砂時計の落ちる粒を数えたら

Cランク治療薬

砂時計の落ちる粒を数えたら

進藤あらたはその生命体が炭化していくのを視界から外し、ベルトコンベアのついた試験管に備え付けられた端末をスリープから解除した。


「ざまあ、良し。悪役令嬢も良し。俺TUEEEもだなんだ21世紀のテンプレも捨てたものではないな」


進藤新は小気味よくキーボードを走らせ今日のライフログを分析する。心音パルスも60から80で安定しており、ざまあ回とエロサービスシーンで毎度その波形が乱れるのを見て、ホムンクルスに人間の情欲が理解できるものかと小首を傾げた。


「進藤今日もキルタイムスコア97%かよ、えげつねえな」


白衣を着たやかん24時の感嘆めいた世辞を真空トイレで物を神隠しするかのように海馬から追い出すと仕事着である自分の白衣のズレが気になり、襟に指を這わすとヨレを正しながら言った。


「ホムンクルスは人間よりもオツムが単純だからな、分かりやすく平易に書き殴ってやればいいんだよ、物量だよ、物量、タイプで殴るんだ死ぬまでね」

「でもよ俺もこのペンネームを与えられて大分立つけどお前ほど幸せに殺してるやつはいないって」

相変わらずこのやかんはピーピー慣れ慣れしいなと思いつつ口には出さずに言う。


「カクヨムコンで受賞したからな、まあその辺りは下積みが違うさ」

「へえ、じゃあ受賞作なんていうんだ? 何回目のだ?」

「マキャベリには出てこないぞ124回目だからな」

「あーあマキャベリなんて独立したネットワーク環境がなければ読んで参考にするのになー」

「おい次のノルマが来たぞ予約投稿したのか?」

「俺の凡作はAIからくる無限のアイデアとその実行力にある」

「物語の体裁整ってないけどな、やはり手打ちの物量じゃないと……」


 ベルトコンベアに寝そべるホムンクルスの手がプロローグの次で止まった。周りを伺い透明な隔壁のようなガラスに閉じ込められていることに気づき悲嘆の声を放つ。バンバンバンと試験管の中で生まれたばかりのホムンクルスが両の手を叩きつける。ベルトコンベアが動き出しよろけたホムンクルスは再び立ち上がることなくその終点の溶鉱炉を思わせる処理施設へ放り投げられる。音がしないが悲鳴が聞こえた気がした。


「失敗失敗。まあ失敗は成功の母ってな、なーにまた作ればいいし」

「でも苦しんだ」

「なになーに? ホムンクルスちゃんに同情でもした? 感傷的なの? それが秘訣なの? 幸せにホムンクルスを殺すバイブルぅ?」

「嫌にならないのか毎日毎日こんな人殺しのような」

「再生産されるだけじゃん。ホムンクルス生まれる、消費される、燃やされる。燃やした有機物でまたホムンクルスを生む。何を悩む必要あるよ?」

「だからつまらない小説しか書けないんだな」

「はっ書けないんじゃない。書かないんだよ。書いたって誰に認められる訳でもない。こんな閉ざされた空間で毎日同じ事。真面目にやってもやらなくても、だ。毎日同じ事、だったら好きにするわな」

「俺たちはホムンクルスに現実を直視させずライトノベルを読ませ幸せにすることが仕事だ」

可処分時間削減得点キルタイムスコアかそれを上げて何が変わったよ? 俺たちはこいつらホムンクルスと何が違う? 毎日書いて読ませて殺して……俺たちもこの研究所から出られねえじゃねえか」


 そうなのだ。着るものも毎日個室に新品の白衣が届く、味気ないが栄養は足りてそうな固形食料で俺たちは生かされていた。することもないので提示されたタスクをこなしているがそれも正気を保つためやっている。俺は元々ウェブ小説投稿をやっていた。人を夢中にさせることは好きだ。それは今はホムンクルスを夢中にさせることに切り替わっただけ。ホムンクルス生を何割削ったかによって報酬が払われる。払われた報酬はポイントとして使え、食べたいちょっと手の込んだものや身の回りのものと交換できる。だがそれだけだ。

やかん24時が炎に巻かれていくホムンクルスを見て指をさし笑っていた。

何もわからず生きて、いつの間にか殺される。俺はこのホムンクルスと同じではないか? 俺と何が違う? 思わずやかんを押しのけ試験管を叩く。拳を振るった。変な音がしたが試験管には罅すら入らない。


