第6話 綺麗

 私は生きたいと願ったことはない。


 生まれた時から誰からも必要とされなかった。

 この世になぜ「生」があるのか。

 どうしてこんなにも残酷なのか。


「生」なんて無ければ良かった。


 そう思っていた。




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 私はどこで生まれたのかすらわからない。


 母や父の記憶もない。


 どうやって育ったのかすら覚えていない。


 物心がついて、最初の記憶は石を投げつけられている記憶だ。


 「気持ち悪い」「死ね」「出ていけ」


 そんな言葉を浴びせられながら育った。

 いや、これよりも酷かったと思う。


 私は黒の髪と緑の目という、この世界ではとても珍しい特徴を持っていたようだ。


 だが、珍しいからといって優遇されたり、人より優れていたりするわけじゃない。


 むしろその逆だ。


 緑の目は不幸や恐怖の象徴とされ、生まれてはいけない存在だった。




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 次に有る記憶は、奴隷市場を転々としていた事だ。


 奴隷市場で売られ、買ってもらったと思えば、私の目を見た瞬間に殴られ、罵られ挙げ句の果てには捨てられる。


 そしてまた拾われてまた捨てられ、奴隷市場に戻る。


 そんな生活を……いや、生活とは言えない。


 そんなふうに「生」を体験していた。


「生」とは残酷で最悪で生まれない方がよかったものなのだ、と。




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 そんな私の人生に、転機が訪れた。


 ある日、とある貴族に私は買われた。


 生きている途中で気づいた事がある。

 私はどうやら顔が良いらしい。

 

 だからこそ、何度も買われる。


 私も馬鹿ではない。

 目を開けると捨てられてしまうから、盲目と偽り、買われてからも目を閉じていた。


 だが、気づかれてしまった。


 帰りの馬車の中、ほんの一瞬気が緩み目を開いてしまった。


 その瞬間、やはり罵声を浴びせ、殴り、馬車の外に放り出した。


 地面に叩きつけられた衝撃で足が折れてしまった。

 さらに頭を打ち、意識がぼんやりしている。


 もう歩くことはできない。


 このままでは誰も助けてはくれないだろう。

 こんなところに滅多に人は通らない。


 嗚呼、私はここで死ぬんだな。


 そう悟った。


 その瞬間、私は泣いた。


 初めてのことだ。涙を流すなんて。

 自分でも驚いた。


 なんのために生まれてきたのか。

 どうして私を生んだのか。

 何故こんな辛い目に遭わなければいけないのか。


 涙を流したって意味はないとわかっていたが、涙は止まらなかった。


「なんでよ……なんで私がこんな目に……」


 幸せになってみたい。

 人並みの生活を送ってみたい。


「いやだよぉ……死にたくない……」


 人を好きになってみたい。

 美味しいご飯を食べたい。


 だが、もう何もかもが手遅れだった。

 もう、どうしようもない。


 だが、無駄だと分かっていても願わずにはいられなかった。

 私は絞り出すように願った。


「助け……て」


 その願いが通じたのかわからない。


 奇跡が起きた。


 人がいたのだ。

 こんなところに、人が。


 見たところ4、5歳くらいの見た目をしている。


 なんだ子供か。

 そう落胆する、なんてことはなかった。


 人が来てくれただけで嬉しかった。

 それだけで救われた気がした。


 嬉しさから、私は少年の方へ目を向けた。


 目があった。


 やってしまった。

 目を見られたら見捨てられてしまう。


 必死に言い訳を考えた。

 何か、何か無いか。


 何も思いつかなかった。


 終わった。

 結局、私はこの目のせいで死ぬのだ。

 絶望し、また泣きそうになる。


 だが、少年は私の予想と反した行動を取った。


 そのまま私を抱えて森の中を走っているのだ。


 必死で、汗だくになりながら。


 意味がわからなかった。

 目を見ても何も思わないのか。

 何故助けてくれるのか。


 困惑する私なんてお構いなしに少年は走り続ける。


 生きていて、初めて「優しさ」に触れた。


 とても暖かくて心地よい。


 その初めての感覚に安心し切ってそのまま気を失ってしまった。




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 次に目が醒めたのは、さっきの少年と男の人がなにやら口論しているところだった。


