第7話 腕っ節が強かったジェーン
※軽い暴力シーンあります。といっても、血も流れず、ジェーンから捕らえられる際に、少し暴力を振るわれる程度です。あと、トイレの雑巾を口に突っ込まれるという感じですね。コミカルな展開です。
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「エステルお嬢様。やっちゃって良いんですね?」
ジェーンの瞳がぎらりと光る。その尋常ではない迫力に、私は一瞬息を呑んだけれど、すぐに頷いた。
「許すわ、ジェーン。二度とこの男に私の可愛い息子を触らせたくないの」
セドリックの小さな頭にできたコブ――打ち所が悪ければ死んでいたかもしれない――を見るにつけ、私の心の奥に燃え上がった怒りは到底おさまらない。
――セドリックは私の命より大事な子よ。私に文句があるのなら私を叩けば良かったのよ。まだ私のことなら我慢できた。でも、子供に理不尽な理由で手をあげる男なんて、絶対に許さないっ! こんな人はもう二度と愛せないわっ!
「やっと……やっと、お目覚めになられましたね! 私は嬉しいです。さて、そこの不届き者! 覚悟しやがれ!」
ジェーンの声には、恐ろしいほどの激しい怒りと、どこか楽しげな響きが混じっている。よほど、旦那様が嫌いで我慢していたのだろう。
「なに言っているんだよ? お前なんか、ちっとも怖くないよ。それより、エステル。僕のことを『この男』と呼ぶなんて酷すぎる。ちょっとセドリックを小突いただけじゃないか。大袈裟なんだよ。ジェーンもたかが侍女のくせに、僕に向かって『不届き者』なんて言うな! 生意気だぞ」
ザカライアの言葉に、私は唇を噛んだ。この期に及んで反省の色も見せないなんて、呆れを通り越して絶望を感じる。
――ちょっと小突いただけ? よくも、こんな愛らしい子にわざと怪我をさせたわね? 絶対に、絶対に許すもんですか!
「……ジェーン、よろしく頼むわ」
私がそう言った瞬間、ジェーンの身体が豹のようにしなやかに動いた。
「エイヤッ!」
叫び声と共に繰り出された蹴りが旦那様の足を狙う。その衝撃にバランスを崩した旦那様は、サロンの絨毯の上に尻もちをついた。
「いてっ、何を――」
抗議する暇も与えず、ジェーンはザカライアの腕を掴み、容赦なくねじりあげる。
「ちょっと! やめろ! これは侍女のすることじゃないぞ! なんてすごい力だ……このゴリラ女め! 離せよ、無礼者! 誰か、こいつを捕まえろ!」
「女だからって甘く見ないでくださいね、ザカライア様。ご存じなかったとは思いますが、私はエステルお嬢様を守る護衛侍女でもあるんですよ! 何度、その腕をねじりあげ、エステルお嬢様を悲しませる言葉しか吐けない口に、このお屋敷で一番汚い雑巾を突っ込みたかったことか……便器を拭いた雑巾があったら持って来て」
メイドにそう言いながら、ジェーンは手際よく縄を取り出して、旦那様の手首と足首をきつく縛り上げた。その速さは目にも止まらないほどで、旦那様が反応する間もない。ジェーンから命令されたメイドは、黄ばんだ雑巾を持ってきてジェーンに手渡し、それをジェーンが旦那様の口に入れようとする。
「お、おい! エステル! 君の侍女が暴走している! 止めろ! この雑巾は、ばい菌だらけだぞ」
旦那様が必死に訴えるけれど、私はそれを冷ややかな目で見下ろしていた。
「……旦那様には当然の罰ですわ。もう、あなたを許すつもりなんてありませんっ! このことはしっかり私の両親に報告しますわ。当然、あなたのご両親にも知らせますからね」
私の言葉を聞いたジェーンはにっこりと笑い、旦那様の口に黄ばんだ雑巾を押し込むと、満足げに息をついた。
「はぁー、すっきりしましたぁー。寄生虫のこいつには、ばい菌だらけの雑巾がぴったりですよ。前々から、このむかつく男を懲らしめたくてずっと我慢していたんです。やっとお嬢様が正気に戻ってくださって、私、とても嬉しいです」
ジェーンの笑顔は晴れやかで、他の使用人たちも満足気に声をあげる。
「おめでとうございます。やっとお目覚めに! 」
「はぁー、長かったですね。暴言を吐かれても、変態的な劣情を向けられても我慢なさって、ほとほと困惑しておりました」
「確かにそうですわね。なぜ、私はこんな男が大好きだと思ったのかしら? 嫌われたくなくて、どうして嫌なことも嫌と言えずに我慢していたのかしら……ほんとうにバカみたいね……」
なぜ、こんな男を選んでしまったのだろう? それは絶対にあの幼い頃の記憶があったからだ。あれは私が五歳の頃だ。その記憶とは……
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※隠し間:この異世界でのトイレのこと。一応、ルネサンス時代のヨーロッパ的な生活をしている雰囲気がありつつ、異世界設定なのでちゃんと現代的なトイレがあり、そこを雑巾でメイドたちが拭くという設定ですw 黄ばんだ雑巾……雑菌だらけですね💦
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