第3話 召喚
【帝都レムシア/皇宮】
レムシア帝国はひとつの都市国家から身を立て、大陸にかつてない大版図を築き、すでに300年以上の歴史を誇る。
帝国発祥の大都市レムシアに帝都を置き、異民族の土地をいくつも併合して属州として支配し、一時は大規模な戦争が起こらなかったほどの平和を築いた。
しかし、対外的な戦は減ったものの、内乱は度々起き、皇帝は何度も入れ替わっていた。それを繰り返すたびに帝国は弱体化し、ふたたび蛮族、盗賊の猛威に晒されることとなった。
この国の元首は諮問機関である元老院の承認によって二人選任されるが、いつしか独裁となり、事実上の世襲が慣習化され、任期も無期限であった。いつしか人はそれを「皇帝」と呼んだ。過去の英雄が語源となっている。
元老院は元首罷免の権限を以前はもっていたが、度重なる軍事クーデターで、いつの間にか追従機関であることが慣習化されてしまった。実際、元老院は皇帝直属の軍隊である近衛騎士団に首根っこを押さえられている状態だ。
そういうわけで新皇帝ディオスは予定調和のように推挙され、元老院の正式な承認を得て皇帝となる手筈だった。
マールは身体検査をされ、あらたに「謁見の間」と名付けられた一室に呼び込まれた。
扉の向こうにはものものしく衛兵が控えている。
「ずいぶんと用心なさるんですね」
「これからは皇帝に謁見できるのは許可があったものだけになる」
新皇帝ディオスは答えた。
これまで皇帝は応接間と呼ばれる広い部屋で、来客の対応をしていた。高官が皇帝に朝の挨拶をするために列ができることもあった。もちろん、予約なんていらない。それに、謁見の間は一段高いところに玉座があって、それ以外の家具は一切なかった。つまり、皇帝に謁見する者は立ったまま話をするしかない。帝国が蛮族と呼ぶ異国の風習に近い。
「へぇ。ずいぶんと変わったんですね」
「皇帝は神聖不可侵だ。それを知らしめねばならない。だが、貴殿は特別だ。案内しよう」
皇帝はそう告げると玉座から立ち上がった。60代だった先帝に比べれば、彼は40歳になったばかりと若く、近衛騎士として鍛錬された肉体は顔の締まり具合でわかる。
「規則をつくったがゆえ、一度、謁見の間に通したが、次回からは直接ここを訪ねてもらいたい」
堂々とした威厳を感じるものの、どこか親しみのある口調だった。
そうして通されたのは皇帝の執務室。来客用の椅子やテーブルもある。さきほどのものものしい雰囲気も消えた。
「先帝とこの部屋でお話ししたことはありませんね」
「そうだな。先帝は執務をほぼ側近のユリアヌス殿にさせていたからな」
「そうでしたね」
「来てもらったのはほかでない、また皇宮に出入りしてもらいたい」
「予想はついてましたが、なぜでしょう? 私は先帝に雇われ、お気に召さずクビになりました。あなたとはほとんど接点がありません」
「余も先帝に同席してあなたの話を聞かせてもらっていた。異国の話、古き御伽話、いずれも楽しく聞かせてもらった」
「どんなお話が好きでした?」
「王が死ぬ悲劇だな」
「ほうっ、そんな話しましたかね。王宮ではウケないんでやらないようにしてるんですが」
「伝聞で聞いた話だ。好みを聞かれたから答えたまで。それに、いま余が聞きたいのは、御伽話ではなく、真理だ」
「吟遊詩人は意識的にせよ無自覚にせよ〈ほら吹き〉ですよ」
「だが、貴殿は哲学者でもあろう」
「よくご存知で」
「この広い領土を治めるには、帝都に身を置いているだけでは見えてこないことにも対処しなければならない。ひとつの報告を聞いて判断をするには、余の経験だけでは足りぬ」
「なんと謙虚な。噂に違わぬ名君の器ってやつでしょうか」
「そういう噂になっているのか」
「ええ、大評判ですよ」
「ならば、よい」
どちらかといえば安堵に見えた。
