Scene5 私

大人  おい、起きろ。もうすぐ着く。

少女  ……うん、うん(寝ぼけ眼、片耳にはイヤホン)

大人  お前って夢見が悪いんだな。

少女  え。ま、まぁ、そうかも。

大人  右、見えるか。海だ。

少女  ……真っ暗すぎて、何にも見えない。あ、灯台は分かる。

大人  こんなに暗いと、シーグラスも探せないか……。ま、着いたし、一回降りるか。


大人  いやぁー、さみぃー。お前、そんな薄着で大丈夫か?

少女  大丈夫…。……いや、やっぱ大丈夫じゃないかも。…鼻痛い。

大人  ん、(無言でコートを差し出す)

少女  …ありがと。

大人  やっぱ真っ暗すぎて、なんも見えねぇな。

少女  こんな真っ黒な海、初めて見た。この海の中に飛び込んだら、なんだか暖かい気持ちで死ねそう。

大人  (何と言っていいかわからず、沈黙)

大人  ……俺、シーグラス探すから、お前は温かくしときな(シーグラス捜索開始)


妖精  (ひっそりと登場)大丈夫じゃない、なんて、君の口から初めて聞いた。

少女  確かに、初めて言ったかも。……え、妖精さん?私、寝ぼけてるのかな……。

妖精  フフっ。寝ぼけてなんかいないよ。ちゃんと隣にいるんだよ。

少女  でも、夢までしか出てこれない、みたいな感じだったじゃん。

妖精  いや~、なんでだろうね。夢じゃなくても出てこれるようになったみたい。

少女  結構曖昧なんだね…。


妖精  ……僕はね、君に死んで欲しくないんだ。(取ってつけたように)僕は君の中でしか生きられないからね。

少女  いきなりどうしたの。

妖精  別に。ちょっと言いたいと思ったから。あと、イヤな現実だって、苦しいわけじゃないんだよ。だって僕は、君を嫌な現実から守るために作られたんだから。

少女  だったら、どうして、酷い現実を見せつけるなんてことしたの?

妖精  ……全部君のためなんだ。でも君は、僕が君に仕返しをするためにしたって……。僕は君に生きてほしいのに、少し現実を見せただけでブルーになっちゃうし…。もう僕、どうしたらいいか分からなくなって、あんなことしちゃったんだ…。酷いことをした後に言っても、信じてもらえないかもしれないけどさ。

少女  全部、私のため…?現実を見せるのが、どうして私のためになるの…?嫌な現実から守るために作られたんなら、私が死ぬまで私を守り続けて、そんな現実見せないようにしてよ。


妖精  ……それは、できないんだ。

少女  ……どうして?

妖精  君は、もうすぐ大人にならないといけないから。僕がいなくても、生きていけるようにならなきゃ。

少女  ……それは、誰が決めたの?

妖精  誰かが決めたわけじゃない。僕が決めた。……僕はもう、限界みたいだから。

少女  ……そんなの知らない。

妖精  (構わず続ける)僕は、君がまだ自我を持っていないような、幼い頃に作られた人格…。だから君の自我が育っていくにつれて、僕という人格が、君の自我に吸収されていくんだ。でも、僕が急にいなくなったら、君はほんとの現実を受け入れられずに人格崩壊を起こしてしまうと思って……。

少女  だから、現実を見てもらうために、姿を現したってこと…?

妖精  現実を見せるのは、姿を見せなくてもできるよ。僕が嫌な現実を処理しなければいいだけだから。

少女  じゃあ、どうして姿が見えるようになっていったの?

妖精  ……それは、自分とは異なる人格を吸収しようとする君の人格に、いよいよ私が抵抗できなくなっていったからなんだ。…私もよくわからないけど、別人格である私が吸収されていくにつれて、だんだんと鮮明に私のことが見えていくんだと思う。

少女  意味わかんない。妖精さんがいなくなったら、私は嫌な現実とどう向き合えばいいの?っていうか、今自分のこと、私って……。

妖精  他人格の吸収は、もう一人で生きていけるっていう君からの合図だよ。だから、大丈夫……。

少女  でも、私は妖精さんに消えてほしくない。まだ現実を受け入れる準備なんてできてない。

妖精  君にはね、生きていて欲しいんだ…。…でも、もうすぐ大人なんだから、人に迷惑をかけないように生きてほしい。どうしようもないときには、私がいるから……。誰もいなくても、私が。

少女  でも、妖精さんは、もうすぐ消えちゃうじゃん……

妖精  私は消えちゃうけど、ずっと君の中にいるから……。だから、そんなに悲観的にならないで……。

少女  …………。

妖精  ほら……、(少女の片耳についたイヤホンを外し、少女に渡し)…ね。

少女  …………。

妖精  私が消えても、君なら、きっと生きていけるから。大丈夫……。

少女  ……大丈夫じゃない。ねぇ、消えないでよ。

妖精  (少女を優しく抱擁する)

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