クリスマスイブのジンクス

ミドリ/緑虫@コミュ障騎士発売中

クリスマスイブのジンクス

 クリスマスイブの今日は、これまで一度も彼女がいたことがない同クラ仲良し三人グループでファミレスで豪遊しようぜ、と約束していた。


 だというのに、放課後を告げるチャイムの音と共に、言い出しっぺの吉田が突然両手を合わせて謝ってきた。


「和久井、悪い! 今日行けなくなった!」

「は? 何言ってんのお前」


 吉田は野球部所属で、坊主頭が原因でモテないというのが本人談だ。いわゆるフツメンで可もなく不可もない外見で、あまり印象がパッとしないのが原因だと俺は密かに思っている。


 なお、俺も自分はフツメンだと思っている。髪の毛はある。平均身長にはもうすぐ届くくらいなのがちょっとコンプレックスなところか。女顔と言われて弟キャラにされることが多いのが、女子にモテない原因だと分かってる。近所のおばちゃんにはすっげーモテるんだよ!? だけど同い年には何故か不評なんだよな。解せぬ。


「実はオレさ、昨日彼女できちゃったんだよ!」

「え」


 俺ともうひとりの上原は、二人同時に目を瞠った。なお上原は、髪の毛が全体的にもっさりと長く、目は前髪で隠れあまり顔がよく見えない上にぬぼっとでかい、基本無口な奴だ。俺と吉田以外と口を聞いているのは殆ど見たことがない。モテない原因は正にそれだと俺は踏んでいる。


 吉田はペコペコと幾度も頭を下げた。


「ほんっとーにごめん! ほら、オレさ、密かに女マネに惚れてたじゃん?」

「散々聞かされてるからよく知ってる」


 というか、三人の中で一番喋る吉田の話題がほぼ女マネのことなので、大体毎日聞かされている。


「昨日の部活終わりにさ、女マネに『クリスマスイブに予定ないってわざわざ言ってる意味、分かんない? チキってんじゃねえよ』って言われて」

「は? 女マネ本人に言われたの?」


 吉田がこくこくと頷く。それはまあなんとも勇ましいことだ。


「だ、だからっ、一緒に過ごしませんかって言ったら『その前に言うことあるだろうが、本当お前はチキンだな』って言われて」

「マジで漢だな」

「和久井ってば、吉田の相手は女マネだよ」


 上原が俺の袖をツンと引っ張った。上原は無口で控えめだが、俺や吉田みたいに慣れている相手にはこうしてちゃんと話す。


「分かってるってば、たとえだよたとえ」

「でも女の子だからさ」


 俺は感心して上原の二の腕をポンポン叩いた。


「ほんと上原、お前って優しいなあ。俺もお前を見習わなくちゃだ」


 上原が慌てたように首を横に振る。


「ううん、優しいのは和久井の方だよ。だって僕にもいつも話しかけてくれてさ」

「……あの、オレの話いい?」


 吉田が不服そうに口を挟んできた。そうだった。今はこいつの恋バナをしてたんだっけか。


「悪い。んで?」


 笑顔を向けると、吉田が顔を顰めつつも話を再開する。


「んでって……。まあいいや、それでさ、思い切って告白したら『ずっと待ってた』なんて言われちゃってさあー!」

「惚気入ってきたぞ。行こうか上原」

「ん」

「おーい! 待てって!」


 吉田は背中を向けた俺と上原の腕を掴むと、申し訳なさそうな顔をしながら言った。


「この埋め合わせは必ずする! だから今日は……ごめん! オレはキャンセルで!」


 俺と上原は顔を見合わせる。


「次回のファミレスはお前の奢りな」

「わ、分かった」


 俺の大食いを知ってる吉田は頬を引き攣らせたけど、知るもんか。当日に言い出しっぺが約束を反故にするのが悪い。


「上原もそれでいいか?」

「うん。和久井がそれでいいならいいよ」


 おっとりとした口調で上原が頷いた。


 吉田がホッとしたような笑みを浮かべる。


「てことで、悪いな! 今日はお前ら二人で楽しんで来いよ!」

「クリスマスイブに男二人かあ……なんかそれも虚しくね? どうする上は――」

「じゃあ和久井、行こ」

「え、ちょ、ちょっと」


 元気な吉田とツッコミ役の俺の後ろにいつもなら大人しくついてくるだけの上原の癖に、何故か俺の肩を抱くとグイグイと教室の外に向かって押していくじゃないか。ちょ、ちょっとどうしたんだよ!? そんなにクリぼっちが嫌なのか!? そりゃあ俺だって嫌だけども!