「ちっくしょう」


 研究室正面にある閉ざされた扉を思いっきり蹴たぐる。

 うしろでやかんが笑う声が耳障りにがんがん脳内に響く。


「出せっ出せっ出せここから出せっ」


 機敏な方の全自動ロボットの警備兵がやってくる。警告音とともに室内にガスが満たされていく。意識が遠のく、すがるようにホムンクルスのように俺はドアを叩き続けた。



 俺はただのウェブ小説家だった。第124回カクヨムコンで入賞して嬉しさのあまり契約書に眼を通さず。書類に印鑑を押したのが間違いだったのだろう。薄暗いビルのやけに豪華な応接室で落ち着かなく俺が印鑑を押したのを見届けた出版社の社員はガスマスクを被り、なにやら合図を送ると部屋が施錠されたような音がした。その社員はバッグからスプレーのような物を取り出し俺に噴射した。疑問を発する時には天井が右目の奥に見えていて、何かに巻き込まれたらしいとその時気づいた。次に意識を取り戻した時には全身が拘束され目隠しもされていた。Gを感じて空を飛んでいる感覚があったので、ここは恐らく日本ではないだろう。我が身の輸送が終わり、拘束を解かれた時、目の前にはSFのようなロボットがいた。遠隔操作かとも考えたがAIで自立していると考えた方がいいのかもしれない。もっさりとした動作で動く。人が操作しているなら、進行方向に進むのを阻害した時に停止させたり、迂回路をとってもいいだろう。そうだ何に似ているかと言えばお掃除ロボットだ。それが数少ない私たち人間の生活を円滑にするべくサポートしていた。精神病棟を思わせる無機質な白を基調とした個人部屋を出ると実験室と言うべきホムンクルス達の試験管が中心にあるサーバー室のようなコンピューターを囲む感じで34個並んでいた。試験管はひとつ全長50mにもなり、処理施設と成型施設がついていた為、試験管を含む円環は陸上競技場のトラックのような大きさとなっていた。全ては稼働していなかったが、ここにいた30人は何らかの創作経験者が集められ、ホムンクルスをいかに殺すかの日々のタスクを提示されていた。集められた人間の中にアメリカの映画監督と韓国のウェブトゥーンの漫画家はいたが、プロはそのふたりだけで、あとは何の実績もない。有名でもない人ばかりだった。


「またここか」


 初めにこの実験施設に連れられてきた時の拘束室だ。ペナルティを終えるまで軟禁状態だろう。悪態を叫び疲れて目を閉じた時、俺が叩いた出入り口があるあたりで爆発音が響いてきた。暖かい隙間風が流れ込んで思わず眼を見開く。警報が鳴り響く俺の他にも馬鹿をしたやつがいたらしい。


「爆発物なんて用意できるやついたか?」


 何十にも足を踏みならす音がする。扉が開き、目の前を思わずハリウッドかよといいたくなるような甲冑の一団が横切る。背が周りより低いひとりがこちらにきて、拘束具をレーザービームみたいなので焼き切る。


「ここにもいたぞーっ! 拘束されていた! 大丈夫か……歩けるな? 来いっ」


 女性であることに意外に思ったが、その若い女の清涼剤のような声が身に沁みた。


 銃を渡され、「使い方はわかるな?」と念を押されたが、トリガーを引く以外にあるのだろうか。女性の肩越しにロボットが暴徒鎮圧用のスタンガンを振りかぶっていたので、咄嗟に引き金を引く。


 音を置き去りにしたような光線が出てロボットが上半身を半分なくし崩れ落ちる。


「セーフティとかないのか」

「ふっ、そのおかげで助かったよ、ありがとう私はジュディス。ジュディス・ニクソン・コリンズだ。ジュディと呼んでくれ」

「あらただ。進藤新。また寝にくい日々を過ごすところだった。助かったよ」

「助かったというには安全な場所に行ってからだな、行くぞ、ついてこい。仲間と合流する」


 広大な研究所を抜けだし、街を裏道から裏道へ抜け、小高い丘に登る。兵士達が誰からともなく装備を脱ぎ出す。いつの間にか手を繋いでいた兵士が兜を外す。夕陽に照らされてピンクブロンドのウルフカットの美人が輝いて見えた。


