第5話 一周忌

「麻帆。お姉ちゃんの一周忌法要の日にち、決まったから」

 夕食の席で、休みだったママから七月の最終週の木曜日に法要をすると伝えられた。

 自動車販売の営業をしているパパは土日に休みが取りづらい。あたしは夏休みに入っているから、日にちに問題はない。


 でも続く言葉で、あたしの気分はどん底に落ちた。

「納骨するからね」

 それはあたしにとって、まるで死刑にも等しい宣告だった。


 姉の遺骨はリビングに安置している。周りには写真をいっぱい飾って。

 起きた時、出かける時、帰ってきた時、必ずお姉ちゃんに手を合わせて、挨拶をしている。


「納骨って、いつしなきゃいけないって決まってないんでしょう」

 姉が本当にいなくなってしまう。そう思うと、訊ねる声が震えた。


 ママは眉を下げて、悲しそうな顔をしながら、

「決まってはないけど、もう入れてあげようよ。お姉ちゃん、落ち着かないと思うよ」

「そんなことないよ! 家にいる方が絶対いいよ。あんな石の中じゃ、寂しいよ」

「寂しいのは、麻帆でしょう」


 ママの落ち着いた声は、的を射ている。

 そう、寂しいのはあたしだ。間違ってない、間違ってないけど‥‥‥


「ママは、お姉ちゃんがいなくて寂しくないの?」

「そんなわけないでしょう。でも、区切りはつけないといけないの。お姉ちゃんは、汐里は、帰ってこないんだから」


「まだ、いいじゃん。ずっとって言ってない。いつかは‥‥‥」

 そのいつかは、いつなのか。あたしにもわからない。

 だから言葉は尻すぼみになって消える。


「ねえ、麻帆。寂しいのはみんな同じなの。でもね、納骨したからって、お姉ちゃんがいなくなるわけじゃないんだよ。ここにいるじゃない」


 ママは胸にそっと手をあてる。お姉ちゃんはそれぞれの心の中にいる。

 言いたいことはわかるけど、あたしにはそんな頼りにならないところより、形がある姉の方が大切だった。骨であっても。いいや、骨だからこそ、肉体がなくなっても姉の存在を身近に感じていたのに。


「何をしているの? 麻帆!」


 あたしは木箱と袋に包まれた骨壺を抱えて、リビングを飛び出した。階段を上がって二階の姉の部屋に逃げ込んだ。

 中から鍵を掛ける。

 追いかけてきたママは扉を叩いたり引っ張ったり、声をかけてくる。全部を無視して、姉のベッドに潜り込み、頭から布団を被った。


 骨壺はとても重い。

 中には、姉を形成していた骨がすべて収まっている。足から、腕、腰、背中、肋骨、歯、頭蓋骨を入れて、最後に喉仏。そして粉になった骨まで#刷毛__はけ__#で集めて。


 骨の主成分はリン酸カルシウムとタンパク質。

 重さは体重の15%から20%ぐらい。

 基本的に206個ある。

 破骨はこつ細胞によって骨が壊されて吸収されて、骨芽こつが細胞が新しい骨を作る新陳代謝が常に行われている。肉体が活動を終えるまで。

 学校で習ったし、小テストにも出てきたので、覚えている。


 火葬をした姉の骨は、ぽろぽろと崩れやすく、箸で拾い上げるのがとても難しかった。

 できるだけ崩れないように、優しく丁寧に拾い上げて、骨壺に収めた。

 姉の魂と肉体は消えてしまった。

 姉が生きていた証は、写真と記憶と骨だけ。


 記憶はゆっくりと薄れていく。

 写真だって、色褪せていく。


 だけど骨だけは、なくならない。

 袋や蓋を開けるのは気が引けるので、見たり手に取ったりする気はないけど、ここに入っていると思うだけで、ほっとする。


「納骨、やだな」

「知ってた? 骨って、カビるんだよ」


 あたしの独り言の後に続いた声は、紛れもなく姉のもの。

 そんなこと、あるはずない。

 ついに幻聴までするようになったか、あたし。


「カビるのは嫌だな」


 もう一度聴こえた声に、被っていた布団をまくり上げる。


「お姉‥‥‥ちゃん?」


 あたしの目の前には、高校の制服姿のお姉ちゃんが立っていた。

 

「本当に‥‥‥お姉ちゃん?」

「そうだよ。麻帆」


 お姉ちゃんの優しい笑顔が私を見ている。


「お姉ちゃん、ごめん、ごめんねえ、ごめんねえ」


 幼い頃、スーパーで迷子になって姉を探し歩いた時のように、声を上げてあたしは泣いた。

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