 吉田が俺たちの背中に向かって声をかける。


「上原、和久井を頼むぞー!」

「うん、任せて」

「あ、おい」


 上原はそう言って頷くと、俺を拘束したままいつになく強引に連れ出したのだった。



 上原のどことなく必死さを感じる様子に「そんなにクリぼっちは嫌か……そうかそうか」と同情的になった俺は、まあ二人でもいっか、と上原と過ごすことに決めた。どうせ暇だし。


 すると上原が「あのさ、実は行きたいところがあったんだけど……いい?」と聞いてきた。


 ということで、よく分からないまま頷いた俺が連れて行かれたのは、電車で数駅先にある遊園地だった。


「ここね、期間限定イルミネーションが綺麗なんだって」

「へえー」


 上原に引っ張られながら遊園地内に入場した頃には、空はすっかり暗くなっていた。


「無理やり連れてきちゃったから入園料は僕が出すね」という上原の有り難い申し出に甘える形で、中に入る。園内は、まあ分かってはいたけどカップルだらけだった。くそう、リア充め。


 やがて木々が単色の電球で飾り付けられた、ちょっぴり地味で人気がないエリアにやってきた。上原が立ち止まる。


「こういうイルミネーションも綺麗だねえ」

「だな。ど派手なのより俺はこれくらい単色で落ち着いてる方が好きかも」

「僕も!」


 と上原がはしゃいだ。お前は子どもか、とおかしくなってくる。前髪がとにかく邪魔みたいで、耳にかけては前に落ちるを繰り返してる。動作がつたないのもあって、思わず吹き出した。


「ぶは、お前さ、なんでそんな中途半端な髪型してるの?」


 俺より頭ひとつ分背の高い上原の前髪を、右手で掻き分ける。と、思ったよりもキリリとした上原の目が俺を見つめ返してきた。……こいつってさ、気弱で無口なだけで、実は顔の造りは割とイケてるんだよな。多分知ってるのは俺と吉田くらいだけど。


 大人しく俺に髪を掻き分けられている上原が、俺をじっと見つめたまま答える。


「……前に、和久井が『ロン毛格好いいよな』って言ってたから」

「へ? そんなこと言ってたっけ?」


 全く記憶にない。


「うん。春に言ってた」

「春、春……あっ、思い出したかも。俳優のアマフミかっけー! って思ってたやつだ!」


 今年一躍有名になったアマフミことアマノフミヤはワイルドなイケメン俳優で、髪型はいわゆる坂本龍馬みたいな後ろでひと括りにしたやつだ。あの気怠げな雰囲気が格好いいんだよな。


 段々と思い出してきたぞ。吉田に言ったら「お前の女顔じゃただの化粧してない女子の引っ詰めになるだけじゃん。悪いこと言わないからやめとけ」と容赦なく言われたやつだ。まあもみあげやら無精髭あってのワイルドさではあると俺も思う。にしても人が気にしていることをズケズケと。もしや吉田の奴、自分が髪を伸ばせないからって何とか邪魔しようとしてたんじゃないだろうな?


 とにかく、ということは、上原はそんな半年以上も前の俺がポロッとした話を真に受けて、コツコツと伸ばし続けてたったことか? ロン毛になって格好よくなりたかったってこと? ん? でもそれって俺が格好いいって言っただけで、完全に俺の好みの問題だよな?


「上は――」


 上原に聞こうと思って前髪を掻き分けていた手をずらすと、真っ直ぐな目線を向けられてしまった。そんなに見つめられると、何だかムズムズしてくる。思わず右手を離し、上原から目を逸らした。


 次の瞬間、手首をパシッと掴まれる。


「え」


 ……普段は控えめな上原が、今日は何だか様子がおかしいぞ。どうして下ろそうとした俺の手首を掴む?


