長期休暇まであと…… 【月降る世界の救いかた:補遺短編】

友野 ハチ

長期休暇まであと……



 薄暗い室内に置かれたモニターが、デフォルメされた機械兵によるバトルを映し出していた。レトロゲームの域に達しているリアルタイム陣取り合戦ゲーム「コンフリクト・ロワイヤル」のキーパッドを叩く操作方式は、だいぶ時代遅れとなりつつあるが、琴浪将人としては心地よい動きとなる。


 デュエル開幕当初の十勢力の争いが、合従連衡を経て三つ巴にまで収束し、最大勢力が弱者の共闘によって打倒されつつある。この「コンクリフト・ロワイヤル」では、勢力としての勝敗よりも、個人戦績が重視される場合が多い。そのため、最後まで気が抜けない展開となりがちなのだった。


 残敵掃討に注力しつつ、隣のディスプレイで動かしている年代物の戦国SLGでプレイ中の長曾我部家にも指示を発する。対戦相手の残り手数を計算していると、ヘッドセットに呼び出しジングルが響いた。


「コトリン、今回は紫よね?」


「お見通しか。そっちは、黄色の副将かな」


「このゲーム、やるべきことがはっきりしていて心地いいんだけど、それだけに素性がバレバレになるのよね。縛りプレイ大会とかを基本形にしないと、いずれ廃れちゃいそうな」


「うーん、十年物だからだいじょうぶなんじゃないかな。新規参入や離脱で顔触れも変わっていくだろうし」


「ご新規さんねえ……。これから、人がレトロ側に入ってくると思う?」


「それはそうなんだけど」


 未だフルダイブまでは到達していないが、ゲームの世界では没入型が主流となりつつある。一方で、琴浪の正面のモニターで行われているバトルは、多少の操作補助こそ行われているが、基本的にはモニターで把握する形式だった。右方で展開されている戦国大名同士の抗争ゲーム「戦国統一・オンライン」は、さらにローテクな仕組みとなる。


「ダイブ機器に頼ったゲームを否定するわけじゃないんだけど、一人称視点だけじゃできることが限られると思うんだよね」


「組織として動くのもあるけど、そうじゃないってことよね」


「その世界観の中でのロールプレイに徹するという合意があればまだしも……。いや、もちろん、戦術級や戦略級は別物として、体感系ゲームと割り切って楽しめばいいってのもわかるんだ。これまでゲームに触れてこなかった層を取り込める商機だってのもわかる。でも、それだけじゃね」


「ゲーム性の話?」


「そうなんだと思う。現実感の再現に工数がかかるから、ってのもあるんだろうけど。……ただ、いずれゲーム性が高いものが現れたとしても」


「しても?」


 彼の耳朶に届く声には、やや緊張感が含まれた。


「……ゲームでまで、他の人と対話して協力をしなきゃ物事が実現できないってのは、息苦しいかな」


「そうよね。遊ぶときくらいしがらみから解放されたいわよね。……没入型のゲームを楽しめる人たちっていうのは、現実世界に基本的に満足していて、でも、思うようにならない人たちなのかな」


「僕のような、そもそも世界の枠組みに沿えていない人間には向かないってことなのかも」


「いや、そんなことは……」


「ぐっ」


 将人の口から漏れた悲鳴に近い声は、モニターの中で繰り広げられている闘争に関してのものだった。紫の部隊が押さえている重要拠点に対して、黄色の部隊が急襲を仕掛けたのである。


「勘弁してよ、ミッチ……」


「はぁ? こちらの部隊構成に対応した防衛ユニットを揃えておいて、なに言ってるのよ」


「ミッチはそれでいいかもしれないけど、巻き込まれ勢がさあ……」


「ここまで見せ場がなかったのを発散させてあげてるんだからいいじゃない。これはバトルゲームなのよ。整備した戦力を並べて悦に入りたいなら、戦略SLGをやればいいのよ」


「まあ、サブ画面で戦国統一オンラインをやってるんだけどね」


「なんとまあ、旧時代の遺物を。でも、あれのキャンペーン戦も生き残りメインだからシンプルよね」


「そうそう、別に統一しなくても、ってのもあるから」


 戦国談義をしながらも、互いの全戦力を投入しての戦闘は続いている。序盤から勝ち組に乗ってきた紫の部隊が物量で押し返しつつあるところで、タイムアップとなった。


「さ、次のデュエルよ。勝ち逃げなんて許さないから」


「ほいほい」


 次戦の参加締め切りまでは五分少々となる。事前に調整して所属陣営を揃えることもできるし、逆に確実に陣営を分ける設定もできる。ただ、通話中の二人の間では、所属をランダムに任せるのは当然の前提だった。




