第9話:ミッションコンプリート

3時間目の公共の時間は、幾度となく襲ってくる睡魔との闘いだった。


おそらく体育で走らされまくった影響もあるとは思うけれど、昨日の夜、御堂舞香と遅くまでライソをしていて、終わった後もなかなか寝付けないでいたせいもあったのだろう。


続いて4時間目の生物基礎。


いつ御堂からミッションスタートの合図がくるのかドキドキしまくっていて、授業そっちのけで机の中で握りしめたスマホに全集中していた。


しばらくすると、御堂から例のハート型に折られたピンクの紙がこっそり机に置かれたので、開いて中を見ると、


『いつやるの? 今でしょ!』


と、もう死語にもなっている合図が書かれていた。


トリプルびっちとも呼ばれ、学校中の注目を浴びるような御堂が、こんなしょーもないギャグを書いてきたことに、逆にジワってきて吹き出しそうになったけれど、なんとか堪えて通話のボタンを押す。


ロッカーの方から電話の着信音が鳴った。


「誰だ! 授業中の通話、通信は禁止されているはずだろ!」


生物基礎の小林先生のカミナリが落ちる。


「すみません、この着信音は私かも」


僕の前に座る御堂が挙手をする。少しざわつくクラスメイトたち。


「御堂か、早く切れ」


急いでロッカーを開けてスマホを確認する御堂。


「小林先生すみません、家族からなので急用かもしれません。出ていいですか?」


「廊下に行って出なさい。早く要件を聞いて戻ってきなさい」


僕のすぐ後ろにある扉から廊下に出た御堂を確認して、掛けていた電話をそっと切る。


2〜3分ほどして教室に戻ってきた御堂は、席には座らず小林先生の所まで行って何やら話している。


(おそらく例の作戦。母親が入院したので、早退すると告げているのだろう)


最初は怪訝な表情をしていた小林先生も、心配そうな顔になり御堂の肩に手をやって、


「そうか、気をしっかりな?」

と口元が言ったように見えた。


御堂は神妙な表情で席に戻ると、座りもせずに急いで教科書やノートなどをスクバの中に入れると教室を出て行った。


「えー、御堂はご家族が急に入院されたようなので早退した」


「え、まじ?」

「家族が入院って、御堂さん大丈夫かな」


クラスメイトたちが、それぞれ心配そうな声を上げ、ざわめきが起こっている。


「みんなも心配だと思うが授業を続けるぞ」


退屈な生物基礎の授業が再開される。


(ふぅ〜、ミッションコンプリート)


机の中のスマホの電源を切っておこうと、こっそり画面を見るといつの間にか御堂からのメッセージが入っていた。


(みんなのザワつきで気が付かなかった)


『御堂ありがとね!

後でこのお礼は何でもするからね!』


(おいおい御堂さんよ。《何でもする》は、多感な高校生男子に言っちゃあいけない文言ベスト3に入る名言なんだから易々と使ってはいけないって)


『どういたしまして。

妹さんのお迎えとお母さんの病院、気をつけて行ってね。このくらいのことで、お礼なんて全く気にしなくていいよ。

それにしても御堂が名演技過ぎて、心の中で笑ってしまってたよ。女優にでもなれるんじゃない?』


そうメッセージ返しておいて、スマホの電源を切った。

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