第4話 俺の強みとは?彼女を俺のものに!

 本当はずっとこのまま有紗と一緒にいたかったが、関野には仕事というものが待っていた。

 とりあえず、印象良く思ってもらえているならラッキーである。

「男として当たり前のことをしたまでさ。もちろん、君が困った時には僕が駆けつける。それじゃあ」

 関野にとって、あまり言い慣れていない言葉だった。だが、今なら言える。人生で最初で最後になるかもしれないキザな言葉。


 言い終わった直後の有紗の顔を見た。彼女は頬が上がっていた。

 喜んでくれたのだ。俺が十数年間温めてきた、いつか言いたかったフレーズで。

 調子になった俺は、前方を向いて階段を下りながら、右手を挙げて見せた。

 気になる。彼女がどんな顔をしているのかが気になる。

 階段を最後まで下りた時、振り返った。

 もう彼女の姿はないかもしれない。

 そう思ったが、まだそこには有紗の姿があった。

 関野は心の中でガッツポーズした。これは本当に春がきたのかもしれないと。

 思い返せば、じゃあね、とかバイバイ、と言った相手はすぐに俺の目の前から消えていた。どれだけ俺から離れたいんだと思ったこともあった。


 ドラマの中で、恋人の二人がいたとして、彼らのうちの片方がバイバイといっても、二人ともなかなか離れようとしないシーンがあった。

 男がバイバイといった。女もバイバイといった。男は踵を返して前を向いて歩いていく。この時、相手の女はまだ、男の背中を見つめているのだ。歩いている途中で男は振り返る。そして再び女と視線が交錯する。

 もう一度男は歩き始める。また振り返って女と視線を合わせる。

 いつまで立っても前に進まないじゃないかと俺はイライラしたことがあったが、この二人にしか分からない何かがあるのだと当時は思うことにしていた。

 しかし、今になって分かった。

 これなのだ。

 ついに俺にもこの瞬間がきたのだ。

 有紗はもしかすると、俺に惚れているのではないか。いや、その手前のちょっと気になる段階なのかもしれない。


 ふふふふふふふ。気づけば自分でも気持ち悪い笑い声を上げてしまったと思った。

 だがもう大丈夫なのだ。

 ちょうど階段を完全に下りて、改札口に向かっている途中だったからだ。


 気づけば僕はスキップしていた。

 こんなに会社に行く足取りが軽かったのはいつぶりだろうか。いや、恐らく初めてだろう。

 その日の仕事は、所詮仕事だった。

 いつもどおりのルーチンワーク。上司からの叱責。頼りない後輩への指導。

 だがその途中途中で、僕の心の中には顔が浮かんでいた。無論、有紗である。二十五年間生きてきて初めてだった。


 しかし懸念点があった。

 せっかく有紗と距離を詰めることができたが、明日以降、俺はどうしたらいいのだろうか。

 もっと仲良くなりたい。だけど、どうすれば仲良くなれるのだろうか。


 俺は童貞だ。女の子と手を繋いだこともない。

 どんな話をすれば有紗と仲良くなれるのかも分からない。全くもって想像がつかない。

 でも俺は有里と仲良くなりたい。

 帰りの電車の中で同じことをずっと考えていた。

 しかし良い方法は全く思いつかなかった。

 帰りの車内で関野は立っていた。対面の席にはまだ大学生ぐらいの男が座って本を読んでいた。本には就活のコツ、と書かれていた。どうやら就活生らしい。

 俺にもあんな時期があったなと思っていた時、ふと昔の記憶がよぎった。就活の時の苦い記憶だ。


 大学の就活センターの女性職員に面接カードを書き方を相談していたことがあった。住所や学歴、趣味や資格など、自身のプロフィール欄を埋める項目を書いていき、最後のPR箇所に差し掛かった時、俺は狼狽えた。


 俺にPRできるものがあるのだろうかと思ったのだ。

 就活センターの女性職員が言うには、強みはなんですか、と聞いてきた。だが、強みなどなかった。

 悩んだ結果、俺はいった。

 満員電車の車内にて、誰がどこの駅で降りられるかを覚える能力があります。

 はあ? と言われた。女性職員の顔が、片方だけ持ち上がり、苦々しい顔になったのを今でも覚えている。いや、一種の変顔のような顔と言っても良い、人前では絶対見せられない顔だったようにも思える。

 しかしそうさせたのは自分だと思うと、それはそれで恥ずかしかった。


 女性職員は我に返り、取り繕うように喉を鳴らした。

そして失礼しました、と言って続けた。

「それではストーカーだと思われてしまいます。そう思われないように、人前で言っても恥ずかしくない強みを作りましょう」

 結局一時間後、俺の強みは、「極めること」となった。

 なぜこれになったのかは覚えていない。ただ、ひたすら女性職員の質問にうんうん頷いていたら、これになった。

 違います、といったら、露骨に不機嫌な顔をされたので、俺は素直にうんうん頷いていたらこうなったのだ。

 しかし実際、強みをアピールする場面は、面接のシーンで大変多く、「極めること」をたくさん口にした。それが良かったのかは分からないが、一応は現在の会社に就職が決まった。数少ない成功体験だった。


 これは人生でも同じことではないか。

 つまり、強みというものをアピールすることで、自分という人間を相手に売り込むことができるのではないかと俺は学んだのだ。

 じゃあ有紗には、どうやって僕の強みをアピールすれば良いだろうか。「極めること」ではない強み。

 この人の胸に飛び込みたい。

 この人となら手を繋いでも良い。

 この人となら……むふふふふふ。

 とりあえずそんなことを思ってもらえるような強みは俺にないだろうか。

 とりあえず俺は帰宅後、強みを考えることにした。

 誰にも負けない、そして有紗を振り向かせる強みを。

 

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