 デュエルを三戦終え、サブモニターで展開されていた戦国での争いで織田家が阿波に侵入してきたところで、将人が時計に視線を投げた。


「たまには、同じ陣営に設定してやってみる?」


「いや、そろそろ落ちるよ。明日、学校なんだった」


 息を呑む気配がヘッドセットを通して伝わったが、他者の感情に対する察知能力が低めな将人には、その意味を読み取れはしない。続いた言葉は、彼にも理解できる内容だった。


「コトリン、学校、行ってたんだ」


「あー、一応高校生なんだ。たまには行かないと」


「リモート前提ってこと?」


「いや、そういうわけじゃないんだけどね。明日は終業式で、それに顔を出さないと進級させられないと脅されていて」


 冗談めかしてそう告げたものの、彼のメールボックスには理事長からの通告が開封済み状態で置かれていた。




 暗い室内の寝床で、将人は数ヶ月にわたる高校生活に思いを馳せていた。


 入学に至った経緯は、理事長直々のスカウトだった。どうやって素性を知ったのかは不明なのだが、彼の使っているアカウントを特定した上で、リアルで働きかけてきたのだった。


 学費免除で、学校から遠くないところに部屋を確保してくれるというのは、苦痛に満ちた中学生活を送っていた地元からの脱出を目指していたところへの渡りに船状態だった。


 高校デビューなんて古臭いことを考えたわけでもないけれど、あの理事長が集めた同級生の中でならば、別の展開もあるのではないか。そう期待したのは確かだった。


 だが、入学式後のクラスでの自己紹介で、緊張から出た吃りを早乙女雲雀が冷笑し、その取り巻きが追随することで、将人の脳裏で近過去の体験がフラッシュバックしたのだった。


 手洗いに立った彼を心配して追いかけてきたのは、漆黒の長い髪の少女、音海愛と、留学生のアリナ・エデルマンだった。だいじょうぶだからと振り切った彼は、そのまま校舎を立ち去ることになった。


 後になってクラス名簿を基に琴浪が調べたところ、理事長が集めた奨学生は各分野で優秀な事績を残した人物が多かったものの、必ずしも人格面に優れているわけではないようだった。


 いじめに関わったと指弾を受けた者もいれば、売春疑惑をかけられた人物や、過去に犯罪に巻きこまれた経緯があったにしても、同級生を手酷く中傷したとの情報が流布された者もいた。


 理事長がどういった基準で集めたのかは不明だが、穏やかな高校生活が送れるとの思い込みを抱くべき材料は存在しなかった。


 早々に不登校になった琴浪少年は、それでも単元ごとのまとめテストをこなし、学期ごとの試験で及第点を取った上で、理事長からの課題をこなせば卒業が認めようとの方向性を得て、リモート高校生活を送っていた。


 けれど、数日前に理事長から届いたメールでは、終業式の日の出席は必須で、どうにもつらい場合には、式典の間は保健室待機でもいいから、終了後に教室に向かって指示に従うように、とあった。


 情報を検索した彼は、適性検査のための身体測定が予定されていることを把握した。特待扱いの奨学生は、学校が指定する研究への協力が必須というのは明示されていた事柄となる。


 だが……、身体測定でなんらかの適性が推定できるとの話を琴浪は聞いたことがなかった。情報通の知人から得た話として、生体スキャンを高度化させ、次世代型人工知能を噛ませる研究に科研費が下りたとの情報はあったものの、遠方の研究機関で行われているはずで、北のこの地に適用されるとは考えづらかった。


 眠気が下りてきてくれない中で、彼はクラスの面々に思料を巡らした。所属する一年B組は、全員が特待奨学生で構成されているわけではないが、半分近くがそうだと琴浪は想定している。選抜対象は、学業方面に限らず、スポーツ、芸能面など多岐にわたっていた。


 学業方面では、模試の全国上位常連の秋月智弘、那須充がいる。胡桃谷優斗は昨今こそ不調だったにしても、世界で活躍していたテニスのジュニア選手である。中学レベルでの各種スポーツでのトップ選手も多いし、芸能活動をしていた者も含まれる。