 どうやら私に治癒魔法のスクロールを使用するか否かで言い合いをしているようだった。


 勿論、私は拒否しようとした。


 そんな高価なもの使わないでください。

 私はお金を持ってません。

 絶対に返せません。


 そう言おうとしたが、次の少年の言葉に驚愕した。


「人を助けるのに理由は要りますか!」


 一瞬、何を言っているのかわからなかった。


 この少年は理由もなしに見ず知らずの私を助けようと言うのだ。


 この少年は何故人にここまで優しく出来るのだろうか。

 そう疑わずにはいられなかった。


 私はまた、気を失ってしまった。




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 次に目が醒めた時、私は見知らぬ天井を見つめていた。


 恐らく、さっきの少年の部屋なのだろう。

 匂いが同じだ。


 ここは二階のようで、下から声が聞こえる。


 どうやら本当にスクロールを使用したようだ。

 足が治っている。


 お礼を言おうと思い、部屋から出て階段を降りた。


 リビングだと思われる部屋を覗くと、少年とさっきの男、知らない女がいた。


 恐らく、三人家族なのだろう。


 少年は私を家に置いてもらえるように奮闘しているようだった。


 どこまで聖人なのだろうか。

 こんな人、この世界に存在していたのかと存在自体を疑った。


 それと同時に私は感じた。

 

 あの少年に任せっきりでは駄目だ。

 これは私がなんとかしなければいけない問題だと。


 そうして、私は勇気を振り絞り、話の輪に入った。


 私は自分の有用性を貧相なボキャブラリーで必死に説明した。


 だが、結局断られてしまった。


 恐らく私の目の所為だろう。

 

 父と母かと思われる二人は私の目を見て驚いていた。

 少年が特別なだけで、これが普通の反応なのだ。


 なんでこんな目に生まれてしまったのだろう。

 泣きたくなる気持ちを堪えた。

 私は諦め、出て行こうとした。


 だが、またもや少年は私の予想を裏切った。

 なんと少年は私を雇うと言ったのだ。

 母から借金をしてまでだ。


 結果、私はこの家にいる事を許可された。


 私は泣いて少年に抱きついてしまった。


 自分がどれだけ無礼な事をしているのかわかっている。

 だが、そうせずにはいられなかった。


 その時、私は思った。

 この人に尽くすために、今まで生かされてきたのだと。


 私はこの人の為だけに生きる、と━━




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 とりあえず俺の部屋で寝泊まりする事となった。

 今日はもう遅いから寝ろとのことだ。


 こんな狭いベッドで二人で寝ろって……

 さいこーです。ありがとうございます。


「お名前はなんと言うのですか?」


「え? 俺ですか?」


「はい」


「俺はハルタートと言います。好きに呼んでください」


「わかりました。ハルタート様。これからはハルタート様の所有物です。好きにお使いください」


 おっと、その発言はかなりやっべえぞ。

 あんなことやこんな事しちゃうぞ。


「そっち系のこともしていいんですか?」


 冗談で言ってみた。


「勿論です!」


 え?本気で言ってんの?


 あっまずい。理性ががが。

 いや、駄目だ。

 理性を保て。こんな子とするなんて。

 うぐぐ……押し倒してぇ~。


 はっ。名前を聞いてなかった。


「名前を聞いてませんでした。なんて呼べばいいですか?」


 ちょっと早口になってしまった。


「私は名前がないので好きにお呼びください」


 名前がないって、どんな生活をしてきたんだ……

 あんなところで足折れて倒れてたってことは相当だよな……


 まあいっか!可愛いしね!


 やはり可愛い……!!

 可愛いは全てを解決する……!!


 にしても名前か……

 俺ネーミングセンス皆無なんだよなぁ。

 ちょっと日本寄りにするか。


「じゃあ……エナ。今日から君の名前はエナです」


 捻りなさすぎか……?


「わかりました!」


 よかった。めちゃくちゃ嬉しそう。

 いやまあ、この子俺の一挙手一投足全てに嬉しそうにするけど。


 目を見つめてみた。

 するとすぐに目を逸らしてしまう。


「なんで目を逸らすんですか?」


「こんな汚い目ハルタート様が見たらお気を煩わしてしまうかと思って……」


 汚い目?

 確かにこの世界ではあまり見たことのない色をしているが……


「エナの目はとても綺麗ですよ?」


 するとエナは俯いてフルフルと震え出した。


 ん?なんか黙っちゃった。

 えもしかして地雷だった?

 やばいやばいどうしようなんていえばいいんだ。


「ううああああああん」


 また泣き出しちゃった。

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