第三話 執行少女達と温泉街 ②
私達は、群がる宿泊客達の間を縫いながら四階へとたどり着く。
「さっき窓が割れたのは……位置からして404号室か……。皆さん道を開けてください!執行部の者です!」
私がそう言うと、先程までずっとざわざわして集まっていた野次馬達がスッと道を開けた。
「ご協力ありがとうございます。さて、これは……?!」
部屋を見ると、まるで化け物の類が暴れまわったような血塗れの爪痕が壁や床を削り取るように刻まれていた。その一つは、この部屋に泊まっていた宿泊客の一人にも深く刻まれていた。幸い呼吸があり、旅館の従業員達が処置を行っているところであった。
「……まあ、酷い状況だこと」
「なんだ君たちは!この状況が分からないのか──執行部?ああ、これは失礼しました」
「いえいえ。こういう事も慣れていますので。……それで、この状況は?」
十中八九、あの黒いやつと白髪の少女が関わっていると見ていいだろう。
「いや、我々にも何が何だか……突然大きな音がしだしたので四階に向かっていたら、すぐ後に窓が割れた音がしたので突入したのです。そうしたら、既にこのような状況となっていまして……」
「なるほど、それは……」
なんと不可解なことだろう……と、何も知らなければ私もそう思っていただろう。
「被害者の方たちとは、お話できるんですの?」
「……ええ、今処置をしているこの方でなければ、少なくとも」
そうして私達は、無事だった二人の宿泊客に声をかける。
「あなた達がこの部屋の宿泊者である、ということですが」
「ええ。そうです。ヒイラギさん、でしたか」
女の方から、少し睨まれる。何か悪い事でもしただろうか。
「……なぜ私の名前を?」
「先輩に教えてもらいました。貴女達の部長さんから」
「センパイ……?どういう関係だ……?」
「昔の学友で、恋人です」
「ああ恋人ね……恋人?!」
「ヒイラギ、今は」
「……わかってるよ。聞きはしたいけど、仕事中だしね」
衝撃の事実が判明した。いや、今求めているものとはまた別の事実なのだが。
「それで、何があったか聞きたいんだけど……大丈夫ですか?」
「……大丈夫かどうかと言われたら、少し嘘を吐くことになりますね」
「落ち着いてからでいいよ。じゃあ君はどう?」
眼鏡を掛けた男が、処置をされている少女の方を見ながら答える。
「……大丈夫です。それに、アイツから信頼できる部下だと聞いています。早く、あの子を傷つけた犯人が見つかるのなら、それに越したことはありません」
眼の奥に見えた少しの憎悪が、私ではない誰かに向けられているのを感じた。
彼が言うには、十四時三十二分──窓ガラスが割れた一分前のこと。「黒い頭をした人型の化け物が、いきなり部屋に現れて暴れたかと思うと、ミズヒキ(被害にあった、彼の彼女)を見て爪で引き裂いた」のだという。
「アイツは、『これで一人減る』って言ってたよ」
息を整えていたモミジ(部長の恋人……らしい)が、ようやく絞り出した。
「なるほどなるほど……一人減る、か」
私は、三年前の事を思い出す。もしアイツがこの事件の犯人だとして、今の私は勝てるのだろうか。そんなことを思っていると、スイセンが不意に声を出す。
「あら、それでは少しおかしいですわね。……ヒイラギ、一旦。部屋の人を外に出して」
「……分かった」
私は彼らと従業員達を外へと誘導し、ドアを閉じようとしていた。
「私達はただ、見たまま聞いたままを証言として言っただけなのですが」
モミジからの鋭い答えに、スイセンが少し微笑んだ。眼は、そのままに。
「では、なぜ減っていないのか、ご説明してくださりますか?」
スイセンは舌を出す。隙間から見えたその舌には、淡い光が弧を描いているようだった。
404号室。事件発生より十分ほど前。
「……なるほど。つまり」
俺はため息を吐く。
「中々連絡の取れない俺に会うために、わざわざここまで『旅行』という体で学園から来た、と?」
「へへ……そういう事になります。先パうわっ!」
俺は正座しているモミジにデコピンをした。
「いった……ひどいじゃないですか!」
「そりゃ連絡も計画も無しで来てりゃな」
「だって執行部長になった途端に連絡するまでの手順が複雑になイタァッ!」
同じような場面に、二度も遭遇することがかつてあっただろうか。頭を抱えたいくらいだ。
「まあまあ、そもそも企画したのは僕ですし……ぐわっ!さっきより強いだろこれ!」
「イチョウ……そうかお前が……!」
「あ、ボクも同罪ね」
「ミズヒキ?!お前まで……?」
どうしてこう、俺の交友関係はこうも思考が偏っている人が多いんだろう……。
「……えーっと、それでは、お昼の方は……」
後ろで呆然と立っていたマツさんが、ぎこちない笑顔で問いかける。
「あっ……そういう事だから、お前ら。俺は仕事中で……だからくれぐれもこの旅館の人たちに対して迷惑をかけないように!それと、来るなら事前に連絡を寄越せ!お前らからの連絡は直接来るようにしておくから!」
「おお、やさしいじゃん!」
「流石だな、部長さま」
「そう来なくちゃね」
なぜここにふかふかの大きいクッションが無いのだろう。この行き場のない感情を、俺は何処に出せと……?
