第4話 クラシアさん、貞操の危機②

 僕はお会計を済ませ、ポイントカードを後ろポケットに突っ込んだ。扉を開き、美容室を後にする。

 プロに不良ぽい髪型にして貰った。頼む時に不良ぽくと伝えたら、美容師さんは困惑の表情を浮かべていた。だが、さすがプロ。しっかりとセッティングしてくれた。

 店を出て、スマホを見る。時刻はもうすぐ19時。


『終わったよ』


 クラシアさんに連絡するも中々返信は来ない。まあ、客の相手をしているのだから当たり前か。

 僕はスマホをしまい、ボーリング場へと歩き出した。準備は完了。しかし本番はこれから。

 上手くクラシアさんをナンパして、客の男に守らせる。そうすることで男に見せ場を作らせる作戦らしい。


「でも、ナンパってどうやればいいんだろう」


 ナンパどころか女子と話すことすら上手くできないのにいきなりハードル高すぎる……。

 美容室を後にしてボウリング場に向かう途中、僕はスマホを握りしめながら心の中で念じた。これからクラシアさんをナンパする(演技)という、一世一代の大勝負に挑むのだから、少しでも緊張を解きほぐしたかった。


「クラシアさんと借金返済のために頑張るか」


 その時、メッセージがスマホに通知された。


『まだボウリング場にいる。早く来い』

『すぐ逝きます』

『逝くな。来い』


 変換ミスった。訂正して送信する。


『すぐ行きます』


 メッセージを送信して小走りで僕は目的地に向かった。



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 ボウリング場に到着すると、クラシアさんとターゲットの男が向かい合って立っていた。クラシアさんは腕を組み、何やら楽しげな表情で男と話している。その隣には大きなボウリングバッグが置かれていた。どうやらすでにゲームの準備を整えているらしい。

 駅前で男が持っていたその雰囲気と不釣り合いなバックはどうやらボウリングバッグだったらしい。


 でも、これからボウリング始めるのか? なら今まで何してたのだろうか。18時に駅前集合で10分あればここに着くわけだから50分間くらい時間が余る。


「ああ、なるほど」


 近くの案内板を見て、納得した。ビリヤード場と卓球場も付属されているのか。30分500円。なんてリーズナブルなんだ。クラシアさんのレンタル代のたった15分の1。

 それにしてもビリヤードに卓球なんてエッチ過ぎる。規約違反だろ。レンタル彼女会社に通報しようかな。



『キョロキョロしてんじゃねえ。不審者と間違われるぞ』


 クラシアさんからメッセージが届いた。クラシアさんに目を向けると男と笑顔で話している。どうやってメッセージ送ったんだろう。


「それにしても可愛いなぁ……」


 クラシアさんは、ボウリングを楽しむためだろう。動きやすくておしゃれな服装を選んでいる。黒のレギンスに、鮮やかなピンクのスポーツタンクトップを合わせていた。タンクトップには、背中に可愛いリボンのデザインが施されていて、女性らしさを引き立てている。


「ボウリング場に行く予定だからあんな格好だったんだ」


 いつも僕がレンタルする時はクラシアさんは白を基調としたセーターやワンピースを着てくる。清楚系な服装でヒールが多い。だから、今日駅で見かけた時に少し違和感を覚えたのだ。

 行く場所に合わせて服装をチョイスするクラシアさんはやっぱりプロレンタル彼女だ。


「何を着ても似合うなぁ」


 足元は白のスニーカーで、軽やかに動けるようにしているのかな。髪はポニーテールにまとめられていて、動きの中でも邪魔にならないようにしている。ポニーテールの先には、小さなピンクのリボンが結ばれていて、彼女の可愛らしさを一層引き立てている。


「ポニーテールも似合うなぁ……」


 クラシアさんの笑顔は、いつも明るくて僕を元気づけてくラル。彼女の服装は、スポーティーでありながらも、可愛らしさを忘れないスタイルだ。彼女がボウリングや卓球を楽しむ姿を想像すると、まるでスポーツ雑誌のモデルのように輝いているのが目に浮かぶ。


「美しい……」


 ここでまたしてもスマホが振動した。


『こっち見過ぎなんだよ』

『クラシアさん、今日の服装かわいいよ』

『聞いてねえよ』

『もちろんクラシアさんも可愛いよ』

『余計なお世話だ。完全に不審者扱いされてるぞ。まず受付に行けよ』

『でも寒くないの?』


 あの服装で外に出るのは季節に合わない。


『フリースジャケット手に持ってただろ! 駅下で私の何を見てたんだよ』

『もちろん、クラシアさん本体だよ』

『人をスマホの本体みてえに言うな。服はスマホカバーじゃねえぞ』

『ポニーテール可愛いよ』

『聞いてないし、お前の感想はいらない。言葉のドッチボール辞めろ。さっさと受付に行けよ。そろそろ捕まるぞ』


 確かにこのままではただの不審者だ。僕はスマホをポケットにしまって、早足で受付に向かう。受付でボケっと突っ立ていたら、従業員のお姉さんがこちらにやってきた。


「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」


 勝負はもう始まっている。僕は不良なんだ。不良の演技をしなければ。


「おう。文句あるか?」

「い、いえ。受付用紙に記入をお願いします」


 うん? 手元の机に確かに受付用紙があった。ああ、これに記入するのか。ええっと、この時間は高校生は2ゲームで1300円(貸し出しの靴込み)か。まあ、これにしておこう。名前の欄には、黒和・A・鷹司と書いておくことにする。クラシアさんの婿養子になった設定だ。


