第5話 暴言を吐くザカライア
「えっ? お医者様からは平均的な妊婦の体重だと伺っているわ。特に太っているなんて言われたことはないし、お腹が出ているのは妊婦として当然のことじゃない?」
「いや、なんていうか……もう女として見られないな。気の毒に、エステルも辛いだろう? そんなに醜い姿になってさ。赤ちゃんを産んだら運動と食事管理をちゃんとやってくれよ。元の体型に戻れなかったら悲惨だからな」
――醜い姿? 私はこの膨らんだお腹を、命を宿した証として誇りに思っているのだけれど……でも、旦那様の言葉にはきっと悪意なんてない。彼は私にいつでも美しくあってほしいと願ってくれているだけよね。
私は彼の言葉を深く考えたくはなかった。お腹の赤ちゃんが生まれれば、旦那様にも父親としての自覚が芽生え、きっと私とこの子を心から大切にしてくれると信じていたから。
やがて、私は出産の日を迎えた。痛みが押し寄せるたび、私はただ目を閉じて息を整える。深呼吸を繰り返す中、お母様が私の手をしっかり握りしめてくれていた。
「大丈夫よ、エステル。お母様はずっとそばにいますからね」
お母様の声は穏やかで、私を安心させてくれた。部屋には他にお医者様と旦那様とジェーンの姿があった。この国では出産に夫が立ち会うのは普通のことだから、旦那様はもちろん側にいる。多分、お父様は廊下でうろうろと落ち着きなく歩き回っていることだろう。ジェーンの心配そうな瞳が私を見つめ、お母様は何度も手を握り直してくれた。
「エステルお嬢様。大変でしょうが、お嬢様ならきっと乗り越えられます。頑張ってください」
ジェーンのその言葉に、私は力強く頷いた。お母様も涙を浮かべながら、私の髪をそっと撫でる。お医者様が冷静に指示を出し、部屋の空気は緊張と期待で満たされていた。そんな中、旦那様の姿をちらりと見る。きっと旦那様も心の底から応援していてくれるに違いない。だけど、ふとした瞬間に彼の顔に浮かぶ微妙な表情が気になった。どこか嫌悪感を滲ませているように見えたのだけれど、それはきっと気のせいよね。
「エステル、赤ちゃんがもうすぐですよ! もうひといきよ! さぁ、頑張って!」
お母様の励ましに、私は最後の力を振り絞った。痛みの波が頂点に達し、そして次の瞬間、小さな産声が部屋に響き渡る。
「おぎゃあ、おぎゃあ!」
その声を聞いた瞬間、私の胸に喜びと安堵が溢れた。お医者様が赤ちゃんを抱き上げ、優しく布で包みながら微笑む。
「元気な男の子です。おめでとうございます」
「まぁ、素晴らしい! 本当によくやったわ、エステル!」
母が満面の笑みで私を称え、旦那様はじっと赤ちゃんを見つめている。ジェーンは私の汗を拭いながら、そっと赤ちゃんを私の腕に抱かせてくれた。
「あなたが、私たちの赤ちゃん……ようこそ、この世界へ。私があなたのお母様よ」
その小さな体は暖かく、つぶらな水色の瞳は旦那様そっくりで髪色も同じ。すべてが愛おしかった。赤ちゃんが私の指を掴んだ瞬間、涙が溢れ出た。
「本当におめでとうございます、お嬢様」
ジェーンが笑顔で言い、母も赤ちゃんを覗き込んで感動に浸っている。父も呼ばれて、すぐに喜びの涙を流す。その横で、旦那様が一歩後ろに下がるようにして立っていた。彼の顔に浮かぶ笑みはどこかぎこちない。けれど、その態度に気づく者は私以外にはいないようだった。
「いやぁ、本当に可愛いな。この子はきっと立派な跡取りになるぞ」
父の声に、旦那様は「ああ、そうですね」と微笑んで応じる。その裏で、一瞬だけ眉をひそめる仕草が見えた。私はそれを深く気にすることなく、ただ赤ちゃんに話しかけ続けた。
「私の赤ちゃん。これから一緒にたくさんの幸せを作っていこうね」
部屋には喜びと愛が満ち溢れ、私の心もそれに包まれていた。私の両親が帰った後、旦那様の表情の陰りの理由がわかった。旦那様は私に向かって冷たい口調で、こう言い放ったのだ。
「この赤ちゃんは本当に僕の子なのかい? 確かに髪と瞳は僕と同じ色だけど、猿みたいだよ。ずいぶん不細工なんだな」
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