「あらた……そんなに見つめられると、いくら女っぽくない私でも照れるぞ」

「そんなことはない……すごい綺麗で……驚いた」

「それはどういう」


 顔に朱が入ったジュディスを呼ぶ声が聞こえた。


「ジュディース!! U57区も違った。俺たちはどこへ行けばいいんだ!」

「マッケンローそんなもん自分で考えろ!! 今回がインフラ設備じゃなきゃ本当にお手上げだ。だが一つ潰した。そうだろう?」

「確かにそうだ。もう一度電力消費量の高い施設をピックアップし直す。待ってろ」


 大柄な男が吼えるようにして去って行った。


「すまないな……皆気が立ってるんだ。外の世界に行けないから……」


 振り返って夕陽を見て、ジュディの整った小顔の表情を読み解く。困惑を隠そうと言葉を選びながらジュディが言う。


 「この街は封鎖されている」


 見て。と赤い屋根が三連続いている建物をジュディはゆび指した。


「あの建物から先には行けない。目に見えない障壁が上空に伸びているの、反対側はあの青い尖塔が境目。研究所から救いだしたなんて格好つけれたらいいけど私たちもまた囚われている」


 俺は知っているあの赤い屋根の三連は兵舎のはずだ。青い尖塔は不死身の灯台守がいる。だが、そんな。そんな馬鹿な。ぬぐいきれない疑惑が思わず声に出ていた。


「この街は……あり得ない俺が書いた小説の『弓玄の月』に出てくる街だ」

「すごいな……」

「すごい?」

「いや何でもないあらたの……その小説はどういう話なんだ」


「大きな窓から見える景色に囚われたお姫様の話さ。お城の一室から出ることも入ることもできない。ただただ見える光景だけが幸せで拠り所だった姫様は外の世界を眺めて見ることを望んでしまうんだ」

「それで外の世界には何があったんだ?」


 ジュディが俺の肩を強くつかむ。


「何も……何もないんだよ。窓からの景色はお姫様が創り出したものでそれが分かってしまったら外の世界が消えてしまったという話だ」

「そうか……」


 ジュディの眼が不安に揺れた。恐れを払いのけるようにカンテラに火を灯し、地図を広げる。


「ちょっと待ってくれ、その姫様がいるというのはどの建物だ」


 お城というにはこじんまりとした。愛らしい箱庭。うす紫色の屋根が特徴で建物には不釣り合いな大きな出窓。その方向に目をやると。何者かと眼が合った気がした。


「この地図でいうT27区か……マッケンローと話してくる」


 『弓玄の月』は幸せな世界を創造し続ける箱庭日常ものだ。その日常以上の物を望みさえしなければ。

ジュディーとマッケンローが軍人らしき大きな声で話している。


「みなのもの聞けっ、次の目標が決まった。T27区だ。詳細は控えるが要人が匿われている可能性が高い。今からレーションを配布する。英気を養え明日は忙しくなるぞ」



 * * *



「眠れないのか」


 ジュディが俺のそばに座る。距離が近い。


「少し『弓玄の月』について考えていた」

「お姫様が囚われているのだろう」

「小説の話だ」

「あらた……でも私は知っている君の書く小説には救いがあるってことを。絶望としか言えない状態で終わる物語は確かに多い。でも終わりはわずかばかりの希望が残るんだ。だから……私は好きだな」


 ぼそぼそとジュディは呟くとなんでもないと言って話を打ち切った。


「手……震えているな」


 俺の震える手にジュディの手が重ねられる。くすぐったい暖かさが伝わるが嫌ではなかった。むしろ心地良い。


「何をそんなに怯えている」


 ジュディが両の手で右手の震えを優しく包み込んだ。


「お城があるところには何かがあるのだろう。でもそれより俺は障壁があるという赤い屋根の三連兵舎や灯台守のいる青い尖塔が怖い。『弓玄の月』には外の話は書いていないんだ。それがどうなっているかわかるのが怖い」


 抱きしめられた。ジュディの体温は暖かく。その優しさが伝わってくる。


「君は作家だからな、何も描写していなかった「無」が落ち着かないんだ。きっとな」


 たしかにそういうところはあるかもしれない。


「だが何もないところから何かを創り出すなんて素晴らしいものだ。私は壊すばかりだからな。私にはできないすごいことだ」

「でも、俺を拘束から救ってくれた。研究所から脱出できたのもジュディのおかげだ」

「私でも役に立つことがあるのだな」


 薪の爆ぜる音がする。ジュディと視線が交差した。顔の距離が自然と近づき、ジュディは目を閉じた。


「ジュディース! 明日の件だがな、物資の再配分のため確認がしたい。こっちに来てくれ」

「マッケンローわかった今行く」


 俺の唇にジュディは指を沿わせると話し合いのために去って行った。


 翌日――移動した街には自分の本が並んでいるのが見えた。


 そこには何の実感もなく。どこで製本され出荷されているのか。あれだけ夢見た自分の本が薄気味悪い物に思えた。ホムンクルスを殺した成果が平積みにされた本にあらわれているのだろう。

