(6)鉱石の祭壇

「ふえー、危なかった…!」


 暗闇の中、カティアの声が響く。妙に明るいその声が、少しだけ不安を和らげる。


「本当に…危なかったですね…」アルマも息を整えながら同意する。


 その直後、周囲がじわじわと明るくなった。アルマが光魔法を使ってくれたらしい。目が慣れてくると、カティアもアルマも無事だと分かり、俺は内心でホッと胸を撫で下ろす。どうやらカティアが魔石で風のクッションを作ってくれたおかげで、落下の衝撃が軽減されたらしい。初任務で大失態にならなかったことに感謝するしかない。


 …で、次に気付いたのは目の前の異様な光景だった。


 俺たちが落ちた場所はただの空洞じゃない。冷たい空気が肌にまとわりつき、胸がザワつく不穏な雰囲気が漂っている。床や壁には古びた紋様が刻まれ、赤黒くぼんやりと光を放っていた。見るからに不気味で、儀式とか呪いとか、そういうヤバい類のものにしか見えない。


 その中心には、異様な存在感を放つ赤黒い立方体が鎮座していた。揺らめく波動が立方体の周囲に漂い、まるで空間そのものが歪んでいるかのようだ。表面は滑らかで、時折赤い光が脈打つように走る。


 ぜってええええヤバいやつだろ、これ。


 頭の中で警鐘が鳴る。じいちゃんが話していた北国の「地下には何が眠っているか分からない」って話が急にリアルになった気がした。


 そんな俺の心配をよそに、カティアが勢いよくその立方体に向かって走り出す。


「きゃー!なにこれ、なにこれ!新しい鉱石!?これって歴史に名を刻む発見!?カティアタイトとかカティアストーンとか、どう思う!?」


「バカ!触るな!」


 俺が慌てて止めようとするも、カティアは立方体の周りをウキウキしながら駆け回っている。隣ではアルマが冷や汗を垂らしつつ、震える声で言った。


「…この杖、ミスリル製なんですけど、近づけるだけで反応してます。嫌な感じがします。これは――」


 嫌な感じどころか、どう見ても災厄そのものだろう。俺が眉をひそめている間に、カティアが立方体に手を伸ばして――


「うわっ、なにこれ!全然動かない!こんな小さいのにこの重さ、鉱石の密度どうなってんの!?」


 嬉々としているカティアに、俺は心底呆れた。


「もういい。こんなの俺たちには手に負えねえ。とりあえず戻って報告だ。」


 俺がそう言うと、アルマとカティアも渋々頷く。


「了解!でも、カティアタイトの命名権は譲らないからね!」


 カティアの明るい声にため息をつきつつ、俺たちは協力して地上を目指した。アルマの土魔法で足場を作り、俺の拳で邪魔な岩を砕き、カティアが魔石で補強する。地道な作業の連続だったが、三人がかりでなんとか階段を完成させた。


 夕方の光が差し込む地上にたどり着いた頃、全身が汗だくだったけど、無事生還しただけでも御の字だ。


「これで報告も済ませれば、ようやく一息つけるな…」


 グラヴァンス教員に赤黒い鉱石のことを報告すると、彼は険しい顔で頷いた。


「ご苦労だった。あの鉱石は学院で正式に調査する。君たちは安心して休んでくれ。」


「ありがとうございます。でも、二度とあんなのに出くわしたくはないですね…」


 アルマが軽く肩をすくめると、カティアが笑いながら手を振る。


「いやー、でも歴史に名を刻むかもしれない発見だよ!ね、次も一緒に探しに行こう!」


「お断りだ。」俺は即答した。


 その後、俺たちは再び馬車に乗り込んだ。冷たい北国の風を胸いっぱいに吸い込みながら、ふと空を見上げる。


 ――冒険者の初任務って、もっと気楽なもんだと思ってたけどな。


 馬車はゆっくりと、学院へ向けて走り出した。


 ─


 序章、『北国の鉱石』。これにて幕引きだ。


 だが、物語はまだ始まったばかり。休む間なんかねえ。次の標的は──“ミスリル”。


 白銀の輝きを巡る乙女たちの戦いが、これから幕を開ける。忠告しとくが、女性を怒らせるのは愚か者のやることだ。それを忘れた奴は、後で痛い目を見る。俺たち男は、それを肝に刻んで生きるべきなんだよ。マジで。

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