春待つ雪
釜瑪秋摩
春待つ雪
雪が降ると変にテンションが上がってしまう。
寒いけど寒くないような、冷たいけど冷たくないような、体の感覚が麻痺するみたいに。
「わ、結構、大粒の雪になってきたよ」
「うはーっ、ホントだ」
なんて言いながら笑っていられるのは、都心に近いとそうそう積もることがないから。
三月のはじめ、こんな頃に思い出したように降ることがある。
「こんな雪の降ってる中でさ~、露天風呂で一杯、なんて風流でいいよね」
「ん、そうだね」
雪見酒。
一度はやってみたいと思うけれど……。
雪が降ると思いだすのは、もう会えなくなってしまった人のことばかり。
昔、好きだった人は遠い街に暮らしていて、時々、遊びに行く私を快く迎えてくれたっけ。
ある冬の日、遅いお昼を食べに出掛けたところで、唐突に雪が降りだした。
私も彼も傘なんて持っていなくて、どうしようと言いながらも、牡丹雪が次々に落ちてくる中を、二人で笑いながら走ってお店へ駆け込んだ。
店内から見える景色は、みるみるうちに白く染まり、灰色の空は惜しみなく雪の粒を落とし、翌朝には足首まで埋まるほど積もらせた。
帰るときはいつも、離れがたくてたまらなくなるけれど、真っ白な世界はさらに私の心を引き留めてくる。
それでも留まっていることはできなくて、列車の窓から見える景色が、真っ白に包まれた世界から色とりどりの屋根へと変わっていくのを、ただ淋しく眺めていた。
「積もるかなぁ……?」
「どうかな? いつも積もるほど降らないもんね」
路肩に寄せられて固まった泥まみれの雪が残るくらい。
真っ白な雪景色を見ることなど……。
物理的な距離が気持ちの距離まで離れさせると、なぜ思わなかったんだろう?
会うこともないまま、いつの間にか離れてしまった。
もっとなにか出来ることがあったんじゃあないだろうか?
繰り返し自問自答した日々もあったし、心のどこかに路肩に寄せられて凍った雪のように、あの真っ白だった日のことが融けきれないまま残っていた。
「せっかくだから行こうか? 温泉」
「いいねぇ」
「露天風呂、入りたいよね」
雪見酒じゃなくたって、きっと楽しい。
ゆっくりと時間をかけて解け始めた泥だらけの雪は、もう跡形もなく消えて、残ったのはただただ美しかった真っ白な思い出だけ。
春は、もうすぐ。
春待つ雪 釜瑪秋摩 @flyingaway24
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