「え、う、上原……?」

「僕、和久井に格好いいって思ってもらいたくて伸ばしてたんだ」

「……え、あ、そう、なんだ?」


 ヤバい、吃っちゃって、めっちゃ挙動不審じゃん俺。で、でも上原の様子がおかしいからさ……っ。


 上原はというと緊張気味な様子で、だけど絶対に目を逸らさずにジーッと俺を見つめ続けているのが何となく分かる。めっちゃ視線を感じるんだよ。……おい、いつもの控えめなお前はどこにいった?


「うん。もう少しなんだけど、前髪がなかなか伸びなくて」

「へ、へえ……」


 イルミネーションが瞬く中、男二人が正面向き合い、片方がもう片方の男の手首を掴んでいる。やけに近い距離感に、俺の中では異常事態を告げるアラートが鳴り始めていた。おい俺、これってお前が「まっさかなー!」とちょっと考えちゃってた妄想のアレじゃないか、と。


「和久井」


 頭上から上原の声が降ってくる。こっちを見て、と言っているのが声色で分かった。……けどだって、どんな顔して見上げりゃいいのかが分かんないんだよ!


「和久井、顔上げて」

「ど、どーして」

「目を見て伝えたい」

「な、何を」

「僕を見てくれたら言う」


 上原は、俺にとても懐いている。元々俺と吉田が同中でつるんでて、そこにいつもポツンとしていた上原の存在がどうも気になった俺が上原に声をかけるようになって始まった三人グループだった。


 上原は引っ込み思案だけど慣れれば平気なタイプらしくて、以来俺の後をついてきていた。俺にしてみたら、でかいけど可愛い弟分みたいな感覚だったんだ。


「お、お前、距離近いって。手、離せよ」


 いつもは素直に俺の要望を聞く上原は、何故か今日ばかりは俺の言葉を無視して自分の話をし始める。


「ここ、高校生の間でジンクスがあって」

「ジンクス? なんの」

「相手と見つめ合いながら告白すると、恋愛成就して幸せになるんだって」

「へ、へえー……」


 そんなのあるのか。そういう話、俺は全然詳しくないからなあ。


「……ん?」


 そこで俺ははたと気付いた。上原が言うジンクス。そして俺に顔を上げろと言う上原。


 え、それって……えっ? いやだって、そんなまさか……?


 すると上原が突然「あれ?」と声を出す。


「え、なに」


 俺はどうしても顔を上げられないまま尋ねた。楽しそうな上原の声が答える。


「和久井、見て。雪だ」

「え? マジ?」


 雪が少ない東京住みが、雪と聞いてはしゃがない訳がない。


 顔を上げたらヤバいかもということを三歩歩いた鶏並みに忘れた俺が顔を上げると、確かに小雪がチラついている。


「おーっ! 初雪じゃん!」


 俺を掴んでない方の手で前髪を上げて押さえている上原が、俺を真っ直ぐ見た。あ、しまった。


「和久井」


 雪なんか溶けてしまいそうな熱い眼差しに捉えられて、もう目は逸らせない。


「和久井のことが好き」

「へ……っ」


 驚きもあったけど、それ以上に「やっぱり」という気持ちがあったのは否めなかった。だって、多分俺はずっと「もしかしたらそうかも」と感じていたから。


 だけど上原の熱がこもった眼差しが何を意味するのか聞いた途端、心地いい今の関係が崩れるのが怖くて、聞けなかったんだ。


 上原が、緊張した様子で続ける。


「本当は、和久井が格好いいって言ってた髪型で告白するつもりだったんだけど、間に合わなかったんだ」

「……何その可愛い理由」


 思わず本音がポロリと漏れた。上原が目を見開く。


「え?」

「あ、しまった」


 ――元々ぼっちでいたのが気になって声をかけたら、普通にいい奴だった。しかもすごく懐いてくれるし、俺を見る目つきは滅茶苦茶優しいし。そんな中、熱さを感じる目線を受け続けてたら、少しずつ意識しちゃってさ。そういうのってさ、嫌いじゃない相手なら気になるじゃないか。な?


「和久井、もしかして嫌じゃない……?」


 不安げに揺れる、上原の形のいい瞳。


「……だって上原じゃん」


 不貞腐れたように唇を尖らせて答えると、上原のイケメン顔にパァッと笑みが咲いた。


「じゃ、じゃあ、僕と付き合ってくれる!?」


 くは。こいつさ、見た目はいいのにこの雛鳥感が……可愛いんだよなあー。あーもう、駄目だ。俺の負けだよ。


「だって、ジンクスなんだから叶っちゃうんだろ?」


 わざと斜に構えて返すと、上原が感動した様子で俺を抱き寄せた。


「和久井っ」

「わ、」


 上原の腕にすっぽり包まれた俺は、気道を確保する為に上を向く。


 そこに待ち構えていたのは、雪をバックにした幸せそうな笑顔の上原だった。


 はう……っ。


「髪の毛は間に合わなかったけど、女マネの背中を押して正解だったなあ」

「は? 女マネ?」


 いきなり何の話を始めた? 訝しげに眉を顰めると、上原が「ううん、今はいいよね」と首を横に振る。


「和久井、大好きだよ」

「上は――」


 顔が近付いてきたなと思った次の瞬間には、上原の唇は俺のものに重ねられていた。


 キ、キスされてる……!?


 やがてゆっくりと離れていく上原が、ふふ、とまた笑う。


「和久井、顔真っ赤だね。可愛い」

「かっ、おま、――んぅっ」


 再び上原の顔が迫ると、今度はもっと長い間俺と上原はキスを交わしたのだった。



 手を繋ぎながらイルミネーションで眩い園内を歩いている時に、上原が説明してくれた。


 ジンクスにあやかりたかった上原は、何とかクリスマスイブに俺を連れて二人きりでここのイルミネーションに来て告白したかったこと。


 その為には、悪いけど吉田の存在は邪魔だ。だったらいい感じな癖に吉田がチキンなせいで進まない関係を、女マネに情報を渡すことで後押しさせたんだと。お前大人しいふりしてやることがあざといな。


 で、女マネから猛プッシュして吉田に告白させ無事二人をくっつけることに成功した上原は、強引に俺を引っ張ってきて告白した――ということだったんだ。


「僕、中学の時はこの見た目のせいで勝手にモテちゃって、女子たちのドロドロの争いに巻き込まれて嫌になっちゃってたんだ」


 あまり語りたくないえげつないこともあったんだそうだ。俺も聞きたくない。


 高校進学を機に全体をモサくして、背中を丸めて気弱で暗い男を演じていたら、これが案外性に合っていたんだという。


「すごく気持ちが楽になり始めた頃に、やっぱりでも友達はほしいなあ、でも自分から声をかけるのはなあと思ってたら、和久井が声をかけてくれるようになって」


 嬉しかった、と言う上原の顔は、本当に嬉しそうだった。


「一所懸命話しかけてくれて、話題に入れてくれて。和久井のことを好きになるのに時間はかからなかったよ。どんな女の子よりも可愛く見えて、そのくせ小さいのに頑張って僕を守ろうとする和久井の男らしい姿に惚れちゃった」

「そ、そうなの……?」


 小さいと言われたことは聞こえてないことにする。


「うん。これまでは目立たずに和久井の隣をキープしたかったからモサい感じにしてたけど、今度からは和久井が格好いいって思う男になるから、見ててね」

「お、おう」


 こいつ、引っ込み思案ででかいけど気の弱い可愛い奴じゃなかったのか……?


 思わずぽかんと見上げていると、上原がフフ、と俺に微笑みかける。


「いつか和久井の方から僕のことが好きだって言わせてみせるから、覚悟してて?」

「……っ!」


 柔らかくも熱の込められた台詞にいっぱいいっぱいになった俺は。


「……お、おう、臨むところだ」


 そんな返ししかできなくて「俺ダッサ!」と思ったけど、上原にとっては問題なかったみたいだ。


 一瞬陰ったかと思うと、またもやチュッとキスをされる。


「はわ……っ」

「大好きだよ、和久井」

「はわわ……っ」


 上原の猛攻に、「俺がギブアップして好きだと告げる日は近いかもしれない」と早くも思い始めた俺なのだった。


 Merry Christmas!

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