「それじゃあ──」
「ちょっと待ってね」
ちゅっ。と、キスをされた。周りからのヒューヒューという声が羞恥心を掻き立て身体が熱くなる……。唇にも、淡い熱が残っている。
「それじゃ、またあとでね」
「……!」
そうして、俺たちは404号室を後にした。
「……これで最後だね。お疲れ様」
その後、順調に昼食を配膳し終えたので片付けをしようと、厨房へと向かっていた。
途中、四階からすごい音がしたが、「あいつ等ならやりかねないな」と思い、そのままスルーした。
厨房の扉を開けると、やけに血生臭い様な臭いがしていた。
「肉と魚、切らしてしまったのでしょうか?」
俺がそう聞くと、マツさんは真剣な顔で、考え事をするかのように答えた。
「……いや、今日はお客さんが多いけど、昼食の時点で底を尽きる程じゃないはず」
「きな臭いですね」
厨房の奥に進む度、臭いの濃さは増していく。俺は念のために端末とナイフを取り出す。そして端末で、直ぐにヒイラギに呼び出しを出来るように準備をした。
「……3カウントで入ります。いいですか」
「問題はないよ」
端末に呼び出しを掛け、カウントを始める。
「3・2──1!」
バタン!と扉を開ける。
「執行部だ!両手を……?!これは……!」
そこには、血まみれのナイフと、大きな爪痕が残されていた。
「噓だろ……?ツボ─うっ」
調理台の上には、その毒牙にかかった女将──血まみれとなった、ツボミさんの遺体があった。マツさんは、遺体を見て気分が悪くなったのだろうか。一瞬のうめき声の後に倒れて……いや、気を失っている……?!
「!」
後ろに気配を感じて、ナイフを突き立てた。だが、その刃は空を裂くのみであった。
そして首筋に衝撃が加わったと思うと、意識が落ちていく。ぴーっ、ぴーっ、と、最後に聞こえてきたのは、端末の通信が失敗した音だけであった。
「なぜ減っていないのか……ですか……?そうですね……」
突然、ふわふわとした感覚がこの領域を包んだ。
「信じてくれないかもしれないけど、寸前のところで白い髪の女性がその黒い化け物を止めてくれて、その後窓を突き破った黒い化け物を追ってそのまま窓から……」
「ふむふむ、なるほど。ありがとうございます」
私は、微笑んだ後に舌を仕舞う。先ほどの感覚も、元から何もなかったかのように消えていた。
「……?!あなた何を……!」
ガチャリ、と扉が開く。
「『正直者』、それがスイセンのスキルだよ」
「このスキルのおかげで、私は生涯嘘を吐けませんわ!」
「誇らしげに言うことかそれ……?」
「……まあ、これで私たちが何か犯行にかかわることをしていた、という疑いは晴れたってことでいいのかしら」
「そういうことになるね……さて、不味いか……?」
隣でヒイラギが、深刻そうな顔をしながら呟いた。
「ヒイラギさん!」
声のした方を振り返ると、息を切らした従業員が部屋に入ってきていた。
「あなたは……女将さんとこの」
ヒイラギがそう言うと、少し、従業員の女の表情が強張ったが、直ぐにまた戻った。
「大変なんです!女将さんが……!」
「……ヒイラギ、行っていいわよ。こっちは、私に任せて」
「……分かった。もしなんかあったら連絡、してよ」
そうして、従業員の女──クレマチスが私を厨房へと案内する。そこにも、たくさんの従業員がいた。現場を見ると、404号室と同じように大きな爪痕が残されていた。無残にも、女将の身体は鋭利なもので貫かれた跡が残っていた。
「……同時に、二人も襲撃を……?」
可能であるはずがない。だが、状況証拠は「そうだ」と言ってくる。少しの違和感を感じながらも、可能性としてあり得る方向へと思考は向かっていく。
「食材が足りなくなっていたので、補充をしようと奥の調理場にいったらこうなっていて……」
「……なにか、犯人に繋がる証拠や、人影を見た、というのはありますか」
少しして、クレマチスが思い出したかのように答えだす。
「確か、調理室に入った時、閉まろうとしていた扉から白い髪の人影が見えました。錯乱していたのかもしれませんが、覚えているのはこのくらいで……」
「人影だけですか?」
「……ええ。まさか私が嘘を吐いているとか思っているんじゃないでしょうね」
彼女は、私を睨みつける。まるで圧をかけるのかの様に。
「……いえ、あくまで証拠を集めているだけです」
「そう、ならいいわ」
……どうしたものだろうか。部長に連絡しようにも、繋がらない状態がずっと続いている。
「では、私は一旦戻ります」
厨房を後にする。404号室に向かう途中で、ふと考えが浮かぶ。白髪の少女と、黒い化け物。そして、二カ所で同時刻に起こった同じ凶器による殺人。
404号室で一緒に居たのだから、当然厨房にも二人一緒に居たはずであって……。
「──待てよ?」
