第8話:御堂舞香からのお願い

ひたすら外周を走らされた体育を終えて、ヘトヘトになりながらも急いで着替えた後、スマホをロッカーから取り出して確認する。


まだ御堂舞香からのライソのメッセージは届いていなかったので、ついでにダイナイの前にハマっていた別のパズルゲームのログボを取っているとライソの通知が届く。


『いま大丈夫?』


御堂からのメッセージ。

誰かに画面を見られることはないとは思うけれど、細心の注意を払って速やかに教室を出ると、すぐ近くにある非常階段へのドアを開けて外に出てメッセージを返す。


『うん、大丈夫』


そう返すと速攻で電話がかかってきた。


「ごめん、口で言った方が早いと思って」


「いいよ。念の為に非常階段に出たから」


「「え? 棟田も?」」


スマホとは別のところから直接御堂の声がステレオで耳に届いて驚く。


階段を上がって踊り場まで行くと、御堂がちょこんと座りながら電話をしていた。

僕はスマホの電話を切って、御堂の一段下に座る。


「なんだか笑っちゃうね」


「まさか御堂もここに居るとは思わなかったよ」


二人して顔を見合せて大笑いする。


「でさ、時間が無いから本題のお願いなんだけど…」


(なんか緊張する。何を言われるんだろ)


「4時間目の授業に入ってしばらくしてから、うちが合図するので、うちのスマホに電話をかけてくれないかな?」


「え?」


おそらく僕は鳩豆な顔をしていたと思う。

授業中に電話をかけるなんて自殺行為だ。


「朝、妹のよーちゃんの写真わ送ったよね。実はさ、今日の昼にお迎えに行かなきゃ行けなくって。早退の理由をどうしようか考えてて、それにみんなに知られるのはちょっと」


(なるほど。妹の送り迎えをしていることは知られたくないと。それはクラスメイトというよりはもしかすると、話が広まって梅田や淀橋に知られるのも嫌だというなんだろう)


「おっけ、分かった。4時間目はスマホをロッカーに入れないでおいて、こっそりライソで掛けるよ」


僕が安請け合いすると、それまで不安そうだった表情がパァっと明るくなる。


「ホント?! ありがと。棟田にこんな変なこと頼んじゃってごめんね?」


「いいよいいよ。僕にできることならしようと思ってたから。それより御堂…手…、興奮したのは分かるけど、手握ってる」


テンションが上がった御堂は、僕の手をその小さな可愛い両手で包み込んでいた。


「あ…///、ごめん!」


「いや、別に謝らなくても」


顔と耳を真っ赤にして手を離して、膝に置いていたハンカチで顔を扇ぐ御堂。


「でも大丈夫なのか? 授業中に電話って」


「実はさ…、うちの母さん、今日からちょっと入院するんだよね。よーちゃんを迎えに行った後に、二人で病院にも行くんだ。だから母親の入院の緊急連絡が来た事にしようと思って」


御堂舞香、なかなかの策士である。


「入院って、御堂のお母さん大丈夫なのか?入院しなければいけないくらい悪いのか?」


「入院っていっても全部が全部病気ばかりじゃないからね? 多分…今度弟が出来るみたいなんだよね。それで、昨日体調を少し崩しちゃったから念の為に様子見で病院に入るらしくって…」


(弟? 出産ってことか)


「そういうことか! 一瞬心配で焦ったよ」


「ありがと。棟田って何気に優しいんだね。今の反応でもわかる。びっくりさせてごめんね。だからすぐまた家に戻ってくるかもしれないし、そのままお産まで入っているかもしれないしって感じ」


僕の目をまっすぐに見て御堂がそう言ったので、照れくさくなった僕は話題を変える。


「御堂はめちゃくちゃ可愛いしさ。妹さんのよーちゃんもあれだけ可愛いんだし、産まれてくる弟さんも絶対めちゃくちゃ可愛いんだろうなぁ。御堂家のDNA恐るべしだよね」


自分では他意はなく、何気に言ったつもりなのだが、再び顔と耳に加えて首元まで赤く染めあげて照れている御堂。


「棟田って…かなり破滅的な天然でヤバい」


両手で顔を覆いながら弱めのツッコミを入れる御堂だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る