第4話 友人と

志乃しのちゃん、久しぶりだね」

「麻帆ちゃん! 久しぶり」


 小学校からの友達、速水志乃はやみしのちゃんと会うのは、卒業以来。

 毎日学校で会っていたし、春休みもたまに会っていた。入学してから会えなくなって、ずいぶん長い間会っていないような気がした。


 志乃ちゃんは姉のことをよく知っている。一緒に遊びに行ったこともあるから、姉の事故をとても悲しんでくれたし、一緒に泣いてくれた。

 志乃ちゃんがいたから、残りの学生生活を不登校にならなくてすんだんだと、あたしは志乃ちゃんに感謝していた。


 今日は近所のハンバーガーのファストフード店で待ち合わせた。ショッピングに行ったり、遊びに行ったりするより、お互いに話がしたかったから。


「学校どう? 慣れた?」

 ポテトをぱくっと食べた志乃ちゃんに、心配そうな口調で訊かれた。きっとお姉ちゃんのことを気遣ってくれたんだろう。


「学校にはまあ慣れたかな。私学だから、学食のメニューが豊富なんだって。ママが言ってた」

「そうなんだ。あたし、まだ学食使ってないんだ。うちの学校、上下が厳しくってさ。下級生が学食を使う時は、先輩に譲らないといけないんだって。決まりじゃないんだけど、暗黙の了解みたいな?」


 志乃ちゃんは公立高校のスポーツ学科に通っている。運動神経がとても良くて、あたしと出会う前からいくつか習い事をしていた。バレエやテニスや水泳など。中学に入ってからは水泳に打ち込んでいる。


「えーそうなの? なんか怖いね」

「ママに絶対お弁当入れてってお願いしたんだよ。めんどくさがってたけど、お昼買い損ねたら嫌じゃん」


「お昼抜きはきついよね」

「でしょでしょ。最悪な高校入っちゃったかも」


 嘆きをぶつけるように、志乃ちゃんはハンバーガーにがぶりとかぶりついた。


 志乃ちゃんと仲良くなったきっかけは、遠足でのお弁当だった。

 三年生ですでに料理をしていたあたしは、早起きしてお姉ちゃんと一緒にお弁当を作った。

 唐揚げ・卵焼き・タコさんウインナー・星形のチキンナゲット・アスパラのベーコン巻き・ほうれん草とコーンのバター焼きを入れた。おにぎりは海苔を切ってパンダにした。


 同じ班になった志乃ちゃんは、あたしのお弁当を見てかわいいと歓声を上げてくれた。

パンダが大好きな志乃ちゃんは、母親にキャラ弁を作って欲しいと頼んでいたのに、寝坊をしたから作ってもらえなかった、と残念そうにしていた。


 あたしのおにぎりパンダをあげると、志乃ちゃんからハンバーグをもらった。

 おにぎりパンダを食べるのがもったいないと、最後まで残していた。

 食べないと傷んでもったいないから、美味しいうちに食べて欲しいと言って、やっと食べてもらった。


 あたしたちは食べることが大好きで仲良くなった。

 お互いの家を行き来し、手作りのおかずやお菓子を作って持っていくと、とても喜んで食べてくれた。


「水泳部も厳しいの?」

「厳しいよ。中学よりきつくって。泳ぐのは好きだから頑張れるけど。麻帆ちゃんは部活やらないの?」


「余裕なーい」

「勉強大変?」


「医療用語が難しくてさ、ぜんぜん覚えられないの。毎時間小テストがある授業だからやらないわけにはいかないし」

「あたしでいうと、歴史上の人物の名前が覚えられないみたいな感じなのかな?」


「そうそう。徳川将軍全員の名前覚えないといけないみたいな。でも、徳川将軍は覚えられなくても生活に関係ないから問題ないけど、看護は知らないと絶対ダメじゃん」

「そうだよね。病気の人のお世話するんだもんね」


「必死だよ。実習は楽しいんだけどね」

「実習って? 注射するの?」


「まだやらないよ。上級生になってからだと思う。シーツ交換とか洗髪とかやるんだよ」

「美容師さんみたい」


「お痒いところはないですか?」

「そうそう。あれ聞かれても言いにくいよね。麻帆ちゃん言ったことある?」


「あたしもまだない。訊かれても困っちゃうよね」

「一回言ってみたいんだけど、勇気出ないんだ」


「今度一緒に美容室行く? でさ、どっちが痒いって言えるか競争してみようか?」

「ええー。それでも言えなさそう」

「だよね」


 中身のない会話がとても楽しくて、時間はあっという間に過ぎていく。

 四時間もお店でだらだらと喋ってから、あたしたちは「またね」と別れた。


 家に帰る途中で、幼稚園の頃住んでいたマンションの前を通りがかった。

「お、麻帆じゃん」

 幼馴染の立野航たてのわたるが、マンションの出入り口から出てきた。

「あ、航だ。帰ってきてたんだ」


 航は小学校まで一緒だったけど、他県の進学校に中学受験をして、寮生活に入った。

 今は高校三年生。たまに帰ってきているらしいけど、わざわざ連絡を取ってまで会うことはなくなった。

 それでも、偶然顔を合わせれば話はする。


 少し先にあるコンビニに行くから、と言って隣に並んで歩く。


「親と進路の相談したくてさ」

「そっか。大学受験。将来決めてんの?」


「医療系で考えてる」

「航もなんだ。もしかしてお医者さんとか?」


「いや。医者は無理だよ。クラスに医学部受験する奴いるけど、頭の良さが異次元なのばかりで、俺ぐらいじゃ無理。麻帆は看護科だろう。正月に看護科受験するって聞いた時は、わりと驚いた。汐里さんの影響?」


「うん。お姉ちゃんと同じ道に進むって決めたら、気持ちが楽になって。でもけっこうきつくって。毎日必死。お姉ちゃんのノート参考にしながら勉強してるけど、覚えなきゃいけないことが多すぎてさ。パンクしそうだよ」


 あっちこっちで弱音を吐いている自分に、心の中で苦笑する。

 入学してまだ一カ月なのに、音を上げるのが早すぎるなと。


「料理は? やってんの?」

「え? 料理? 今は、やってない」


 そういえば、航にも姉と一緒に作った物を食べてもらったな、と思い出す。柔らかくなってしまったパンや、膨らみの足りなかったシフォンケーキ、美味しく出来たクッキーなどなど、試作品から成功品まで。

 なんでも美味しいと言って食べてくれたっけ。


「俺、麻帆の作る飯とかお菓子好きだからさ、やめないで欲しい」

 どうしてちょっと横を向いて、頬をぽりぽり掻きながら。まるで照れてるみたい。


「あ、ありがとう。時間があったら‥‥‥」

 なぜかあたしまで恥ずかしく思えてしまう。ただ料理の話をしているだけなのに。


「あのさ、こんなこと言うと、怒るかもだけど」

「なに?」

「麻帆は麻帆だから。汐里さんじゃないんだからな。無理すんなよ」

 

 航はあたしの短い髪くしゃくしゃとしてから、見えていたコンビニに走って行ってしまった。

 後に残されたあたしは、くしゃくしゃにされた前髪を直しながら、首を傾げた。

 当たり前じゃん。あたしは麻帆で、汐里は姉なんだから。

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