第3話 クラシアさん、貞操の危機①

 地方都市のターミナル駅で、僕は不良っぽい格好をしてクラシアさんが指定した場所に立っていた。クラシアさんをレンタルする時にいつも使う場所である。エスカレーター下の柱が目印だ。

 サングラスは、ここへ来る途中の雑貨屋で390円で購入した。


「不良っぽい格好ってこれで合っているよな?」


 黒い生地に白いドクロが胸の真ん中に描かれた長袖のTシャツを僕は選んだ。1980円だった。パンツは待ち合わせの黒いボトムスである。

 髪の毛をコンビニで購入したワックスでとりあえず逆立てて、費用は全部で3000円弱。


「なんか違うような気がする……」


 いや、大丈夫なはずだ。背中に意味不明な英語も沢山書いてあるし、最高に不良っぽい。

 もうすぐ18時。そろそろかな、と思っていたら案の定スマホが振動してメールの受信を告げた。差出人は当然クラシアさん。


『左斜め前方。黒いレザージャケットの男』


 なんて味気のない文章なんだ……麻薬の売人を取り締まっている警察の会話みたい。

 メールに書かれた方向に目をやると、20メートルくらい先に黒いレザージャケットを着た男が立っている。20歳前後だろうか、高校生には見えない。身長は170㎝くらいだが、厚い筋肉がついているのが服の上からでもわかる。ジーンズはダメージ加工が施され、膝や太ももに穴が開いている。足元を見ると重厚なブーツを履いており、クラシアさんのいう通り喧嘩自慢が好きそうな男だった。

 ここで、またしてもメールを受信した。


『メールだとラグがあるからlineを登録することを許可する』


 クラシアさんがlineを登録することを許可してくれた。でも、どうやって登録すればいいんだろう。

 僕は素直に返信する。


『どうやってクラシアさんのlineを登録したらいいの?』


 直ぐに返信が返ってきた。


『クラスのグループlineから登録すればいいだろ。少しは頭を使え』


 全く、クラシアさんは僕のことを全然分かっていないらしい。


『クラスのグループlineに僕は入っていないよ』


 数秒後、メールボックスに新規メール。


『グループラインの人数がクラスの人数より1人少ないと思ってたけど、いないのお前だったのかよ。使えねえ』


 返信をしようと文章を打ち込んでいたら、更にメールが送られてきた。


『笑えるwwwww』


 クラシアさんが笑顔になれるのならそれでいい。別に僕は悲しくなんてない……。すぐに追加でメールを受信した。


『このQRコードから友達追加しろ』


 メールにはQRコードが張り付けられていた。これをどうやって登録すればいいのだろう。僕はあれこれといじくり回して、何とかクラシアさんのlineを追加した。

 アイコンは飼い犬だろうか、クラシアさんとシベリアンハスキーが並んでいる写真だった。可愛い。僕はそれをしっかりスクショした。

 クラシアさんを友達登録するとすぐに、lineからメッセージが来た。


『遅せえよ。今時、マサイ族でももっと早く登録できるわ。お前文明人か?』

『マサイ族ってスマホ持ってるの?』

『当たり前だろ。何十年前の話してんだよ』

『テレビで見た時、持ってなかったよ』

『テレビが来たから急いで隠したに決まってんだろ。メディアリテラシーの欠片もねえな。地球平面説とか信じてそうな脳みそだな』

『クラシアさんってそういうの好きなの?』

『仕事しろ』


 怒られてしまった。今度、クラシアさんをレンタルした時にでも聞いてみよう。


『ターゲットは確認した。繰り返す。ターゲットは確認した』

『文面で繰り返す必要はない。遊びじゃない。ちゃんとやれ』

『はい。男を確認しました』

『18時丁度に男へ接触を開始する。ばれない様に尾行しろ』


 スマホの左上で時刻を確認した。17時58分。あと2分で初仕事の開始だ。

 スマホをポケットにしまっていつでも移動できるようにしておく。機動性を重視してバックは持たずに財布とスマホだけしか持ってきていない。あとはさっき買ったワックスが後ろポケットに入っている。

 閉まったばかりのスマホが振動した。取り出してみるとクラシアさんからメッセージ。


『ふざけるな。何だその格好は』

『言われた通り不良の格好だよ』

『完全に特撮ヒーローの悪役じゃねーか』

『特撮ヒーロー?』

『その髪の毛は何なんだ。ストームチェイサーかよ』

『さっきから専門用語使いすぎて分からないよ』

『専門用語じゃねーよ。その手に持っている機械を使って調べろや。それはただのガラクタか?』


 僕を視認できる位置にクラシアさんはいるらしい。辺りを見渡すと、エスカレーターの下にクラシアさんが立っているのが見えた。肩をプルプルと震せていて、変な顔をしてる。


『こっち見るなw』

『ごめん』

『早く格好を直してこい』

『頭はとにかく、服は無理かも』

『なら、頭だけでも直してこい。髪の毛逆立ててればいいわけじゃねーぞ。ワックスの使い方も知らないのか』


 頭に触れてみる。異常にツンツンしている。確かにおかしいかもしれない。でも、ワックスなんて殆ど使ったことないから付け方が分からなかった。


『髪を直していたらターゲットを見失ってしまいます』

『ボウリング場に行く予定だから、髪の毛整えてから来ればいいだろ。ワックスの使い方はURLで送るから、それ見て整えろ。1時間くらいは球投げしているから、しっかり頭を整えてから来い』

『了解です!』

『場所、〇〇〇ボーリング。ワックスの付け方、h◯◯p://y◯u◯u◯e.◯o◯×◯××256357』


 早速URLを送ってくれた。でも、どこで髪の毛直せばいいのかな……。

 僕は財布を取り出して、手持ちのお金を数える。1万8千円ある。ふむ。こんな機会だから挑戦してみる価値はあるな。

 僕はスマホで近くの美容室を検索し始めた。



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 美容室は予約して行くことを知らなかった。いつも行く理髪店は予約なしでOKだったからだ。勇気を出して美容室に入るも、「予約のお名前は?」と聞かれた。2店舗目も3店舗目も同じだった。

 仕方なくスマホで他の美容室を検索すると、手頃な美容室を見つけた。いつもは1200円程度で髪を切るが、そこは1800円程度だったので親近感が湧く。予約不要な感じだったので、行ってみることにした。

 徒歩10分。美容室に到着し、ドアを開ける。髪を切っていた女性が手を止めてこちらに来た。


「カットですか?」

「はい」

「お客様、整髪料をかなりおつけになっているのでシャンプーで洗い流さないと切れないのですが……」


 何を笑ってんだこいつは。こっちは客だぞ。失礼だな。値段表を見る。シャンプーブローとカットで3400円か。さっき回った美容室の半分以下だ。これなら。


「では、シャンプーとカットでお願いします」

「かしこまりました。こちらにお名前をお願い致します。10分程で案内できると思います」

 

 僕は名前を書いてから、椅子に座ってその時を待つ。ここでスマホにメッセージを知らせる振動。


『今、どこだ。髪の毛のセッティングは終わったか?』

『今美容室。これから髪の毛をセッティングして貰うよ』

『どうしてそうなった? 頭おかしいぜ』

『そんなに時間はかからないから、すぐ向かうよ』

『早くしろよ?』

『僕に言われても』

『髪切る奴に丁寧に言っておけ』


 僕は親指を立てたスタンプで返答した。


『馴れ馴れしい。私とお前は友達じゃないぞ』

『了解です』


「堂ヶ島様〜」

「はい」

「こちらへどうぞ〜」


 僕はシャンプー台に案内された。

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