第5話 地下帝国生活、始まる(始まりません)
どうやら安心したのか気を失ってしまったようだ。
なるべく急ごう。
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やっと着いた……めちゃくちゃきつい。
俺は汗だくでカイルを呼んだ。
「父さん!」
「あっ、やっと帰ってき……その子どうしたの!?」
カイルは何やら本を読んでいたようだ。
だが、俺の腕の中にあるものを見て驚いた表情を浮かべ、駆け寄ってくる。
「道で倒れてたんです。助けてあげられませんか?」
「えっ?どういう事?」
「俺もよくわかんないんですけど、とりあえず助けて欲しいです」
無理矢理過ぎたか?
いや、カイルはんなら何とかしてくれるだろう。
「うーん」
カイルはなぜか助けるのを渋っているようだ。
顎に手をやって深く考えている。
何を悩むんだろう。
カイルなら魔法でちょちょいのちょいだろ。
「なんでですか! 治癒魔法とかがあるんじゃないんですか!」
思わず強く言ってしまった。
「あるにはあるんだけど、中級のスクロールがあと一つしかないんだ。いざという時のために取っておいたものなんだよ」
まじか。カイルでも一つしか持ってないのかよ。
だが、ここは譲れない。
俺は負けじと食い下がり、血気迫る表情で頭を下げた。
「お願いします!使わせてください!」
カイルは無表情で問いかけてくる。
「……どうしてそこまで助けたいの?」
そりゃあハーレムを作りたいから!
とか言ったら殺されるな……
都合の良さそうな建前でも言っとくか。
「人を助けるのに理由は要りますか!」
おお、我ながら良いセリフだ。
名言ぽい。
「……ハリー、君は良い子に育ったね。よし、じゃあいつか返すことを条件に使わしてあげる」
カイルは肩をすくめ、仕方がないと言った様子で俺に治癒魔法のスクロールを体のどこからか取り出し、渡してきた。
「ありがとうございます!」
よっしゃ。
これが演技派ハルタート様の実力じゃい。
時々思うけどカイルって結構ちょろいな。
いつか詐欺とかに遭いそうだ。
「これに魔力を流せば使えるよ」
「わかりました」
スクロールは魔力を流すだけで誰でも使用する事ができる。
詠唱を省けるので戦争などで多く使われていた。
現代でも重宝されているが、昔よりも戦いが減り、魔法が衰えて行ったことで製造できる人がほぼいない。
詠唱が忘れられてしまったこともあり、治癒魔法のスクロールはとても高価である。
歴史の本に書いてあった。
「よし……」
気を取り直して、スクロールに魔力を流し込むと俺の手が淡く緑に光り出した。
その時、俺はなぜかわからないがこう思う。
「この手で怪我をしている部分に触れれば治る」と。
半ば吸い込まれるようにして彼女の足に触れた。
すると、あっという間に足が元の形に戻っていく。
おお、すげえな。どんどん治っていく。
彼女は、辛そうな顔をしていたが少し表情が柔らかくなった。
もう大丈夫だろう。
「で、この子どうするの?」
カイルが徐に尋ねてきた。
そりゃあ決まってる。
「うちに連れて帰ります」
だがカイルは少し困ったような顔をしている。
「僕はいいけど……母さんがダメって言うと思うよ? ちゃんと説得できる?」
「説得して見せます」
「……わかった。僕は一切口を出さないからね」
「はい」
俺はレスバでは負けた事がない。
絶対に勝ってやる。
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「で、連れて帰ってきたわけね」
一階のリビングにて一つのテーブルを、クライン一家全員で囲んでいる。
悪の組織みたいだな。
「どうかうちに置いてもらえませんか?」
「ダメに決まってるでしょ」
「お願いします! 人助けだと思って!」
俺のハーレムの為にも!
「こっちに利益がないわ。そんな子をどうしろって言うの?」
こっちの世界は無償で何かをする、という事がまずない。
カイルが村の人の問題を解決するときも必ず対価をもらっていた。
何かをする時は必ずそこに「意味」がなければいけない。
日本とは真反対だ。
「じゃあ雇うじゃダメなんですか? 何かに使えるはずです」
「無理よ」
くっそケチくさいな。
反抗期来ちゃうぞ。
クソババアとか言っちゃうぞ。
あっ!やばい!来てます来てます!反抗期来てます!
すると、いきなり廊下から声がした。
「あ……あの……」
彼女だ。
二階の俺の部屋で寝かしていたんだが、起きてたのか。
全く気づかなかった。
次の瞬間、俺は顔をしかめざるを得なかった。
何と彼女は土下座をしたのだ。
彼女は泣きそうになりながらも、言葉を絞り出す。
「私は行くところがありません……家事全般ができます……言われたら何でもやります……殴られても良いです……なので、置いてくれませんか?」
見ていて辛くなる。
こんな小さな子供が土下座をして、人に救いを乞うのだ。
それほどこの世界は残酷で無慈悲だ。
「お願いします……」
「……ごめんなさい。雇うことはできないわ」
アストレアは辛そうな表情をして言い放った。
お前も辛そうじゃねえか。
なんでそこまで助けてあげないんだ?
彼女は顔を上げた。
虚な目をしている。
「……わかりました。ここまでよくしてもらってありがとうございました」
そう言って立ち上がり、出口へと向かっていった。
いやだ。
くそっ。どうしよう。何かないのか。
今までは下心もあったが、もうない。
この子を助けたい一心で考える。
だって、あまりにも可哀想だ。
……そうだ!
「じゃあ、俺が雇います!」
アストレアも彼女もびっくりしている。
表情を今まで変えなかったカイルもだ。
「……どこにそんなお金があるの? それにあなたは子供よ?」
アストレアはすぐに表情を戻し、俺に問いかけた。
だが、ここは負けられない。
「関係ありません。母さん、あなたから借金します」
俺は立て続けに主張する。
「僕は上級までの魔法が無詠唱で全系統使えます。何かしらに使えるはずです。父さんから聞きました。僕ほどの魔法使いは全体の二割程度だって」
アストレアはカイルをチラ見して、すぐに俺の方に視線を戻す。
「……自分の子供だからって優遇したりしないわよ」
「それでもです」
頼む。
これで無理だったら俺もどうもできん。
お願いだ……!
アストレアは少し考え込んだ後、口を開く。
「……負けたわ。いいでしょう。この子がうちにいることを許可します」
よっしゃあ! やっぱ俺なんですわ。
歓声が聞こえてくるぜ。
「……はい!」
「うっ……うわああああん」
すると、彼女が急に泣き出して抱きついてきた。
うおっ。急にどした。
「ああああ……ぐすっ……ひぐっ」
そのまま押し倒されてしまった。
あふん。
そんな、ダメよこんなところで。
「ありがとう……ございます……」
……そうだよな。
彼女もまだ子供だ。
さっきのがおかしいだけでこれが普通の反応だよな。
頭をぽんぽんと撫でてやると、さらに一層抱きしめる力が強くなった。
そうして俺は、彼女と暮らすことになった。
……いやまあ良い雰囲気出してるけどこれから借金生活始まるんだけどね。
さっきは勢いで言っちゃったけどこれからどうしようか。
優遇してくれないって言ってたよな……
うぅ……でも悔いはないからな……
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