第13話 奴隷
【ソロンの森 アンブロシウスの庵】
フィアナはアンブロシウスの話を信じなかった。
「おもしろいけど、魔法を見せてくれなきゃ信じないわ」
しかし、アンブロシウスはどちらでもよいと言った。
一方的に自分語りをはじめる。
自分でも「今日もおたのしみのホラ話だ」という前置きで語り始めることもあった。
「お前たちは学校というものに行っているのか。お勤めとはなんだ」
しばらくしているとアンブロシウスは僕たちの暮らしぶりを聞いてきた。
異世界から来たので、こちらのことはよくわからないのだという。
「学校というのはね、領主さまが、奴隷の子どもたちを集めていろいろと教てくださるの。文字の読み書きとか、世の中のこととか、哲学とか」
「ほう。領主自らが。それはふつうのことなのか?」
「いいえ、特別なことだと聞いたわ。領主さま自らが先生をするのも、奴隷に教えるのも」
「奴隷も教育を受けられるのか」
「そう。お金もいらないの。私も奴隷よ」
フィアナはまったく屈託のない表情で答える。
「この世界の奴隷がどういうものかは知らないが。よかったら聞かせておくれ」
僕はフィアナと顔を見合わせてから頷くと、アンブロシウスに説明を始めた。
奴隷には大きく分けてふたつある。
戦争捕虜や、侵略された土地の者がまずひとつ。戦利品と同様に売られるのである。もうひとつは貧しく、自ら、または親族によって売られるものである。前者は奴隷市場に並べられて買い手にもらわれていくことが多く、後者は土地の貴族や有力者に売られることが多い。
フィアナは孤児だった。容貌から異民族であることは明らかだった。さらにはユスティア教というこの国では何度か弾圧された宗教を信じる養親が、領主に抗議をして殺され、信者のコミュニティに育てられたが、そこも生活に困窮して、奴隷に出された。
僕は奴隷ではなく自由市民だ。
ただし、両親が元奴隷で、年季があけて自由になったいわゆる「解放奴隷」だ。両親ふたりとも領主様の奴隷で、僕と同じく学校に通い、勤めを果たしたのちに解放された。
そのため、両親の強いすすめもあって僕は両親と同じように「領主様の学校」に通っている。僕は15歳、フィアナは13歳。ほかに生徒は十数人。奴隷の子が多くて、平民は僕を含めても4人。学校はそもそも奴隷のためにつくられたものだという。
領主様の名はマルクス・パトロス。
帝国でもそれなりに名のしれた哲学者だという。
「わしの世界の奴隷とはずいぶん違うのう。平民となにが違うのかな」
アンブロシウス長い髭を摩りながらいう。
「奴隷の扱いは主人によって異なる。だが、いずれにしろ自由がない。労働に拘束されている」
フィアナが腰に手をあて、得意げに教える。領主さまの真似だ。
解放されるための条件は買われた時の金額を弁済するか、主人が定めた年月奉仕するか、というのが一般的だが、主人によって大きく扱いが異なるのだという。
「領主さまはとてもお優しいの。ルキウスさまと同じようにしてくれるわ」
フィアナの主人はその領主様自身だ。
ルキウス様はその息子で18歳。フィアナとは兄弟のように育っていて、家庭内の奉仕以外は兄妹といってもなんら差し支えない。
「よい主人にめぐまれたということだな」
「アンブロシウスの国には奴隷はないの?」
「もちろん、おる。ただし同じ神を信じる者は奴隷にはされない。別の神を信じるものは戦争などで容赦無く奴隷にされた。死ぬまでしゃぶり尽くされる。使い捨てじゃ。おぬしらのような扱いをされることはないだろう」
「神様はいっぱいいるのに?」
「ああ、契約の神に誓約したなら、神はただひとつ。いや、神はただひとつと知ったとき、信仰は約束される」
「それじゃあ、別の神を信じる、親のいない異民族の子どもで食べていけない人たちはどうするの?」
僕は尋ねる。フィアナのことが気になった。神様がひとつというのはよくわからなかったが、みんなから認めてもらえないという意味ではユスティア教はまさにそれだ。ユスティア教も他の神を偽物と呼ぶ。
「あちらでは物乞いになるか、盗賊になるか、――仕事はないからな。それに暮らしの環境が悪くてそもそも長生きはしない。貧民街の者たちはな。だいたい子どものうちに死ぬな」
「ひどい」
フィアナは怒りの表情を浮かべた。
「神に使える神官が施しを与えているが、焼け石に水じゃ」
「なら、奴隷になればいいのに」
フィアナは言った。
「ほっほほ。お主を見ていると確かにそう思う」
「奴隷は悪いことなの? いいことなのかな?」
僕にも疑問が湧き出してしまい、思わず僕は口を挟んだ。
「それはわしにもわからぬ。わしは魔術師であって、哲学者ではないからな。そもそも哲学というものがわからぬ」
「考えることよ。考えるのをやめた時、人は冥界の入り口に立つ」
またフィアナが領主様の物真似をする。
「はっはっはー!!! なるほど、なるほど。よい学びであった」
アンブロシウスは豪快に笑った。
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