎ どうするんだよこれから⁉︎」
「匠紀はやっぱり嫌……? 雪女の私と付き合うなんて」
「…………え?」
楽観的に会話をしていた深雪だったが、焦った様子で声を荒らげている俺を見て深雪は不安気な表情を浮かべた。
そんな深雪の表情を見た俺は、深雪が雪女であるという話を聞いて、深雪の感情を蔑ろにして会話をしていたことに気が付いた。
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