(驕る気配が見えない。思ってたのと違うが、やはり権力の座についたせいかな。ふつう逆だけど)
「そなたに頼みたいのは三つ、余が求めた時の助言、余の名代としての使者、そして余の物語を歌にすること」
やっぱりそうきたか。いつの世も権力者たちは功績を喧伝したがる。でもマールは自由で、人間の本質を知りたがる。バイアスのかかった物語になんて一切興味はない。ホラ話をつくる時は、そこに人間の本質を忍び込ませる。誇張されてなんの気づきもないホラ話なんて時間の無駄だ。
この男もやはり凡庸な権力者だったことは少し残念だ。
「もうすぐ陛下になる陛下。最後のひとつは先帝のこともあって若干、自信がありません。また、最初のふたつは先帝において側近のユリアヌス殿が務めていた役職かと。私は彼のようにになるのでしょうか」
ユリアヌスは単なる側近として使えていたが、皇帝の力により、皇帝に次ぐ職責である執政官に推挙され、元老院も認めて異例の選出となった。本来、高位高官の長い経験者から選ばれる者だからだ。ただし、執政官はすでに名誉職だった。ユリアヌスはしかし、そこから執政官の権限で、「皇帝総代官」という職をつくって、自ら就任・兼務した。執政官よりもよほど実権をともなっていた。
「そうだ」
「お引き受けいたします。では、最初の助言です。側近のいうことを聞くな、です」
「了解した」
「へっ、あれ?」
ドヤ顔をしていたマールは肩透かしをくらってしまった。
「ユリアヌス殿が先帝をたぶらかして悪政に加担していたという噂は、かくれぬ真実だ。たったひとりの人間が国の大事を左右してはならない。それも私利私欲を行動基準にしている人間がな」
「あーそうです。だから〈皇帝総代官〉という役職はダメだと思います。先帝が遺した最大の悪習です」
「最初の助言だな。では、その職は廃止する。名称は、宮廷楽師長にしよう。ただ、名称にはさほど意味はない。それと、貴殿は私利私欲で助言するのか?」
「いや、一般論です。そういう特権的地位がだめだっていう」
マールは皮肉のひとつも混ぜないでまっとうに返答している自分にあせる。
「では個別に検討すべき案件だな。いま、余と帝国にとって有用であればよいということだ」
「有用かどうかはどこで判断されたのです?」
「そうだな。では、さっそく側近に意見を求めよう。帝国は帝国たるゆえに多様な者たちを統べなくてはならない。吟遊詩人として帝国属州はもちろん、異民族との文化にふれ、多様な政権のありさまを見続け、それを面白おかしく歌う。いっぽうで、帝国の大哲学者インノケンティウスとの議論で学者たちから〈旅をする哲人〉とも呼ばれた、帝国では地位の低い異民族出身者で、なおかつ小人と蔑まれているマールなる者が、余の役にたつ理由を述べよ」
「は、はははは……」
マールは乾いた笑いを吐き出すしかなかった。
ずいぶんと僕のことを知っている。
「僕はホラ吹きですよ……」
「そうであれば先帝を讃える歌も日の目を見たであろう」
(やれやれ……)
「陛下になる予定の陛下。お役目、謹んでお受けいたします」
(まあまあ、面白そうではあるし)
「よかろう。では、宮殿に自室を与える。今後は礼は最低限でよい。友人として振る舞え」
破格、なのかな。嫌な予感もするけど。
マールは皇帝の意外な言動に驚きはしたものの、警戒は怠らなかった。
いまほど話に出た先帝の側近ユリアヌス。
そいつを殺したのは目の前にいる新皇帝だ。
先帝を陰で操っていたといわれるユリアヌス。
しかし、先帝の暗殺を企てたことによってその場で殺された。
マールは、そいつが殺された現場を見ている。だが、そのことを知っている人物はいないはずだ。ひとりを除いては。
(とーっても、まずい状況ー、なのかも!?)
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