第2話 転覆以来の再会。クラシアさんは契約主義者だった。
クラシア・アレクサンドロワ・鷹司(たかつかさ)さん。東欧の血が4分の3。日本の血が4分の1のクォーター。
「お、おはよう、鷹司さん」
隣の席に座るクラシアさんに恐る恐るご挨拶。転覆以来の再会だけど、どんな反応するのかな?
「おはよう。堂ヶ島君。堂ヶ島……黒和君」
天使のスマイルで挨拶してくれた!!……けれど目は笑っていない。
僕はゆっくりと椅子を引いてすわる。
「お、おはようございます。クラシア・アレクサンドロア・鷹司さん……」
「……おい……忘れてねえよな……一昨日のこと」
小さな声だけど、地獄の底から響いてきたような声だ。
「ワ、ワスレテナイヨ」
目をきょどらせて、もじもじしながら答える僕。自然とこうなってしまう所が最高に陰キャラなんだろうな、と思う。
「どう落とし前つけてくれるんだ? あぁ」
僕にだけ聞こえる声で恫喝してくるクラシアさん。これが本性らしい。ロシアンマフィアの娘か何かなのかな?
クラシアさんの本性が明らかになり、彼女と接する時は以前より緊張してしまう。僕はどうやってこの状況を乗り越えればいいのでしょう。
「え、えっと……その……」
僕は言葉を探しながら、クラシアさんの目を見つめる。僕の心臓はドキドキと早鐘を打っている。怖くても可愛いものは可愛い。
「一昨日のこと、本当にごめんなさい。僕は……」
クラシアさんは冷たい目で僕を見つめ続ける。その視線はまるで氷のようだ。
「謝罪だけで済むと思ってるのか?」
僕は一瞬、言葉を失う。しかし、僕は勇気を振り絞って続ける。
「いや、もちろん違うよ。僕は……僕は何でもする。だから、どうか許してほしい」
クラシアさんは少しだけ微笑むが、その笑顔はまだ冷たい。
「何でもする、ね。じゃあ、私の言うことを聞いてもらおうか」
僕は二度大きくうなずく。僕はクラシアさんの要求がどれほど厳しいものであっても、受け入れる覚悟を決めた。だって彼女は僕の天使なんだから!
クラシアさんは少し考え込んだ後、冷静な声で言った。
「まずは、私の言うことをちゃんと聞いてもらうわ。今日から私のレンタル彼女としての仕事に付き合ってもらうから、しっかりサポートしろよ?」
僕は驚きながらも、うなずいた。
「わ、わかってる。何でもするよ」
「今日の客は喧嘩自慢がうざいけど太客だからな。隙をついて私をナンパしろ」
え? 何の意味が? あとそれ生きて帰れるの? でも僕はクラシアさんの指示に従うことにする。心の中で覚悟を決めた。彼女の信頼を取り戻すためには、どんなことでもやるしかない!!
「わかった。任せてくれ」
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クラシアさんの計算によると僕が手漕ぎボートでクラシアさんを水没させたことによって生じた損害は約100万円。3時間目の終わりにクラシアさんからのメール(レンタル彼女用)に詳細が書かれてた。
スマホ故障代金184800円。洋服代ミドルコート88000円。セーター代金55000円。ボトムス44000円。アンクルブーツ118000円。バック280000円。下着10000円。デートキャンセルによる損害賠償土曜日15000円×6=90000円。精神的苦痛に対する損害賠償100000円。合計969800円。およびこれらに対する令和◯年10月◯日から支払済まで年5分による金員を支払うものとする。
昼休み。勝手に忍び込んだ空き教室で、クラシアさんは書面を2通、僕が座っている机の前に置いた。
そこにはメールで届いた損害賠償の金額と利息についての詳細、それとクラシアさんのレンタル彼女業をサポートするというバイトの雇用契約書だった。
「ええ……利息まで取られるの? しかも年間5%って結構高い」
負債が約100万円だから、利息だけで年間5万円。仕組みはリボ払いと全く同じ。まあ、年5%なだけマシかな。棒大手消費者金融では基本的に利息は18%なのだから。5%は銀行並みの安さだ。
「利息は10日5割じゃないんだね」
「それだと違法なんだよ」
「でも、支払い能力がない僕に利息をつけるなんて……そこに愛はあるんか?」
「ある訳ねえだろ。憎悪と怨念しかねーよ」
僕はこれらを返済しなければならないらしいが、クラシアさんは僕にそんな支払い能力が無いことは承知していた。だから、レンタル彼女として働くクラシアさんをサポートすることによって、これらの借金を返済に充ててくれるらしい。時給は1082円で最低時給だ。その他、僕のサポートによって成果が得られた時には成果報酬として一定額支払ってくれるらしい。
「はい。ここにサインして」
僕は言われた通りに黙ってサインした。
「雇用主はクラシアさんなんだね」
「文句ある?」
「いや、光栄です」
クラシアさんにこき使ってもらえる仕事なんて最高だ!
