第3話 彼女が運命の人か

「降ります」

マドンナの言葉は、扉の上の電光掲示板を目にした直後に出たものだった。マドンナは慌てて荷物を持ち、乗客の合間を縫って、ホームに降りていった。

関野の目の前にぽつんと空いた席ができた。

マドンナが開けた席だった。

迷わず関野は座ろうとした。

しかし、邪魔をする奴が隣にいた。

YAROUだった。

彼は捩じ込むようにして、関野の正面に体を入れてきた。

そしてYAROUはどかっとマドンナの開けた席に座った。彼は関野を睨んでいた。

関野を批判するような目だった。

マドンナの身体に触れやがって。

そう言っているような気がした。


関野は恥じた。

マドンナのためではなくて、自分の席の確保のために、マドンナに触れてしまったことを。

善意を装っていたが、自分のためだった。

自分はやってしまったのだろうか。


正面に座るYAROUは今もまだ、関野を睨んでいた。

電車は、西船橋駅に到着する。

キングオブ乗車数の西船橋駅である。

2位の乗車数を誇る船橋駅のなんと2倍近くな乗車数がある西船橋駅である。

到着し、扉が開くと、かなりの数の客がこれでもか、と車内に入ってきた。

おしくらまんじゅう大会なんてものではない。

もう人間プラス大会である。

人間が人間を押し込み、押し合い、それでも押し込む。都会の怪奇現象の一つと言えるだろう。

身体ごと押し合うのだから、関野がマドンナに指で触れたぐらいなら、全然大したことないようにも思える。

だがそういう問題でもないのだろう。


それから45分後。

関野は憔悴していた。

彼が降りる新宿駅に到着する頃には、身体が悲鳴をあげていた。これまでの連続奪取記録は45で止まることとなった。

同時に充電満タン連続出勤も45で途切れた。

疲労困憊の理由は、単に乗客に押し出され続けたからではなかった。

女性に手を触れてしまったこと、何よりも彼女の降車駅を覚えていて、それを口にして本人に伝えてしまったことで、急に自分が気持ち悪い存在のように思えてしまったのだ。

きっとマドンナは、こう思っているだろう。


--なにあの男。なんで私の降りる駅を知っているの。気持ち悪。ストーカー? 警察に通報でしょ。乗る車両を変えようかな。いや、電車に乗る時間帯ごと変えるか。いや、もはや引っ越すか。だって家まで特定されている可能性もあるし。


ああああああああと関野は自分を呪いたくなった。

YAROUにも同じことを思われているに違いない。彼のことを気持ち悪いだの何だの言ってきたが、これでは人の批判なんて、とてもできないじゃないか!!!!


俺はもう終わりだ。

そう思いながら階段を降りて行った時、ふいに右肩が叩かれた。

振り向くとそこには、まさかのコードネーム"有紗"がいた。

突然の"ライバル"の出現に戸惑った。

あの彼女が、いま目の前にいるのだ。

見事なターンandダウンを披露した有紗が。


彼女は無表情のまま、じっと関野の顔を見つめていた。周りからは階段を忙しなく降りる足音が響いている。

「あんた、やるじゃん。見直したよ」

「え、俺が何かした?」

「さっき、女性を助けていたじゃん。降りるところですよって。なかなかできることじゃないよ」

有紗はそう言うと、小さく微笑んだ。


さっきまでこの世の終わりだと思っていた関野だったが、たったいま、彼の心に春風が吹いた。

半年早い、温かい風だった。

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