琵琶湖ロッジ雪密室殺人事件

村田鉄則

琵琶湖ロッジ雪密室殺人事件

 琵琶湖近くにあるロッジで事件は起きた。

 ロッジに泊まっていた中年夫婦の内、夫の方が殺されたのだ。

 開けっぱなしの窓から吹く風に朝起こされた妻は、同じベッドに寝ていたはずの夫が居ないことに気づき、階段を下り、玄関ドアを開けて、ロッジの外に出た。そして、すぐにロッジに隣接する大きな庭で夫が倒れているのを妻は発見した。

「嘘でしょ!あなた!!」

 庭には雪が積もっており、夫はその雪にめり込むような形で仰向けに大の字のポーズで倒れていた。

 足跡は無く・・・首元には紐がくくりつけられており、その紐の先は、千切れた跡があった。見た目的に明らかに被害者は縊死体いしたいであったが・・・その庭には木が無かった。

 捜査は困難を極めた。頭を抱えている警察は、一人の男を呼ぶことにした。溜息探偵こと矢面傑やおもて すぐるだ。彼は事件に行き詰まった時に溜息を吐くことで脳が活性化しその事件の真相がわかる、という特殊な能力の持ち主だ。推理の終盤までは事件の真相がわからないわけだが、なにはともあれ難事件を解決してくれるので、彼に助けを求める警察は多い。

 矢面は近江八幡にあるバウムクーヘンの施設にちょうどプライベートで居たらしく、車で現場のある湖北に駆けつけた。

 現場に着いた矢面はいつものことながらボサボサの寝癖だらけの髪の下に髭のそり残しが目立つ顔を浮かべていた。ボロボロの鼠色のコートもいつも通り着ている。

 刑事が矢面に駆け寄る。

「お久しぶりです。矢面さん。今回はご協力あり」

「そんな形式張った挨拶なんていい、早く今回の被害者について教えてくれ」

「被害者は脇坂誉わきさか ほまれさん。52歳。コテージ近くにある大学で教授をしています。教えているのはフランス文学らしいです。脇坂さん夫婦は結婚記念日を祝って毎年、このロッジに泊まられています。ホトケはもう検死の方に回したんですが、現場を駆けつけたときに見た感じだと明らかに縊死体でした」

「縊死体か・・・吉川線は?」

「ああ・・・ありました」

 刑事は被害者の死体の写った写真を矢面に見せた。

「うわー杜撰な殺人だな・・・吉川線がくっきりありやがる。普通自殺に見せかけて殺すだろ」

「いやけど、杜撰な殺人ではないのでは?・・・不可能犯罪なんですよ今回の事件は」

「不可能犯罪?俺の前でその言葉を言うな。溜息探偵の俺に解けない謎はねえんだ」

 そう言って、矢面は煙草を吸いながら現場のロッジの周辺を回り始めた。刑事はこれ以上怒られるのもいやなので、一緒についていくだけで、何も話しかけることはなかった。

 周辺を調べても全く事件の手がかりが見つからなかったのだろう、矢面は一通りロッジの中と外を見回った後、突然立ち止まり、両目をつぶり、八の字眉を浮かべて、思いっきり溜息を吐いた。

 刑事はごくりと唾を呑んだ。始まるのかあれが。

 矢面は目を大きくカッ開き、こう大きな声で叫んだ。

「解けた。解けた。解けた」

 吸っていた煙草を被害者が倒れていた、場所に投げ捨てる矢面。 

 煙草の煙が上に上がる。

「そうだよ。上だ。上。おい、おい、お前、この近くにあるとかいう被害者が勤めていた大学に連れて行ってくれ」

 刑事は大学に矢面を連れて行った。

 大学に着くやいなや矢面は大きなキャンパスの中に入る・・・と思いきや、何故かサークル棟の方へ向かった。

「やっぱりそうか・・・」

 サークル棟の外壁にあるサークル部屋の一覧を見て矢面はそう呟いた。矢面はそのまま、無言でサークル棟へ入っていった。刑事もそれに続く。ぐんぐんぐんぐん矢面はサークル棟内を進んでいったが、サークル棟の奥にあるとある部屋のドアの前に辿り着いたとき足を止めた。

 そこには、『飛行機研究サークル』と書かれた札が貼られていた。

 中から声が聞こえるので、誰かいるらしい。矢面はドアをノックもせず開けた。中に居たサークル員たちは一同、驚いた表情を浮かべて矢面を見ていた。

「あなたは誰ですか!?」

「そんなことはいいんだよ。てめえら。何か最近無くしたんじゃねえか?」

 図星という感じで、目を下に向けるサークル員たち。

 彼らに近づく矢面。

「とぼけんなよ。鳥人間コンテストに前使った人力飛行機がなくなったんだろ?」

 そう、この人力飛行機を使って犯人が被害者を首吊りにして殺したというのが矢面の考えだった。いや溜息探偵に間違いは無いので考えというか事実である。彼の推理は大門未知子ばりの失敗率の低さを誇る。

 前の鳥人間コンテストで使った人力飛行機は、サークル棟の横にある飛行機制作室というガレージのような所に保管されていた。だが、それが何者かに盗まれたのだった。このサークルは、サークル棟が閉まった後にも秘密裏に飛行機を作るために、その飛行機制作室の合鍵を勝手に作って各部員に配布していた。そのため、途中で飛んだサークル員やOBもその鍵を持っているわけであり・・・盗んだ犯人は誰か?その話し合いは混沌を極めたらしいが・・・

 頭の冴えている矢面にはその犯人の目星はすでについていた。

「このサークルのOBで脇坂教授に卒論を受取拒否された奴はいねえか?」

 一人のサークル員が言いづらそうに目線を下げているのに矢面は気づく。すぐさま近づき、そのサークル員の襟元を掴む矢面はこう放つ。

「おめえ。なんか知っているだろ。早く言いやがれ」

 サークル員は気圧されてすぐに白状した。サークルのOBの一人、不破静流ふわ しずる、現4回生(2回目)が出した卒論の内容が脇坂のお気に召さなくて、受取すらしてもらえなかったというのだ。しかも一回ではない、何度書き直しても受取拒否。卒論の提出期限も過ぎ、不破は単位足らずで卒業できなかった。

 すぐさま、不破について捜査本部は調べた。不破は大学近くのマンションに住んでいた。刑事たちは、急ぎ足で件のマンションに向かう。果たして不破は居た。不破はあっさり罪を認めた。

 不破の犯行動機はこうだ。大学の費用をバイトで稼いでいた苦学生だった不破にとって仕事をしつつ、就活をしつつ、卒論を書くことは大変な作業だった。そんな卒論を教授の一存で何度も受け取り拒否されたうえ、卒業できない。しかも、内定をもらっていた仕事はもちろん辞退に。加えてまた学費を払わないといけなくなった。

 そんな彼はやがて殺意を脇坂教授に向けることになった。

 不破の犯行トリックは矢面の予想通りだった。

 脇坂が毎年同じコテージに結婚記念日に泊まっているという情報を手に入れた不破はコテージのすぐ近くにある丘の上の公園の駐車場に人力飛行機を隠したバンを停めていた。不破は、その駐車場から望遠鏡でコテージ内の様子を四六時中見ていたのだが、ずっと起きていた疲れでうとうと眠りそうになったそのタイミングで好機は訪れた。琵琶湖に日の出が浮かぶ様子をロッジの二階の窓を開けて見る脇坂の様子が見えたのだ。

 不破は人力飛行機を丘の上から飛ばした。不破は小柄な体格を活かしてサークル所属時は操縦者として活躍していた。彼の操縦テクニックは優れていた。その優れた技術を利用して殺人を行ったのだ。驚く脇坂の首元にカウボーイの要領で投げた紐をかけた不破は、片手で紐を持ちつつ、人力飛行機を操縦し、空中に脇坂をぶらんと吊りながらコテージ上を円状に回転し、脇坂の息が途絶えるのを待った。が、風と雪の影響で飛行機の高度はどんどん下がっていく。彼は滞空時間に限界を感じ、用意していたハサミを使って紐を切って琵琶湖に向かった。どうにか飛行を保ちつつ、琵琶湖まで辿り着いた不破は飛行機とともに、ざぶんと琵琶湖に入った。

 その後は、周囲の目を確認しながら、丘の上の駐車場へ向かいバンの元へ。運転し湖岸にバンを近づけ、飛行機を回収し容姿していた器具を使って解体。そのまま現場近くの山奥にそれらを持って行き、放棄。寒さで体を震わせながらもハンドルを握り、事件現場から遠ざかり自宅へと向かった。

 というのが不破の起こした事件の内容だ。

 犯行に人力飛行機を使ったのは、不可能犯罪を演出するためだったという。不可能犯罪だと、自分は捕まらないうえ恨んだ相手も死ぬ。一石二鳥であるわけだ。

 不破はゼミ合宿の時、いつも、脇坂が窓を開けて日の出を見る所を見かけていた。そのルーティンを思い出して不破は、今回の殺人に挑んだ。そして成功したのだ・・・

「しかしながら、人力飛行機なんて現場周辺のカメラに写っていてもおかしくないんですがね・・・そんな報告は一度も・・・」

 事件の流れを知った刑事はそう疑問を投げかけた。

「何言ってんだよ。簡単なことだ。この機体は”白鳥”って言うんだ」 

 そう言いながら矢面は、今年行われた鳥人間コンテストの動画内に写る件の飛行機を見せてきた。その機体はコックピットの覗き窓部分を除き、雪のように全身が真っ白だった。 

 そうなのだ。雪が多く降った事件当日、機体は周りに降っていた白い雪と同化していた。加えて、コテージ近くの監視カメラは日の出による逆光によって太陽の部分が白飛びしていた。そのうえ、偶然にも不破が乗った飛行機は監視カメラの画角では太陽と重なって写っていた。つまりは、機体は写っていても全体像がボヤけた不鮮明なものになっていたのだ。それはカメラ以外の人間の目から見ても同じだったようで・・・現場周辺の住人たち、コテージの管理人、誰からも人力飛行機の目撃証言は無かった。

 そう!溜息探偵・矢面が居なかったら、この事件は解決しなかったわけである。

「今回は、ありがとうございました!」

 事件解決後の明くる朝、県警から立ち去る矢面に刑事が頭を下げた。

「今回だろ・・・礼儀がなってねえなおめえはよ」

 そうボヤキながら、矢面はハアっと深い溜息をついた。

 雪の降る田舎の町で、矢面の吐いた息は日光を反射して白く輝いていた。


(完)

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