 小城を取り囲むようにして、合図とともに制圧にのりだす。ジュディやマッケンローの鼓舞の声が響いていた。俺は小説で書いていた間取りを思い出しながら、お姫様のいた部屋にたどり着いた。大きな出窓があり街を見渡せる。内装は俺の書いていた洋風ファンタジーそのものだったが、部屋の中心には異物があり、無機質な研究所で俺が使っていた文字を書き込む機械が備え付けてあった。端末を起動するがロックがかかっている。悩んだが俺の端末で使っていたパスワードを入力すると開いた。嫌な汗が流れる。そこには使い方の知らないアプリとログが自動生成されているフォルダがあって、日付を見ると気が遠くなりそうな立ちくらみを感じた。スクロールしてもしても終わりがない。


「3076年……俺の記憶では2152年のはず」


 どうする。端末には今までのログと4095年という独立したフォルダがあった。

 未来の日付を書かれているアプリを起動すると出窓がモニターのようになり、地球と似通った星が自転しながら、映し出されていた。外の景色が消えた。


「ここを……目指しているのか……何故だ」


 マウスのカーソルが過去の日付の前で止まる。

 ジュディに呼びかけられたからだ。


「あらた、私たちは宇宙にいるのか?」


 青い星と船らしきものそれが軌跡を表す点線で繋がっている。2154年時の計算シミュレーション結果によるとの日付が左上に書かれていた。この図の進む船は当然ながら行き先が地球から離れている。


「あの太陽も空も偽物なのか? 雨は降らない嵐も来ない。ここは偽物なのか。あの障壁の向こう側にはなにもないのか」

「ここに過去と未来のデータがある。未来のデータはここだ。この世界がもしも宇宙船ならここが行き先だ」

「……青い星、地球と似てる」


 ジュディが星をクリックし、その詳細な情報を読み込んでいる。

「なぜ『弓玄の月』の姫様が囚われた場所にあったか考える。姫様は見てはいけないものを見て世界を壊した」

「あらたこれはどう思う、押していいかな」


 ジュディが航路シミュレーションというアプリの再計算ボタンの前にカーソルを置いていた。


「航路シミュレーションの最終確認日が2154年9月13日15:43。今は本当は何年なんだ。

あの姫様は見てはいけないものを見て滅んだ。これがそれなのか。見てはいけないもの……」


 ジュディの冷たい手をとり、無言で頷くと、俺はクリックして航路シミュレーションを起動させた。街に不釣り合いな警報が何層にも響いて不協和音を奏でる。出窓から青い星が消える。代わりに出たのは周りの星を呑み込んでいくブラックホールとそれの重力に囚われて引きずり込まれているこの船の航路だった。

「航路シミュレーションの最終確認日が3587年になっている……今は2202年じゃないの?」


 泣き叫びそうな声でジュディが叫ぶ。


「昨日の日付のログファイルを開いてみてくれ」

「昨日って2202年?」

「いや、航路シミュレーションで出た3587年の……そうその日付だ」


 昨日の……このコンピュータによればの昨日のログには、研究所を破壊されたことの文章、画像、映像

が残されていた。ジュディに救出される俺の映像がモニターに映し出された。


「これが知ってはいけなかったことだったのか」


 ジュディがカーソルをブレさせながら2202年のフォルダを開こうとしていた。


「やめろ……やめるんだジュディ。大事なのは未来だ。過去じゃない。今と未来が大事なんだ……必要なら過去もいいだろう。だが足枷となるだけの過去なら」


 ジュディを引き寄せ、強く抱きしめた。俺とジュディは同じ年代を生きていい存在じゃない。こうなっている理由はログを開けば何かは分かるだろう。でも、その何かは見てはいけない。俺の直感がそう言っている。

今の時代が3587年。これはまじか。コールドスリープしていた? いや、記憶を植えつけられている? クローンか。いずれにしてもロクな事にならない。


「ジュディ……いいね。これを開くのはやめておこう。削除……するよ」

「うん」


 俺とジュディは抱き合ったまま、過去のログが削除されていくのを眺めていた。



 青い惑星は3光年先に


 今はもう2光年たった?