「いい。なんか凄く格好いい……」


 手続きしてもらった後、僕は利用料金を支払った。これで堂々と施設内にいることができる。靴を拝借して、適当にボールを選んで、クラシアさんとターゲットの男がいるボウリング場に戻ると、二人はすでにゲームを始めていた。クラシアさんのボウリングフォームは美しい。それをじっと見ているターゲットの男に不快感を覚えた。


「忌々しいぜ」


 僕のレーンはクラシアさん達の3つ隣だった。自分のレーンに付属された椅子に座り、二人の様子を見守りながら次の指示を待つことにした。

 しばらくすると、ターゲットの男がクラシアさんに近づき、何かを耳打ちしているのが見えた。クラシアさんは頷いてから、ボールを手に取り、次の投球に集中し始めた。

 男はレーンから離れていく。恐らくボウリング場の端にある自動販売機へ向かっているのだろう。僕はその瞬間を逃さず、クラシアさんに目を向け、スマホを握り、次の指示を待った。

 クラシアさんは投球後に少し僕の方を見て、スマホを操作し始めた。すぐにメッセージが届いた。


『今がチャンスだ。すぐに行動に移せ』


 僕は深呼吸をして、勇気を振り絞って座っているクラシアさんに近づいた。


「クラシアさん、お待たせしました。髪の毛はバッチリ整えてきましたよ。」

「え、いきなり何ですか……。おい、私の名前を呼ぶな。知り合いってばれるだろ」


 クラシアさんは手に持ったスマホをその豊満な胸の前で握り、不安の表情を浮かべている。まさに不良にナンパされて怖がっている美少女だ。

 しまったつい名前を呼んでしまった。僕はすぐに切り替える。出来るだけ不良っぽく振舞うことに意識を集中した。


「おっと、悪かったな。……その……豊かな胸元に目が行ってしまったんだ」

「急に何ですか。辞めてください! ……それじゃあただのセクハラ親父じゃねえか」

「ヒアルロン酸注入か? 僕の目を誤魔化せると思うな」

「違います! ナンパ待ちなんてしてないです! ……後で殺す」

「じゃあ、触って確かめないとな」

「辞めてください! ……まじめにやれ。ナンパしている振りをして、あの男に私を守らせるんだよ。ボウリング一緒にやろうって誘え。ほら、もう戻ってくるぞ」


 僕はクラシアさんの指示に従うことにする。


「姉ちゃん、可愛いな。一緒にボウリングしようぜ」


 クラシアさんは少し怯えた表情を見せながら、ターゲットの男の方をちらりと見た後に、小さく頷いてサインを送る。 男が自動販売機から戻ってきて、僕たちの様子に気づいたようだ。


「ちょっと、やめてください。私、彼氏と来ているんで」

「嘘をつくな。みんなそうやって言うんだよ。一緒にボウリングしようぜ」

「嘘じゃありません! 困ります!」

「いいじゃん、いいじゃん。この後で僕の玉もボーリングしてくれよ」


 僕はさらにクラシアさんに近づいた。そして、肩に手を置いく。その瞬間、ターゲットの男が僕たちの間に割って入ってきて、クラシアさんの肩に置かれた僕の手を振り叩いた。


「おい、俺の彼女に手を出すな」


 こいつレンタル彼女を俺の彼女とか言いやがった。恥ずかしくないのか?

 流石に僕はここで引き下がる訳にはいかない。ここで退散は流石に早すぎる。まだだ、不良になりきるんだ! クラシアさんを奪うつもりで!


「ああん? 何だお前は」


 脚がカクカク震えているのを悟られない様に僕は踏ん張る。


「彼氏に決まってんだろ。お前こそなんだよ」

「なに、彼女は俺の知り合いなんだ。ちょっと話をするだけさ」


 ターゲットの男はクラシアさんに目を向けた。クラシアさんは小刻みに首を振る。


「嘘ついてんじゃねえよ。どっか行けよ」

「嘘ついてるのはお前だ。お前みたいな奴が、こんな綺麗な子の彼氏な訳がないだろ!」

「な、何を言ってやがる、彼女に聞いてみろよ」


 僕はクラシアさんに視線を向ける。一瞬凄い形相で睨まれたが、すぐに不安そうな表情に戻った。


「……本当です。この人が私の彼氏です。私を守ってくれる素敵な人です。悪く言わないで下さい!」


 クラシアさんの演技力に僕は圧巻だ。


「脅されているのか?」

「脅してねえよ。彼女に手を出すな、彼女は俺が守る」


 草生えるわ。こいつ何格好つけてやがる。


「……ふっ」


 しまったちょっと笑ってしまった。


「笑ってんじゃねえ。聞こえただろ、彼女は俺が守る。どっか行け」


 そう言って、ターゲットの男は僕の胸を軽く押した。

 まあ、そろそれ潮時かな。


「ちっ、憶えとけよ」


 僕は捨て台詞を吐いてから、ポケットに手を突っ込んで退散する。まあ、及第点の演技だったんじゃないだろうか。

 背後から、クラシアさんの喜びを含んだ声が聞こえた。


「ありがとう! 本当にかっこよかったよ!」


 振り向くと、男はクラシアさんの言葉に照れくさそうに微笑んだでいた。なんかむかつく。

 その後、僕は一度もボールを投げることなく、ボーリング場を後にした。完全に変人である。受付のお姉さんに終わりを告げると、彼女の驚きと戸惑いが混ざった顔が妙に印象に残った。

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