「こっちにもサインして」
さっきの2通と同じ内容の紙だった。
「同じ内容だけど」
「お前のと私のに決まってんだろ。この後、割り印するんだよ」
「僕、ハンコ持ってきてないよ」
「大丈夫。作って来たから」
そう言って、僕の前に立つクラシアさんはポケットからハンコを取り出すと僕に投げて渡してきた。
「堂ヶ島……僕のハンコだ」
「作ってもらった。3300円な。これも払えよ。まあ、今日の仕事分から差し引いとくから。これ、レシートな」
クラシアさんは反対側のポケットからレシートを取り出して、わざわざくしゃくしゃに丸めてから僕に投げた。
税込み3300円と書いてある。まあ、安っぽいしこんなもんか。
「ええっと割り印ってここで良いんだっけ?」
「そうだよ。早く押せよ。昼休み終わっちまうだろ」
「あ、うん」
僕は、2通の書類に割り印を押した。その後で、クラシアさんはその書類を反転させて、立ったまま腰を丸めて机に近づき胸ポケットから出した高そうな万年筆のペンで書類にサインした。
クラシアさんが僕に近づいたことで、クラシアさんの甘い香りが漂ってくる。いい匂いだな……。それにやっぱりいつ見ても綺麗な顔だ。邪魔にならない様に髪を抑える姿もなんて絵になるのだろうか。やっぱりクラシアさんは僕の天使だ。
「よし。これで完了」
机には同じ内容の書類が2つ。それが2部ずつ。合計4つ並んでいる。クラシアさんは2枚を手に取ってから、紙を折りたたんで胸ポケットに閉まった。
手元に残った書類を見る。
「クラシアさんって名前長いよね。テストの時とか大変そうだ」
「世間話はレンタル時のみ対応しております。10分2000円となりますがどうしますか?」
レンタル彼女モードの笑顔を僕に向けるクラシアさん。可愛い……はっ!! 思わず財布を取り出してしまっていた。危ない、危ない。僕には多額の借金があるんだ。
「……辞めとくよ」
「あっそ。じゃあ、放課後に駅集合な。いつもの待ち合わせの場所で待機してろ。服装はチャラチャラした感じでサングラスをしてこい。髪の毛もそのモブ感丸出しのは辞めろ。不良ぽくしてこい。唯一のお前の長所である身長を活かして、不良になりきって、良い感じで私をナンパしろ。それで客が私を守るって筋書きだ。わかったな?」
「あ、うん。頑張るよ」
「失敗は許されないからな。じゃあ、初仕事しっかりやれよ」
そう言って、クラシアさんは僕に背を向けて空き教室の扉の方へ歩き出す。その時、僕は唐突に思いついたのだった。
「下着を弁償するってことはそのパンツは僕のだよね? クラシアさんあのパンツ頂戴!」
次の瞬間、椅子が凄い勢いで僕に向かって飛んできた。
「死ねぇぇぇ!!」
「うわぁぁぁぁぁぁ」
僕は椅子から転げ落ちて、何とかその攻撃を回避したのだった。
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