一つ疑問が浮かぶ。なぜ白髪の女性は、片方を見捨てたのだろうかと。
……クレマチスからの証言を事実だとして考えると、厨房はスタートではない。となれば必然的に、404号室からが会敵。そしてこの二つの殺人のスタート地点となる。……404号室から厨房まで、たとえ外の扉を使ったとしても同時刻とはならないはずだ。
「正に不可能殺人……か」
未だ通信の繋がらない端末を振りながら、404号室のドアを開けた。
目を覚ますと、そこは暗い、倉庫のようだった。ガンガンと壁や床を叩いて音を出しても、誰かが来るような気配はなかった。光が欲しいと端末を取り出そうとする。しかし、ポケットに端末は入っていなかった。ナイフも、取り出されていたようだった。
「……罠にハマった、か」
唯一、隣にマツさんがいることが分かっただけでも良かった、と見るべきだろうか。
マツさんの身体を揺らして起こす。段々と意識がはっきりして来たのか、先ほど起こったことで逆に冷静になったのか、マツさんはとても静かだった。
俺は、暗い倉庫の中をしらみつぶしに探索する。もしかすれば、端末やナイフが取り戻せるかもしれない。……まあ、そこまで考えてここに放り込まれたのだろうが。
次第に夜目が効いてくる。人の身体とは、嗚呼なんと都合のいいことか。その矢先、目の前に鍵付きの大きな箱を見つけた。四桁の数字で開くタイプのものだったので、0000から順番に……そう思っていると、静かだったマツさんから声を掛けられた。
「0215」
「何の数字です?」
「……私の誕生日さ。もしアイツが犯人なら、きっとそれで開く」
その通りに数字を変えてボタンを押すと、錠は本当に開いた。中には壊された俺とマツさんの端末や、折られてしまった俺のナイフ。そして幾らかのおもちゃやビー玉、昔書かれたであろう手紙に絵、血塗れのナイフがあった。
「……これは、タイムカプセル?」
「よく分かったね。それは、私と彼女が幼いころに入れたものだよ」
「なんでその中に、俺たちの荷物が……?まさか、その『彼女』が犯人だと……?」
「多分な。でもアイツ以外に、ツボミを殺して私を監禁しようなんて思うやつは他にいないよ」
「……あっ、あの人か」
妙に頭に残っていたことが、スッと消えていった。
「……犯人は分かった。だけど、先ずはここから出ないとか……。マツさん。あなたのスキルって、なんですか」
俺のスキルでは、脱出に役立たない。ならば、当然のごとくマツさんを頼るほかないのである。情けない話ではあるが。
「……私のスキル。でも多分、脱出には使えないよ。私のは、大きく響く声を出すだけで、音波攻撃みたいなものはできないよ」
「……」
この自信のなさからして、おそらく聞こえる範囲に旅館が無いのだろう。ならばどうする。届かないものを届かせるには、どうすればいい?
「……あ」
あった。そうだ。俺にはまだ、あの熱が残っていた。
「マツさん。その叫び、俺が届けますよ」
私が404号室に戻ると、そこにはスイセンに事情聴取をされている白髪の少女がいた。自らをセイヨウと名乗るその少女は、黒い化け物から彼らを助けたことを話していたようだった。
「……私が一番止められる場所にいたのに、申し訳ない」
「いえいえ、そんな……」
そうして、私はクレマチスと見た現場と、彼女の証言を共有する。
「……正に、不可能殺人と言ったところですわね。それにしては、不可解な点が多すぎる気がしますが」
「それは多分、ここで判断できる。──この殺人事件が、不可能殺人かどうか」
私は、セイヨウの濁った赤い瞳を見据えて、質問をする。
「クレマチスさん……ああ、女将さんの殺害現場を最初に発見した方が、貴女を見たと言っていたのですが、その時は黒い化け物を追っていたということでいいんですね」
「ええ。誓って嘘は吐かないわ」
「……一つ、質問します。貴女は何故女将さんを助けなかった……助けられなかったのですか」
その質問に、彼女はキョトンとした顔をして答える。
「……先ほどの証言を聞いていたのですが、おかしいと思っていたんです。私は、厨房に行っていないのに、なぜ彼女は私を見たと証言したのか……」
「……ヒイラギ、必要なら私が」
「いや、問題ない。これで違和感の正体が掴めた」
私は従業員に紅茶を頼んだ。すると、こんな状況下でもすぐ提供された。
レモンをティーカップの底に沈めて、小さく息を吐く。
「これは、ただの殺人だよ」
執行少女と懐中時計 さばのねこみ @sabamisonekomi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。執行少女と懐中時計の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます