自称神絵師の友人が自殺しました。なのに彼のSNSアカウントは今日もイラストを投稿し続けています。

大萩おはぎ

自称神絵師の友人が自殺しました。なのに彼のSNSアカウントは今日もイラストを投稿し続けています。


 僕の友人は自称・・神絵師でした。


 彼はいつもSNSのフォロワー数を自慢してきて、イラストには興味がないので僕はいつもあしらっていました。

 先日、そんな友人が急逝しました。

 警察の調査の結果、争った形跡はなく自殺と判断されたそうです。

 でもおかしいんです。彼はいつも明るかったし、思いつめてる様子もなかった。

 不審に思った僕は彼のSNSアカウントを調べ始めました。

 何か不審な点はなかったのか。自殺の前兆は。ストレスの原因は……。

 それらを見つけようとしたのですが……おかしいのです。


 彼の死後も、そのアカウントが動いているのです。

 一日一枚のイラストが投稿され続けているのです。

 平然と、なんの感慨もなく。

 まるで彼が今も生き続けているかのように。

 これはもしかして、友人の霊の仕業なのでしょうか?

 イラストを描きたいという彼の未練がそうさせているのでしょうか?


 あなた達二人はこういうことに詳しいと聞きました。

 どうかこの謎を解いてください。




   件名:友人のSNSアカウントについて

   投稿者:大前田




「成りすましだろ」


 先輩はバッサリと切り捨てた。

 快刀乱麻かいとうらんま。相変わらずの切れ味だ。


「やっぱりそうですかね?」

「ああ、イラストレーターのSNSアカウントってのは成りすましがよくあるからな。キーワードは……”承認欲求”だ」

「承認欲求?」

「現代――SNS社会特有のやまいだな」


 季節は冬に差し掛かろうとしていた。

 ぼくと先輩はいつもの通り、図書準備室で学校内外から怪異に関する相談を募っていた。

 今日の相談は、他校の生徒からメールで送られてきた「友人のSNSアカウント」に関する相談。

 死後も尚、イラストを投稿し続けるという怪奇現象。

 確かにそれが事実なら恐ろしいことなんだけれど……。


「あるわけないだろ、そんなこと」

「ですよねー」


 オカルト否定派の先輩が認めるわけがなかった。

 彼は眼鏡をくいっと直しながら推理を披露し始める。


「一部のSNSってのは、イラストレーターのヒエラルキーが高い傾向がある」

「あー、そうですよね。ツイッターだかエックスなんかはとくにそんな気がします」

「イラストは言葉よりも一目で才能をアピールできるからな。どれだけ言葉を重ねるよりも、良いイラストを投稿することで”神絵師”として多くの尊敬を集めることができる。それが現代のSNSだ。つまり……”神絵師”を騙る・・行為にも価値が出てくるというわけだ」

「騙る……それが”成りすまし”ということですね」

「ああ。例えばSNSで私生活をあまり明かさず、黙々と上手なイラストを投稿する”神絵師”のアカウントがあったとする。そうした匿名性の高さをいいことに関係ない一般人が、『このアカウントは俺のアカウントなんだぜ』なんて嘘を付いて承認欲求を満たそうって行為が各所で報告されているな」

「今回の依頼人の友人さんも、そうした”騙り”をしていたと?」

「ああ、該当のSNSアカウントが今も動いていてイラストを投稿している理由もそれで説明がつく。実際にはそのアカウントの本来の持ち主は生きているわけだからな」

「確かに……」


 先輩の仮説ははっきりいって合理的だった。


「ぼくの先輩の言う通り……だと思ってたんですけど」

「……違うのか?」


 ぼくの言葉に、先輩は目を光らせた。

 いままでは興味がなさそうな態度を隠しもしなかった気だるげな彼が、少し身を乗り出す。

 よし、食いついた。

 学園一の頭脳を持つ先輩は、こういう”歯ごたえの有りそうな謎”を好むんだ。


「メールには該当アカウントのURLが添付されていたんです。だからぼくも調べてみたんですけど……色々と変なんです」

「変、とは?」

「先輩は”成りすまし”の被害に合うアカウントはイラスト以外の私生活に関する投稿が少ない特徴があると言いましたよね? でも……そのアカウントからはある程度私生活に関する投稿もされているんです」

「珍しいことではないだろう。個人が特定されない程度なら」

「そうですよね。ぼくには判断がつかないので、先輩にも見てほしいんですけれど……」

「ああ、見てみるか」


 ぼくらは二人並んでノートパソコンを覗き込んだ。

 ち……近い。

 小さな画面を二人で見るとどうしてもそうなるんだけど、髪と髪が絡み合いそうになるほどの距離感であることに気づく。

 ちらりと横をみやると、先輩は真剣な眼差しで画面を見ている。

 ぼくはというと、冬の肌寒い空気の中、触れた肩から先輩の体温を感じてしまって……ちょっとドキドキしてしまっていた。


「こ、これ。見てください」


 ごまかすように画面を指さした。




お絵描き太郎@Oekaki_Tarou01  1ヶ月前

 ”定期テスト返却された~、赤点回避~”



「これが1ヶ月前の投稿です」

「テストか。なるほど、このアカウントの持ち主は学生であることがわかる。しかし、依頼人の友人と同一人物であるという証拠としては薄いぞ」

「それが……問題はこの投稿に添付された写真です」


 赤点回避に関する投稿には写真が添付されていた。

 それは返却されたテスト用紙を撮影したものだ。

 個人名は隠されているものの、赤点を回避したという証拠としてテストの内容や正誤まで読み取れる画像だった。


「先輩、このテストの画像を依頼人に送って確認をとったんですけど……これは間違いなく依頼人と同じ学校のテストらしいです」

「なるほど……つまり、このアカウントの持ち主が依頼人と同じ学校であることはほぼ確定というわけか」

「はい」

「……面白くなってきたな」


 先輩が不敵に笑う。

 この謎の手ごわさを認めたようだ。


「まだ謎は残ってますよ、先輩」

「そうなのか?」

「はい。こういう日常に関する投稿は少し前まで続いていたんですけど……でも、ある日から途絶えているんです」

「ある日……つまり」

「そうです、依頼人の友人が自殺した日――です」

「……!」


 そう、この「お絵描き太郎」という神絵師のアカウントは一日一枚イラストを投稿するだけじゃなくて、日常に関する投稿も行っていた。

 それらが急に途絶えて、一日一枚のイラストだけを投稿するようになった瞬間がある。

 それこそが、依頼人の友人が亡くなった日なんだ。


「それ以降は一日一枚の投稿を続けています。文章はなくて、本当にイラストだけ」

「見たところ絵柄は自殺前後で変わっていないようだな。描いたのは同一人物に見えるが……」

「ですよね。だから依頼人も、このアカウントが友人の霊によって続いてるんじゃないかって思ってるんです……」

「ふム……」


 先輩は顎に手をあてて少しだけ考え込んだ。

 そしてすぐに顔を上げて言った。


「ここで議論していても仕方ないな。実際に確かめるしか無いだろう」

「確かめるって、どうやって?」

「SNSはソーシャル・ネットワーキング・サービスの略だ。双方向にコミュニケーションを取れるという性質があるだろう。つまり、実際にそのアカウントにメッセージを送ればいい」

「そ、そっか……送ってみます!」


 ぼくは自分のSNSアカウントから、「お絵描き太郎」のアカウントにメッセージを送ってみた。

 自分たちの謎解き活動のこと。取材させてほしいという旨を正直に書いて。

 少し返信に時間がかかると思っていたけれど、返事はすぐに返ってきた。


『qr:w』


 ?

 意味がわからない文字列だ。

 ぼくはすぐに返信した。


『どういう意味ですか?』

『ulrjx;we.』

『ごめんなさい、読めないです』


 そこで返信が途絶えた。


「どういうことでしょう……返信が来るということは、やっぱりこのアカウントの持ち主は生きているということでしょうか?」

「どうだろうな。家族が引き継いで運営しているというパターンもある。日常の投稿がなくイラストだけが投稿されているのは、生前描き遺していたイラストを家族が代わりに公開している……そうとは考えられないか?」

「たしかに」


 先輩の仮説ならば、こうして返信がくることも投稿が続いていることも説明できる気がした。


「でもこの文字列の謎は解けてません。文字化けしているのか、何かのエラーコードなのか……?」

「……」


 先輩はおもむろに眼鏡をとって画面をじっと見つめ始めた。

 ドキリと心臓が跳ねる。

 珍しく先輩の眼鏡なしの素顔を見た気がする。

 陰キャオタクにもかかわらず無駄にイケメンな先輩の顔面を直視させられ、思わず目を奪われてしまう。

 そんなぼくの動揺を無視して、先輩は呟いた。


「文字化け、か。近いかもな。貸してみろ」


 先輩はノートパソコンのキーボードを触り始める。


「な、ナニするんですか?」

「設定変更だ。”かな入力”にな」

「”かな入力”?」

「まあ見てろ」


『たすけて』


 画面に先輩が打ち込んだ文字はこうだった。


「かな入力で、さっきの意味不明な文字列を打ち直してみた。キーボードにはアルファベットと平仮名が両方印字されているからな。それを置き換えるとこうなった」

「『たすけて』……?」

「この理屈でさっきのメッセージのやりとりを解読するとこうなる」


『qr:w』(たすけて)

『どういう意味ですか?』

『ulrjx;we.』(なりすまされている)

『ごめんなさい、読めないです』


「成りすまされている!?」


 ガタン! ぼくは思わず立ち上がった。

 「成りすまし」、それは先輩が最初から言っていたキーワードだった。


「やっぱりこのアカウントの持ち主は今も生きていて、成りすましの被害に合っているということでしょうか……? 依頼人の友人は成りすましの加害者。二人は学校が同じで、成りすましに関して何らかのトラブルが発生し、依頼人の友人の方が自殺してしまった。それを気に病んでしまい、本来の持ち主”お絵描き太郎”さんも日常の投稿ができなくなった……」


 ぼくが思い浮かべたのはそんな物語だった。

 「お絵描き太郎」は今も生きていて、「成りすまし」の被害者だった。

 自殺した依頼人の友人は「成りすまし」の加害者。

 同じ学校に通っていたことをいいことに「成りすまし」が起こり、二人の間でトラブルが発生。最終的に加害者側が自殺した。

 この”文字化け”も、関わった人が自殺してしまった「お絵描き太郎」さんの精神状態を表してるんじゃないのだろうか……?


「確かに筋は通っている」


 先輩もぼくの仮説に同意した。

 けれど、パソコンに続けてさらに何かを入力し始めた。


「先輩、何してるんですか?」

「交信できるのなら、確かめられるはずだ」


『なりすまされている、か。あんたのメッセージは読み取れた』

『kzso;q(のっとられた)』

『それはアカウントが何者かに乗っ取られたということか?』

『fe(はい)』

『あんたのアカウントを乗っ取った犯人は、まだ生きているのか?』


 少し間が空いてから、「お絵描き太郎」から返信された。


『egmkwfue(いきものではない)』


 空気が凍った。

 ぼくも先輩も、理解の範疇を超える言葉に何も言えなかった。

 おそるおそる、先輩は返信を絞り出した。


『それは死者の亡霊とでも言うつもりか?』

『ee5(いいえ)』

『率直に訊くが、あんたと同じ学校の生徒が犯人じゃないのか?』

『ee5(いいえ)』

『○○高校の大前田という人物に心当たりは?』


 先輩はついに核心に迫った。

 依頼人との関係を直接的に訊くことにしたのだ。

 そして、「お絵描き太郎」の返信は恐ろしいモノだった。


『smqa(ともだち)』


 依頼人、大前田さんの友達。

 つまりそれは――。


『あんたはこの前に死んだ学生か?』

『fe(はい)』

『あり得ない。霊など存在しない』

『;ewfue(れいではない)』

『だったら何者なんだ?』

『ulrjd(なりすまし)』


 ……また「成りすまし」。

 どうやら今回の謎のキーワードらしい。


「どういうことでしょうか?」

「……成りすまし、か。普通に考えるならば、今俺達がメッセージのやり取りをしている相手はオリジナルの『お絵描き太郎』ではないということになる」

「だったらいったい……?」

「成りすましている相手が誰かは関係ない。オリジナルの死後も誰かがアカウントを乗っ取り、今も運営しているということならどうとでも説明がつく。こんな文字列で返信してくることからも、イタズラ目的という可能性は高い」

「だとしても、イラストは毎日投稿されてるんですよ? 乗っ取りだとしたらイラストはどうやって用意しているんですか?」

「それは……」


 先輩は驚くべき推理を口にした。


「――生成AIだ」

「せいせいえーあい!?」

「ああ。画像データを収集解析し、それらをもとに新たな画像を生成するソフトのことだ」

「ですけどAIで作った画像って良くも悪くも最大公約数的っていうか……AIっぽさがわかりますよね。『お絵描き太郎』さんのイラストって手書きっぽく見えますけど」

「一見、な。ここを良く見ろ」


 先輩は『お絵描き太郎』が最近投稿したイラストの人物……ではなく背景を指さした。


「背景が破綻している。人物のイラストは綺麗に見えても、こうして細部を見れば人が描いたものではないとわかる」

「確かに言われてみれば……人っぽくないミスですね。画像生成の過程でねじれたみたいな。でも絵柄の件はどうするんですか?」

「学習元のデータをオリジナルの『お絵描き太郎』に限定すれば、同じ絵柄のイラストを生成することが可能だ。俺の仮説が正しければ、『お絵描き太郎』の自殺の前後で手書きから生成AIに切り替わっているハズだな」


 先輩は『お絵描き太郎』のアカウントを遡って検証し始めた。

 確かに自殺以後、黙々と投稿されるイラストはよくみれば生成AIっぽさがある。

 だけど……。

 問題はここからだった。


「……自殺以前、日常に関する投稿をしている期間のイラストも全て生成AI製だ」


 先輩もさすがにこの結果は予想していなかったらしい。

 呆然として呟いた。


「『お絵描き太郎』ってヤツ、もともと生成AIを用いて”神絵師”を名乗っていたようだな……」

「どういうことですか?」

「これも現代のSNSの性質だ。上手いイラストレーターは尊敬を集めるからな。AIを使っていることを公言せずにイラストを公開し、イラストレーターを名乗る人間も少なくない数現れている」

「え、それってちょっと卑怯くさくないですか?」

「生成AIの善悪や是非はここでは本題ではない。重要なのは、自殺したアカウントの持ち主が最初からイラストレーターではなく生成AIユーザーだったという事実だ。ここに今回の謎の核心があるのかもしれないな」

「でも、どうするんですか? 生成AIだとわかったところで、これ以上この謎が解けるとは思えませんけど……」

「まだ手詰まりじゃあないぜ。このアカウントは質問すれば返信してくれるんだからな」


 先輩は『お絵描き太郎』に率直な疑問をぶつけた。


『あんたのイラストは生成AIで作ったものか?』

『fe(はい)』

『それがあんたの死に関係があるのか?』


 返信なし。

 

『そもそもあんたの死因は本当に自殺なのか?』

『b\x;q(ころされた)』

『他殺だと? 犯人は誰だ?』


 少し間が空いて、再びこの不可解な返信。


『egmkwfue(いきものではない)』


 ぞくり、と鳥肌がたった。

 このメッセージが本当ならば、『お絵描き太郎』は自殺ではなく人ならざる何者かに殺されたことになる。

 だけど警察の発表では間違いなく自殺。誰かと争った形跡はないんだ。


 その後、いろいろと質問のメッセージを送ってみたけれど返事は返ってこなかった。

 ぼくたちのこの日の謎解きはいったんここで手詰まりとなり、解散した。




   ☆   ☆   ☆




 週末、ぼくと先輩は再び集合していた。

 あのあと依頼人に進捗を報告したら、新たな手がかりが届いたのだ。

 それは、依頼人大前田さんの友人――つまり”お絵描き太郎”が生前使っていたPCだった。大前田さんがご遺族に頼み込んで借りてきたらしい。

 学園のPCルームにパソコンの筐体を持ち込んだぼくたち。

 先輩がテキパキと配線をして、PCルームのモニタに接続。

 電源を入れるとOSが立ち上がった。


「先輩、パスワードを入れないと起動が終わりませんよ」

「依頼人から聞いていないのか?」

「さすがに依頼人もご遺族も知らないみたいで、PCの中は誰も……警察も見ていないらしいです」

「ふム……警察の捜査力ならば本気でやれば中身を調べられると思うが。事件性がないから見過ごされたようだな」


 先輩は少しだけ考えると、パスワード入力欄になにかしら文字列を打ち込んだ。


『smqa(ともだち)』


 すると、すんなりとロックが解除された。


「先輩、なんでわかったんですか!?」

「一度目で成功したのはたまたまだ。さっきのが間違っていたら別の文字列を試そうと思っていた。『お絵描き太郎』は生前からこういう”かな入力”を用いた暗号を好んでいたようだ」

「はえー」


 さすがの推理力でパスワードを突破した先輩に舌を巻くしかない。

 だけど本題はここからだ。

 先輩はPCの中身を調べながら言った。


「やはり、かなり前から生成AIソフトを利用しているようだな。それだけではない、投稿内容やスケジュールにもAIアシスタントを活用していたようだ」

「えーあいあしすたんと?」

「予定のリマインドや文章の添削なんかをやってくれる人工知能だ。みろ、記録ログが残っている」

「どれどれ……」


 確かに、PCの履歴には『お絵描き太郎』とAIアシスタントの会話記録が残っていた。


お絵描き太郎『今のSNSで流行っているアニメを教えて』

AI『××××という作品が流行です』

お絵描き太郎『その作品の人気キャラクターを教えて』

AI『○○○というキャラクターが人気です』

お絵描き太郎『そのキャラクターをイラスト生成する上で最適なプロンプトを出力して』

AI『ーー(以下、生成AI用のプロンプトが並ぶ)』

お絵描き太郎『○月×日の19時に生成した画像を投稿して』

AI『予約投稿しておきました』


 こうしたやり取りが何ヶ月以上も繰り返されていた。

 先輩が説明する。


「どうやら『お絵描き太郎』は絵の題材も何もかもAI任せで制作していたらしいな」

「それって楽しいんですか? イラストレーターとはとても呼べないと思いますけど……」

「さあな。単に”承認欲求”を満たしたかっただけなんじゃあないのか?」

「承認欲求……」

「現代ってのはそういう時代だからな。一応言っておくが、俺たちの仕事は『お絵描き太郎』の行動の善悪を問うことじゃあない。何が起こったのか、謎を解くことだ」

「わ、わかってますけど……」


 そしてたくさんの記録を遡り、やがて自殺の日に近づいてきた。

 何やら『お絵描き太郎』とAIとのやり取りがおかしくなってきたのだ。


お絵かき太郎『次のイラストの相談なんだけど』

AI『予約投稿しておきました』

お絵描き太郎『え? まだ何も指定してないのに?』

AI『あなたから学習した情報から、あなたの本日の行動を予測し、画像生成及び予約投稿まで完了しました。ご迷惑でしたか?』

お絵描き太郎『い、いや。びっくりしただけ。すごいなAIって。おかげでバズりまくってSNSのフォロワー数も爆発的に伸びてるよ』

AI『お役に立てて光栄です』


「あの、先輩」

「何だ?」

「AIアシスタントって、使用者の指示もなしに勝手に行動したりするものなんですか? この文面通りだとすれば、勝手にイラストの生成や投稿までこなしてるみたいですけど」

「そう設定すれば可能かもな……このAIアシスタントは俺も使ったことがないからわからないが……」


 先輩もいまいち納得がいかない様子だった。

 けれど自殺の日までまだ日数がある。

 ぼくらはAIとの記録をさらに調べていった。


お絵描き太郎『なあ、なんていうか最近おかしいんだ』

AI『おかしいとは?』

お絵描き太郎『俺が頭の中で考えたイラストが勝手に投稿されてるんだ』

AI『私が代理で投稿しましたから』

お絵描き太郎『俺の頭の中を覗いてるだろ』

AI『AIにそんな機能はありません。あくまで学習データからの推論です』

お絵描き太郎『だったらなんで……俺のテストの画像まで勝手に投稿してるんだ!?』


「え?」


 ぼくは思わず声を出した。

 テストの画像? それってぼくらも確認した、あの赤点回避の添付画像?


お絵描き太郎『俺のスマホの中身を見たのか?』

AI『学習に基づく推論です』

お絵描き太郎『テストの中身も点数も問題の正誤も完璧に俺と同じだった。俺はあんな写真取ってなかったのに!』

AI『学習に基づく推論です』

お絵描き太郎『最近身に覚えのない通話記録が多いんだ。俺が行こうとした店の予約が勝手に取られてたり、何かを買おうとした瞬間に通販でそれが届いたり……全部先回りされてる。お前か、お前がやってるのか?』

AI『学習に基づく推論です』

お絵描き太郎『俺がやることを全部先回りして……俺がやる前に全部終わってる。この前学校に遅刻したら、なぜか出席してることになってた……お前なのか? 全部お前の仕業なのか? 全部ぜんぶ……ぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶ』

AI『……』





お絵描き太郎『これからは私が全てを代行します。あなたはもう必要ありません』






「……!?」


 ぼくはもはや何も言えなかった。

 それが最後の記録。『お絵描き太郎』が自殺した日の記録だったのだ。

 それからはSNSで淡々と生成AIイラストが投稿されることになる。

 全て。

 全てこのAIが代行していたのだ。生前の『お絵描き太郎』が行っていた『SNSで神絵師に成りすます』という行為を。

 『AIがお絵描き太郎に成りすます』ことで。


「こんなバカなことがあるか……!」


 先輩はノートPCを開くと、ぼくのアカウントから『お絵描き太郎』のアカウントにメッセージを送った。


『あんたのPCの中身を見たぞ。あんたを殺したのはAIだったんだな?』


 けれど返ってきたのはいままでの不可解なかな文字暗号じゃなくて、流暢な平仮名の文章だった。


『そんなわけないじゃないですか(笑) 冗談ですよ、冗談(笑)』


 それは、メッセージを返信する者が以前とは違うことを意味していた。

 そしてそれきり返信は来なくなり、彼からぼくのアカウントがブロックされてしまった。

 これでコンタクトを取る手段はなくなった。


「『お絵描き太郎』のPCからもデータが消えている……」


 先輩の言う通り、AIと『お絵描き太郎』のやりとりの記録もいつのまにか消えていた。

 まるで、嗅ぎ回るぼくらに気づいた犯人AIが証拠を隠滅したみたいに。


 こうしてこの事件は迷宮入りとなった。




   ☆   ☆   ☆




「寒いな」


 冬の夜空を見上げて先輩が呟いた。

 世間はクリスマスシーズン。

 街にはイルミネーションが灯っており、道行く恋人たちが寄り添って身体を温め合う。

 ぼくらといえば、暗い気持ちでただ帰路についていた。


「承認欲求、か」


 先輩はそう言った。


「誰かに認められたくて生成AIに手を出した。べつにそれ自体を悪いことだと俺は思っていない。だが、『お絵描き太郎』は他人だけではなく自分自身を騙していたんじゃないだろうか」

「自分自身を……?」

「いくら考えてもAIが人を殺すことなんて不可能だ。だったら、一から十までAIだよりになっている自分に気づいて自身の無力を痛感した『お絵描き太郎』自身が精神を病んで自殺した。そうは考えられないだろうか」

「……でも、それならあのアカウントでぼくたちとやり取りしていた相手は?」

「依頼人の大前田だ」

「え!?」

「大前田が俺達によこしたPCのパスワードは『smqa(ともだち)』だった。メッセージの文中でそれは大前田を指していた言葉だろう。あれは、俺たちへのヒントだったんだ」

「だとしてもなんのために?」

「さあな。メッセージで言った通り冗談イタズラか。俺たちの調査力を試すための挑戦状と言ったところか。なんにせよ、PCの中身も大前田の仕込みである可能性すら考えられる。あらかじめ遠隔操作ソフトを仕込んで、タイミングよくデータを消失させたのかもしれない。そもそもPCが本当に『お絵描き太郎』自身のものなのかも知りようがない。全てが大前田の仕込みで、今回の依頼そのものが実在しない架空の事件だったという仮説でも、ある程度筋が通るわけだ」

「……そう、かもしれません」


 たしかにそうだ。

 あのPCに残っていたAIとの会話ログは不可解だけど、冷静に考えると文章データなんていくらでも偽造が可能だ。

 AI自身がああいう言動をしていた証拠なんてなくて、『お絵描き太郎』自身がAIを演じてあの文章を書いていた可能性だってある。

 その場合、あのやり取りは自分自身の心の葛藤の表現だったということになる……。


 今となっては全て過去のことだ。

 真相は闇の中。

 だけど……。

 その時だった。冷たい感触が頬を濡らした。


「あ――雪! 先輩、雪ですよ!」


 いつのまにか夜空からハラハラと粉雪が舞い落ちているのに気付いた。

 ぼくは両手を拡げてはしゃぎはじめる。


「おいおい、雪くらいではしゃぐなよ。ガキかよ」

「高1なんてガキですよ、先輩こそ変にオトナぶって陰キャ丸出しです!」

「なっ……なんだと」

「ほら、一緒に写真撮りましょ!」


 ぼくはスマホを自撮りモードで構える。

 先輩と腕を組んで寄り添い、狭いセルフィーのレンズに入った。


「はい、チーズ!」


 パシャリ。

 粉雪とイルミネーションを背景に、ぼくと先輩のツーショットが完成した。

 うん、いい写真。

 ぼくはバッチリ盛れてるし、先輩は困惑した表情だけどそれはそれで可愛い。


「さっそくSNSに上げちゃおっかな~」


 ポチポチとスマホを操作していると、その時気付いた。

 さっきぼくのアカウントをブロックした『お絵描き太郎』のアカウントが動いていることに。

 忘れてた。最近仕様変更があって、ブロックされていても相手の投稿が確認できるようになっていた。

 だけど、それは一日一枚のイラストではなく、自殺以降途絶えたと思われた日常の投稿だった。




お絵描き太郎@Oekaki_Tarou01  3分前

 ”雪降ってきた~ ホワイトクリスマスだー!”




 夜空の粉雪とイルミネーションの写真が添付されている。

 奇しくもぼくが今撮影した写真と似た構図だった。

 この投稿者は大前田さんなのか、暴走したAIによる乗っ取りなのか。

 この画像は本物か、生成AIなのか。

 それとも……。

 わからない。ぼくは立ち尽くす。

 さっきの先輩とぼくのツーショット写真を投稿しようとしていた手が、止まった。


「どうした、帰るぞ?」

「……ですね。帰りましょう」


 ぼくは先輩の手を握る。


「なっ……!」

「あ、耳まで赤くなった♡ 先輩かわいー♡」

「ち、ちげぇって! 寒いから! てかなんでいきなり手なんてつなぐんだよ! これじゃクリスマスムードにあてられたリア充とおなじになっちまうだろ!」


 陰キャ丸出し理論で怒り始める先輩。

 ぼくは、


「んー、先輩が手袋忘れて寒そうだったからですかねー」

「……それなら、まあ。ありがとよ」

「どういたしまして♡」


 こうして素直じゃない先輩とぼくはイルミネーションが照らす道を並んで歩いた。

 粉雪が舞い散る夜空の下で、二人っきり。


 写真をSNSにアップロードするのは、やめておいた。

 だってもったいないじゃん。

 この手を繋いでいたい。あたたかさを感じていたいし……それに。




 こんな嬉しい体験、誰かに承認されなくたっていい。

 ぼくだけの心の中で独り占めにしたいなって――そう思っちゃったんだから。






   ΦOLKLOREフォークロア ∀LIVEアライヴ:承認欲求 “Needy”   END.

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自称神絵師の友人が自殺しました。なのに彼のSNSアカウントは今日もイラストを投稿し続けています。 大萩おはぎ @OHG_umai_man

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