 だがその航路はブラックホールに囚われていて。


 俺たちは何世代後かに破滅する。


「これじゃあ俺たちはホムンクルスじゃないか」

「ホムンクルス?」

「俺は戻らないと……ジュディはマッケンローに事情を説明してくれ」


 研究所に戻る途中で本屋に立ち寄った。俺の書いた本を手に取って買ってくれる人がいる。や行にひっそりとやかん24時が並んでいて俺は笑った。


「戻らないと……書かないと……」


 俺は来た道をひとり戻っていった。




 * * *




「U57区……ここじゃないかと思った」


 ジュディが心配そうな眼で俺をみる。なんだその眼は。やめてくれ。


 試験管でホムンクルスが助けを求めて自身の喉を掻きむしって、ベルトコンベアの流れに逆らって歩み出す。それでもベルトコンベアの流れには勝てなくて……悲痛な表情を浮かべ処理された。


「このオチじゃ駄目だ。俺たちはホムンクルスじゃない。現実を直視して、立ち向かう。そういう気力を与えられるものを書かないと」


 何も言わずジュディが立っている。


「この事実を広める……広めて…………何になる」


 俺に近づくジュディに思わず後ずさりをした。


「だが俺には俺に出来る方法なんてこれしか……」

「大丈夫……大丈夫だから」

「ああ、俺は大丈夫だ。この街も作ったんだ。世界のひとつやふたつ救ってみせるさ」


 悲しさ、怒り、むなしさ、そういったものが頭の中で試験管を叩くホムンクルスのように暴れまくっていた。

「大丈夫なら……なんで泣いているの?」

「え?」


 試験管に映る歪んだ男が眼から涙を流していたのを見て唖然とする。


「俺は……俺は」

「大丈夫だよ、もう大丈夫。大きく息を吸って」


 嗚咽で声にならなかった俺にジュディが抱きしめ額を合わせる。


「君はもうひとりじゃないんだよ」


 貪るようにキスをして、ジュディの身を包むものを邪魔だと脱がしていく。今はただ、ジュディと俺との間にあるものがただ邪魔だった。


「ジュディ」

「来て……」


 ホムンクルス処理施設の熱量に負けないぐらい俺たちは肌を重ね合わせた。


* * *



「コンソールエネルギー貯蔵率はなんだ? 第73区のイオンエンジンを逆噴射して。だが失敗するともう取り返しがつかないぞ。おお、お前か。もう大丈夫か」

「あの時は取り乱しててね。ジュディに救われたよ。マッケンロー宇宙船の向きを変えられそうか」

「ほうジュディと」


 ジュディが真っ赤になって顔を伏せていた。


「あらた……惑星移住船の住民に今までどおり幸せなふりして暮らさせているな」

「マッケンロー今日はそのことで話しに来たんだ。……これでは駄目だと思う」

「それはどういう意味だ?」

「限られた人だけでなく、全員が全ての情報を知って、現状に抗わなければならないんだと思う」

「狂ったのか! パニックになるぞ」

「大丈夫だその為に俺がいる。真実をフィクションの中に混ぜていく。古来から人間はそうしてきた。そして託すんだ。未来を。真実を伝えて、1人で駄目でも2人で。2人で駄目なら……」

「あっ、今蹴った」


 ジュディが優しげにおなかを撫でていた。


「2人で駄目でも3人でだ」


 マッケンローが額に刻んだ皺をもみほぐした。


「マッケンロー、皆で考えてやるしかないんだ」

「考えておく……」


 ジュディと拳をコツンと重ね合わせた。


 コンソールには未知なる惑se意畫aオくヶ加哉ITぇヰタ。





















――とまあ。こういうストーリーだけど、クライアントから依頼されててさ、可処分時間を削って欲しいって、え? 誰の? ……って君のだよ、君の。すーぱーコンピューターが現政権で君がちょっと邪魔になるかもって、話だから君の可処分時間、削らしてもらったよ。え、違う違う。君は脅威じゃない。君の未来が脅威だったんだ。だから僕の役目はおしまい。何分で読了した? 十何分? うんうんそれで僕は満足だよ。ここには第2、第3の刺客がいるからね。君の選好と嗜好を読んだAIがお勧めの作品を提示し続けるはずだ。戻れないよ。君はまた別の作品をふっと開いてまた余暇を削る。為政者は万々歳さ。


え? もう一度読んでもいいよ。僕の賞与が上がるからね。やっぱり人生は楽しまないと。だから自分が世界の中にいることを疑問に思わないでよ。これは、僕からのお願い。


君SUGEEからさ



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