第6話 汐里の法要

 先祖代々お世話になっているお寺さんに海野家の親戚が集う。祖父の弟一家五人と、父の妹夫婦、私たち三人と母の祖父母。


 今日は私の一周忌の法要と納骨をする日。

 本当なら三週間前に行われる予定で両方の祖父母が参加予定だった。しかし麻帆が体調を崩して入院をしたので、やむなくキャンセルとなっていた。

 もともと海野家は毎年のお盆にお経を上げて頂くことになっているので、お寺さんにお願いして納骨もお願いすることになった。


「麻帆ちゃん、体調は、もう大丈夫なの?」

「お祖母ちゃん、心配かけてごめんね。もう大丈夫だよ」

「あなた、細いから。夏の暑さにやられたんじゃない? ご飯はしっかり食べてるの?」

「もりもり食べてるよ」


 海野のお祖母ちゃんは、私たち姉妹を太らせようと計画しているのか、っていうぐらい、これをお食べ、あれをお食べと、勧めてくる。お祖母ちゃん家に遊びに行くとお腹が空く暇がない。


 海野のお祖父ちゃんが通りすがりに頭をよしよしと撫でていった。

 お祖父ちゃんは寡黙かもくな人で、言葉の代わりに行動で表してくれる。

 私たち姉妹は、海野の祖父母が大好き。


 今日は母の実家、青井家の祖父母も来ている。私を弔ってくれるためだけど、海野家の集まりなので、端の方で少し肩身を狭そうにしている。

「お祖父ちゃん、お祖母ちゃん。今日は来てくれてありがとう」

 声をかけに近くに行くと、お祖母ちゃんは私の手を取った。

「麻帆ちゃん、お祖母ちゃん、つらくってつらくって。本当は今日迷っていたの」

 お祖母ちゃんの目がうるうるして、つーと涙がこぼれ落ちた。


「私もとてもつらくて‥‥‥」

 本当は泣かないでと伝えたい。私はここにいるよと言いたい。

 でも言ってはだめとわかっている。家族を困らせたくないから。

 制服のスカートからハンカチを取り出し、お祖母ちゃんの涙を拭った。ごめんねと心の中で謝りながら。私に出来ることは、これしかなかった。

 隣のお祖父ちゃんも、眼鏡を持ち上げて目元をそっと拭った。


 ご住職さんによる読経と焼香を行ったあと、一族の墓石に向かう。法要が始まる前に掃除とお花を供えてある。

 父が挨拶をして、骨壺を収めるために石材店の方がカロートを開けてくれた。

 父が私の遺骨を、骨壺ごと収めた。

 カロートが閉められる。


 心の中で、自分の生きた証にバイバイと伝える。

 私はいつか麻帆に伝えなければならない、この日のことを。

 どうしても視界が滲んでしまうのを、片方ずつ涙を拭いながら見やり、一連をしっかりと脳裏に刻み込んだ。


 読経と焼香の後、それぞれの車で予約済の会食場所に向かう。ご住職さんは檀家さんの法要があるのでと、会食はご辞退された。


 魚料理がメインの和食処で、個室に案内された。

 90分の飲み放題がついたコース料理を予約してあるので、飲み物だけを注文する。


 数人の仲居さんが入出を繰り返して、お料理を運んできてくれた。

 小鉢、茶わん蒸し、お刺身、天ぷら、焼き魚、小鍋、汁物、炊き込みご飯。食べきれないほどの量のお料理が目の前に並ぶ。


 父が挨拶をするのを聞き流しながら、麻帆食べたかっただろうなと、頭の片隅で眠る妹を思う。


 脳内にひきこもった麻帆は、まだ目覚める気配がない。一日に何度も声をかけているけど、気持ちの良さそうな顔で眠っているイメージが頭に浮かぶ。

 もしかして私が眠っている間に起きていることはないだろうか、と考えたこともあるけれど、それなら翌日体が疲れているはず。

 健康そのものの麻帆の体は、毎日元気いっぱいで、しっかり休息が取れていた。


 料理を食べながら、会話は私の思い出話になった。

 口火を切ったのは、私の向かいに座る、祖父の弟大叔父だった。


「19歳で逝ってしまうとは、早過ぎだ。わしは、若いものに先に逝かれるのは好かん。神様は、連れて行くのが早過ぎる」

 お酒が入っているからか、声が大きくて、言い回しが少し乱暴だった。


「優秀な子どもさんだったから、なんて何の慰めにもなりませんわね」

 まあまあと宥めるような口調で、大叔母が合槌を打つ。


「汐里ちゃんは、どんな子だった?」

 大叔父の質問に両親が答えてくれた。自分の事になると、麻帆の体とはいえ、言いにくい。


「汐里は、麻帆の面倒をよく見てくれました。麻帆も懐いていて、とても仲の良い姉妹でした。学校でも面倒見の良さを発揮していたようで、先生からよく褒めてもらって。女の子なのに、バレンタインデーにチョコをもらって帰ってきた時もありました」


「町内の方からも、よくお礼の言葉を頂いていました。道案内やら荷物を持ってもらったやらお手伝いをしてお礼を受け取らなかったようで。汐里はとてもよくできた、自慢の娘でした」

 ママがハンカチで目元を拭う。


「麻帆ちゃんは? お姉ちゃん好きだったか?」

 私にも言わすんだ、まあ当たり前かぁと内心で思いつつ、

「お姉ちゃん大好きです。一緒にお料理やお菓子作りをしました」

 それだけで顔から火が出そうだった。麻帆のフリってけっこう大変。


「汐里ちゃんは、看護師を目指していたのよね」

 大叔母の隣に座る望美おばちゃんが言った。望美おばちゃんは、両親と同年代。


「麻帆が生まれた時に嫁さんがお世話になってね。それがきっかけだったらしい」

 ママにしか話してないのに、パパも知ってたんだ。


「麻帆ちゃんは、何歳になった」

 大叔父の顔が私に向く。


「高校一年生です。私も看護科に通っています」

「おお、そうか。立派だ。手に職があるっていうのはいいぞ。食うのに困らないからな」

 大叔父は満足そうに頷いた。大叔父は女は家にいればいいというタイプではないらしい。


「麻帆ちゃん、頑張りなさいよ」

「はい」

 私は顔を上げてにこりと笑みを見せた。


 大叔父はエールのつもりで言ってくれているのはわかっている。でも麻帆だったらつらかっただろうなと思ってしまう。


「神様の所に逝くのは、次はわしだからな。お前たち順番を抜かすなよ」

 大叔父が冗談めかして言った。悲しみたくないという大叔父の優しさを感じた。


「それなら俺が先だ」

 父の向かいに座っていた祖父がぽつりと返した。

「違いない。わはは」

 大叔父は豪快な笑い声を立てた。

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