 彼が所属するB組だけでなくA組にも同じような選抜組が集っていて、そちらにはスキャンダルによって引退した元アイドルまで在籍している。


 その顔触れを考えたとき、自分がそこに突っ込まれた意味がわからないと、琴浪将人は感じていた。彼は、ゲームの腕前を見込まれたわけではなく、サイバースペースをうろつく技量を評価されて選ばれたのだった。


 ただ、自らのネット世界での技量は高いものではないとの認識から、錚々たる実績を持つ者たちと同じ扱いをされている理由がわからずにいる。


 確かに、彼のネット徘徊者としての技量は、必ずしもトップレベルではない。だが、他のほとんどの分野は中学生では、との限定がかかっている。スポーツはもちろんそうで、芸能界においても大御所と子役、十代のアイドル的存在とでは役割が異なる。対して、サイバースペースでの技量については、世代限定や国籍別で順位付けする習慣は存在していない。既に世界と向き合っているからには、トップと比較しての経験の浅さから自己評価が低くなるのは無理もなかった。


 苦しげな寝返りが重ねられると、やがて彼の周囲を眠気が包み、寝室にリズミカルな呼吸音が響き始めたのだった。




 想定通りに、式が終わった時間帯に琴浪は教室へと足を踏み入れた。気配を殺し、自席に着席する。机にも椅子にも異状がないことに安堵しつつ、教室を見回す。


 入学式の日以来の登校であるため、知り合いは一人もいない。それでも、公開情報として顔写真が出ている生徒が多いため、四半分ほどの顔と名前が一致していた。


 早乙女雲雀は、自分を覚えているだろうかと考えながら、様子を窺う。将人の吃音を笑った人物だが、彼女にとってはおそらく平常運転であり、認識されていない可能性が高いと彼は考えていた。


 中心人物として振る舞う早乙女の周囲を、取り巻きが囲んでいる。男子でも同様にグループ化が生じており、本来の琴浪の傾向からすれば、階層構造と人間関係の把握に興味を持ってもおかしくないところとなる。ただ、彼は自分も含めた人間のまとまりを遠い世界のことのように捉えていた。


 と、向けられてくる気遣うような視線に気づく。視線を放つ漆黒の長い髪の人物から、琴浪は急な動きにならないようにしながら目線を逸らした。音海愛が、地元の音海神社の神職の一人娘で、他の地方から集められてきた特待奨学生と遜色のない学業成績を叩き出しているというのは、把握済みの情報だった。


 窓側に目を向けていると、今度は別の人物と目が合った。人懐っこい表情で会釈してきたその人物は、春見野睦月という名で、こちらも地元出身の人物だった。幼い頃に犯罪に巻き込まれたのだが、その絡みで悪い噂を帯びてもいて、サイバースペースには定期的に中傷と評していい書き込みが見られていた。


 挙動不審気味な所作でさらに目を逸らせた先では、音海愛が前方の席の人物に話しかけている姿が視界に入った。その相手は、七瀬瑠衣奈という名の少女で、これもまた悪名が流されている人物だった。


 神社の娘が掛けている声をまったく拒絶しているわけでもないようだが、目立った反応も見せていない。背筋のピンとしたその姿に、将人は憧憬めいたものを感じていた。自分もあのように、孤高さを保っていられれば……。


 そう考えながらも、琴浪としては同級生と同じ部屋に押し込められているこの時間が永遠の責め苦であるように感じられていた。


 と、担任教師が顔を出して、校庭への移動を指示した。身一つでかまわず、順番も気にしなくてよいという。


 目立たないように後方の扉から抜けようとすると、小さな悲鳴が琴浪の耳朶に届いた。ちらっと目線を向けると、小柄な女生徒が転んでしまったようであるのが見て取れた。怪我をしたわけでもなさそうなので、そのまま廊下へと出る。


 身体測定というのは、いったいなんなのだろう。まさか、論文も出ていないような研究向けの最新設備が持ち込まれているわけじゃないだろうが、と考えつつ階段を降りる。教室での若干の混乱の影響か、あまり突出しないように動いたはずが、集団の前方に来てしまっていた。


 ともあれ、疑念の残る測定さえ終えてしまえば、夏季休暇の始まりとなる。家で過ごす状況は変わらないとしても、集合教育が行われている時期かどうかは、やはり心のどこかで差が出てくる。


 解放感の中で、彼はねっとりとした暑気がたゆたう校庭に向けて歩みだす。


 集団の先頭に七瀬瑠衣奈が立ち、その後には春見野睦月の姿があった。夏空からは白い月が彼らを見下ろしていた。


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