第11話 狐の丘へ 2
いかにして敵を迎え撃ち、半日という時間を捻出するか。その場でヴォルフはひとまずおおまかな作戦をクラリッサに伝え、クラリッサは問題点や改善案を告げる。これからやるべきことがだいたい決まったあたりで2人は並んで歩き、ティーガーの隠れている場所へと帰ってきた。
「おっと、小隊長たちがお帰りだ」
こちらに気づいたバッヘムがフォークと食器を持って、戦車に腰かけている。ディットリヒとコルネリウスもハッチから顔を出した状態で食事をとっていた。
「昼飯が来たんだな」
見れば412号車の人員たちも食事に興じている。見たところ、ジャガイモとアスパラガスにソースをかけたものやトマトベースの鶏肉入りスープ、そしてパンが本日のメニューらしい。てっきりもう少しひもじい食事かと思っていたのだが思っていたよりも豪勢だ。
「はい、たーんとお食べ!! 新任小隊長の初陣だからね、ちょっと今日は多めに作ってきたんだから!!」
「うっす!! 今日もありがとうございます!!」
ティーガー412号車の傍らに止まっている2台のトラック。そのうちの片方で食事の配給が行われており、ちょうどヴァイスマンが自分の分を食器によそってもらったところだった。その光景を見て、ヴォルフは少し驚いた声を出す。
「……え? 子供?」
白色の防寒服を着て、戦車兵たちに食事をふるまっている隊員の一人。その人物が、どこからどう見ても子供にしか見えない。比較的身長が低い部類であろうクラリッサよりもさらに低く、もはやどうやって入隊の身体検査をパスしたのかと言いたくなるその人物は、ついでに言えばどう見ても幼い少女にしか見えなかった。
ふわふわとした黒髪を肩のあたりまで伸ばし、頭にはきっちりと三角巾。大きな瞳の童顔をあどけない笑顔で輝かせているその人物は、とても楽しそうに配膳を行っており、軍服を着ていることを除けば例えるならば母親の家事手伝いをしているどこぞの娘にしか見えない。
しかしその胸元は非常に豊満であり、彼女がちゃんと成熟した女性であるという唯一の証明となっていた。
「なにか?」
「……いや、なんでもない。気にしないでくれ」
小動物のように小首を傾げるクラリッサから目を逸らし、ヴォルフは内心クラリッサに謝る。
違うのだ。思わず反射的に見比べてしまったのは、ヴォルフ・クラナッハも一人の軍人である前に年頃の男というだけで、常日頃からそう言ったことを考えているわけではない。それほどまでに、初対面の相手である給仕の女性の胸元が不釣り合いなほど大きかったっというだけだ。
そもそも、クラリッサはヴォルフにとって命の恩人であり、憧れの戦車長であり、たとえ彼女の身体の一部分が、あの幼女としか思えない女性に比べて明らかに慎ましやかであろうと、彼女への尊敬の念が揺らぐわけではないのだ。
……世の中の不公平さは垣間見てしまった気もするが。
「と、ともかく食事にしようラインフェルト少尉」
相変わらず小首を傾げてこちらをじーっと見てくるクラリッサに、どうにか食事に意識を持って行くよう仕向けようとした時だった。
「あーっ!! おかえりクラリッサちゃん!!」
こちらに気づいた件の女性が嬉しそうな笑顔でぶんぶんと手を振っている。二人でその幼女のような女性の元へと歩み寄れば、天使のような笑顔を浮かべながら暖かい食事の載った食器を差し出して来る。
「はい、クラリッサちゃんの分だよ!! お仕事大変だね!!」
「ありがとうございます、ハーマン軍曹」
礼を言いながら食器を受け取るクラリッサ。続いて幼女のような女性はヴォルフの方を見る。
「あらあら、あなたが新しい小隊長さん?」
「え、ええそうです、ヴォルフ・クラナッハです」
「うんうん、ヴォルくんね!!」
「ヴォ、ヴォルくんって……」
そう呼ばれたのは、幼いころに近所に住んでいたおばあさん方に呼ばれて以来な気もする。一応自分は少尉で、相手は軍曹のはずなのだが……不思議とそれを注意する気にはならなかった。相手のペースに引き込まれるというのは、こういうことを言うのだろうか。
「私はマリー・ハーマン軍曹。ヴォルくんの中隊本部所属の糧食班及び輸送班所属だよ。おいしいごはんから燃料に弾薬、爆薬に至るまで、いろんなものを届けるからこれからもよろしくね!!」
「え、ええ、こちらこそ」
そういえば、中隊本部にもクラリッサ同様の国防女子補助員出身者がいると言っていたが、彼女のことなのだろう。まさか、こんな天真爛漫を絵にかいたような女性だとはさすがに思わなかったが。
「あ、そういえば、戦車の燃料の方は?」
「それなら大丈夫!」
”ほら、あれ”と示された方を見れば、屈強な男たちが戦車に給油を行ってくれているのが見えた。こちらに気づいた筋骨隆々な男たちの一人が、にっこり笑って敬礼してくる。
それに敬礼を返しつつ、ヴォルフはハーマンが差し出してきた食器を受け取る。
「必要なものがあれば言ってね、頑張ってできるだけ用意するから」
それを聞いて、ヴォルフは少し思案したのちに言った。
「それなら、頼みたいものがあります」
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