第5話 食べるということ

 お盆の初日、速水志乃ちゃんと駅で待ち合わせた。

 手を振り振り、小走りでやってきた志乃ちゃんは真っ黒に日焼けをしていて、とても爽やか。

 中学の時は水泳部だった。今も続けているのだろうか。

 この一年間の情報がストップしているから、探り探りで話を進めていくしかない。


「出る直前に先輩からメッセージ入ってさ、対応してたら遅れちゃったよ。暑いのにごめんね」

「ううん。平気」


 志乃ちゃんと麻帆は同じくらいの身長だと思っていたけど、少し見上げる形になる。しばらく見ない間に背が伸びたのかな。

 中学の頃は肩まで髪を伸ばしていたけれど、今は短くなっていた。


 今日は志乃ちゃんのリクエストで、“パヌレ”を食べに行く。

 パヌレって何? カヌレならわかるけど別物? 

 焦ったけれど、調べてみると美味しそうで、二つ返事でOKした。


 9時過ぎという時間のせいか、電車はすいていた。横並びで座る。


「学校違うとあんま会えないね」

「お互い忙しいもんね」

「麻帆ちゃん、勉強慣れた? GWに会った時、用語覚えられないって嘆いてたじゃん」

「あ、うん。まだちょっと」


 麻帆と志乃ちゃんはGWに会ってたんだ。私はまだ幽霊になってなかったから、二人がどういう話をしたのか知らない。今日は聞き役に徹した方がいいかも。


「あたしなんて体育以外の成績超ヤバくてさ。中学生になって勉強ムズって焦ったけど、高校はもっと難しくて、赤点取りまくり」

「夏休みはずっと部活?」

「うんそう。そろそろ宿題やらないとダメなんだけど、やる気起こんなくて。ラストの一週間ぐらいでまとめてやろうかなってかんじ」

「私はやり始めたところ。量が多くてさ、やらないと間に合わない」


 麻帆も志乃ちゃんのように後回しにするタイプだから、私が声をかけて一緒に宿題をしてから遊ぶようにしていた。

 朝顔の観察日記や絵日記など、ほぼ毎日描かないといけないものほど面倒がった。


「毎日コツコツって簡単にできないよね」

「うん」


 私はまとめてやる方がつらいので、毎日少しずつしていくタイプ。でも麻帆なら同意するだろうなと思って頷いた。


 最寄り駅から10分ほど歩き、店内飲食ができるパン屋さんに到着した。

 芳ばしいパンの匂いに刺激され、朝食を抜いてきたお腹がきゅるっと鳴る。


 中央のテーブルを囲むように、壁の棚にもたくさんのパンが並んでいて、目移りしてしまう。

 目当てのパヌレは、壁棚の二段目にちょこんと置いてあった。見た目はカヌレ。外の生地がパイで、中にあんことクリームチーズが入っている。

 まずはカヌレを二つトレーに取ってから、何を食べようかなあと店内を回る。

 他に三個ぐらいなら食べられそうだなとパンを選んで、レジでレモネードを注文した。


 以前に麻帆がお供えをしてくれたけど、氷が溶けて薄くなっていたから、ちゃんと飲みたかった。


 志乃ちゃんと向かい合わせで席に着いた。

「写真撮ろうっと」

 スマホを取り出して、志乃ちゃんはカメラを向ける。


 私は撮らずに食べようと思ったけれど、目覚めたら麻帆に見せてあげようと思い立ち、スマホを向けた。


 最初に食べるのは、気になっていたパヌレから。

 さくっと食感の後に、あんこの甘さとチーズの酸味がちょうど良くて、とても美味しい。

「パンじゃなくて、お菓子だね」

「うん。何個でも食べられそう」


 私の感想に、志乃ちゃんも頷く。

 後で、パパとママのお土産に買って帰ろうと決めた。


 クロワッサンにベーコンとレタスを挟んだパン。細長いチョコチップデニッシュ、ホイップを挟んだメロンパンを頬張って。お腹がいっぱいになったけど、パヌレをもう一個食べた。


 麻帆の体に入ってから感じたのは、食事ができるのはとても幸せなことなのだと気づいた。

 もちろん生きていた時から感じてはいたし感謝もしていたけれど、それが一度途切れたお陰か、より深く実感した。


 食べることが楽しくて、お腹も心も満たされる。麻帆の体だから食べ過ぎてはいけないと思うけれど、生きていること、体があることが、涙が出そうなほど嬉しかった。事情を知らない両親や志乃ちゃんの前では泣けないので、堪えているけれど。


 追いパヌレを買って、志乃ちゃんとショッピングに行った。

 麻帆の好みならわかっているので、会話より買い物の方が麻帆になるのは楽だった。

 志乃ちゃんときゃいきゃい言いながら、かわいいものを見て楽しむフリをした。


「あ、そうだ。この間、美容院行ってね、言ってみたんだ」

 あたしはきょとんとした。志乃ちゃんが何を言ってみたのか、わからない。

 美容院。芸能人の写真を持っていって、この人にしてくださいかな?


「もう忘れちゃった? ほら、お痒いところはないですかってやつ」

「あ、あああそうだね。うん。忘れてた。どうだった?」

「どこですかって聞いてくれるから、右耳の後ろですって。痒いっていった所をしっかり洗ってくれたの。以外と平気だなって。美容師さんも面倒くさそうじゃなかったし。だから、麻帆も言ってみなよ」

「わかった。今度行ったとき、言ってみるよ」

 ちょっとどぎどぎしながら、話を合わせた。


 駅で志乃ちゃんと別れて、帰路につきながら、ほっと胸を撫で下ろした。

 たぶん疑われずにやれたと思う。

 でも、少し心臓に悪い。私にわからない間の話がでてくると、忘れたと言うしか対処の方法が思いつかなかった。

 

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