雪の日。
ふらり
第1話
「はぁ…、はぁ…。」
マスク越しでも冷たい風が、肺まで染み込んでいく。
足が冷たい…もう感覚がない。じわじわと染みてくる水は、体温をどんどん奪っていく…。
…来なきゃよかった、めちゃくちゃ帰りたい…。
その日、関東は十数年ぶりの大雪で、目覚めてカーテンを開けた時の光景は、昨日カーテンを閉めた時とはまったく違う景色だった。
そもそも、十数年しか生きていない私が、十数年ぶりの雪と言われて、それが生まれる前のことなのか、生まれてはいたけど物心がついていなかった頃のことなのか、よくわからない。どちらにせよ、覚えている限りでは、見たことのない大雪だ。
それでも、雪はもう止んでいたから、学校は休校になる様子はない。
スマホは何のメッセージも受信していないし、電話もかかってこない。
仲のいい友達は「学校が休みじゃなくても無理…うちの周り、除雪全然されてないから動きようがないわ。」と
理解のある親御さんでうらやましいこと…うちは「大丈夫。この辺はすぐ重機が入ったから、車道は綺麗になってるし、あんた自転車通学なんだから、もともと電車の遅延は関係ないでしょ。」だって。
…車道が綺麗になってたって、電車に乗らなくったって、この状態で自転車乗れるやついるの?!今すぐ会ってお話してみたいわ!
心の中で毒づきながら、仕方なく学校へ行く支度をする。自転車で15分位の道のりだから、歩けばまぁ、30分ちょっと超えるくらい?道が悪いのは確実だから、少し遅れたって大目に見てもらえるだろう。
私は、玄関の扉を開けた。
「うぅ~っ…寒い…。」
ブレザーにスカート、がうちの学校の制服だけど、こんなに寒いんだから、これくらいいいだろうってことで、ジャージを
でもさ、長靴とかレインブーツって持ってないし、ちょっと制服には似合わないっていうか…個人の感想だけども…。オシャレは我慢!って思って。ジャージがすでに台無しにしてるって?そこは見ないようにしてくれる?
照り始めた太陽と、わずかながら上がっていく気温…。「今日の晴れで雪は、溶けていくと思われますが、量が量なんで結構残るでしょう」…なんて天気予報が言ってた。
一晩でどんだけ降ったのよ…。
溶け始めた雪は、革靴を容赦なく濡らしていく。
私がRPGゲームの勇者なら、浅い毒沼でも速攻死ぬんじゃないかって位、靴の防水性が低い。
大通りに出れば、
小中学校は近くにないからわかんない。
雪かきをする大人と、足早に駅を目指すサラリーマン風の人々。みんな慣れない雪に、下を見ながら歩いてる。…これどっかで見たことあるな…どっかの動画のペンギンの行進だ。
呑気なことを考えながらペンギンの群れであろう私も先ほどから、すべり、つかまり、また進んでは、すべり…を繰り返している。
尻餅をついていないのが、せめてもの救いだ。
いや、尻餅位ついたほうが、通学を諦めるきっかけになるのに…。
そうしてなんとか学校が見えるところまでは進んできた。見えるけど、まだ、遠い。
「あれっ…?平澤…?おーい。」
不意に頭のもっともっと上の方から少し聞き慣れた声がした。
ぐるぐる巻のマフラーを少しずらして上を見る。
「…吉野…なんでそんなとこにいるの…?」
「ここ俺んち。うち今誰もいないからさ、雪かきしてんの。」
屋根の上で、プラスチックのスコップを持ち、我がクラスメイトはにやっと笑う。
「…学校、行かないの?遅刻しちゃうよ?」
「え、平澤、学校きたの?今日休校なったのに?メール来たろ?」
「えっ…なにそれ知らないっ…ほんと?!」
「うん、晴れてるけど、交通は麻痺してるから急遽今日は休みになりましたーって、ついさっき来てたな。」
「…ついさっきとか…知らないし…
マナーモードになっていたスマホは学校からのお知らせを画面に映していた。
私は膝をつく代わりに、がっくりと肩を落とした。濡れたくないし…。
「可哀想に…こんなとこまで来てから休校とか…。」
屋根の上の
「ほんとだよ、私可哀想過ぎない?!」
やり場のない
「うん、可哀想、可哀想。可哀想になぁ…。」
にやにやと、屋根から見おろされる屈辱感…。
もともと、吉野は背は高いから見下ろされてるのは普段と変わらないのだけど…。
「なんで3回も言った?!」
「だって可哀想だろ?」
「あぁ…4回目!!」
「なぁに怒ってんだよ?自分で言ったんだろ?」
「人に言われるとムカつくの!」
「我儘だなぁ…。」
屋根の上で、ふらつくこともなく見下ろされ続ける悔しさに、ますます腹が立ってきた。
「落ちるよ!そんなとこで笑ってると!」
「大丈夫だって。俺、東北生まれだから。雪かきなんか日常茶飯事だったし。」
…そうだった…
「はぁ、もう最悪…。帰ろ…靴がびちゃびちゃになっただけの出来事だった…。」
「…大丈夫か?」
「だいじょばないよ…もう、足の感覚ないもん。」
「じゃあさ、うち、寄ってけよ。」
「え…?」
「タオルと足湯と温かいコーヒー位なら淹れてやるぞ?」
「そんな、悪いよ。家族の人留守なんでしょ?」
「うん、だから気兼ねなくどーぞ?親父達、田舎に用事あって行ったんだけど、この雪で帰ってこれなくなっちゃってさ。この感じだと今日は帰ってこない。」
「そんな、大変じゃん…。」
「んー別にそんな大変じゃないけど、慣れてるし…。あっ…でも…。」
急に神妙な面持ちになる吉野に、思わず首を、
「ん?」
「家に上がっても…変なことしないでね?」
「なっ…誰がするかっ…ばぁか!」
その心配は本来私がするんじゃないの?!
どこまでも
「じゃぁ、お言葉に甘えて!温まらせてください!」
「はいよ〜。降りるから待ってて。」
そう言うと吉野は屋根の上から居なくなった。程なくして、玄関のドアが開く。
「どーぞ、いらっしゃいませ。」
先ほどの屋根からほどではないが、私を見下ろすこの男…。鼻が少し赤くなっている。どのくらい雪かきしていたのだろう。
「お邪魔します。」
「はい、どうぞ。」
雪の日。 ふらり @furarin
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