第21話 継承の間

 アルウィンとオルブルの激しい撃ち合いは続いていた。

 両者の剣は2度金属音を放ちながら衝撃を腕に伝え、オルブルはアルウィンの3段目を回転斬りに繋げて躱しながら斬る。

 この一連の流れはシュネル流の基本理念の動作である〝朧霞おぼろがすみ〟に沿ったものだ。


 〝朧霞おぼろがすみ〟は静と動を流麗に使い分ける動作の基本理念である。

 この場合は静の動きであり、相手の攻撃を受け流しながら攻撃に転じる姿勢を指していた。

 主にあるのは相手を受け止めてカウンターをする動きと、剣の打ち合いの時に相手の動きを利用して自らの剣の威力を高める動きの二つのパターンで、今オルブルが選択していたのは前者の方だ。


 アルウィンを狙う、研ぎ澄まされた歴戦の剣閃。


 キィィンと鋭い音が響いたあと、観衆からわああっと歓声が上がった。

 そんな中でただ1人、ゴブリン族のベルラント翁だけが目を細めて静かに見つめている。


 アルウィンはオルブルのカウンターを背面でしっかりと受け止めていた。

 そして、刹那のうちにオルブルの剣の勢いを利用してそのまま前にステップを踏む。

 踏み切ったアルウィンは左回転で2回転しながら、オルブルの首筋目掛けて背面から回転斬りを放つのだった。


「〝翔兎しょうと〟ッ!!!」


「良い判断だな!」


 にやりと笑みを浮かべながら右足を引いて剣を水平に構え、弓を引くような動作で2段とも掬い上げたオルブル。

 いなされたアルウィンは身の軽さ故に、空中へと投げ出されていた。


 しかし、アルウィンはそんなことで諦めない。

 吹き飛ばされていた彼は、それでもカッと目を見開いていた。


 途端、まるでソファのバネの上で飛んでいるかのように、魔力で強化した足でのである。


 ───何だ、これ!


 当の本人も、何が起きたかさっぱりと解っていない状況。

 アルウィンが無意識下で偶然発現させた技は、大陸北方に伝わる戦闘技術の1つである〝空歩〟であるが、彼はその事を一切知らない。

 けれど、この好況は確実に使えるはずだと彼は即座に剣をギュッと握った。

 アルウィンは、空を跳びながら身を捻り、剣を後ろ手に構える。

 そして、叫んでいた。


「行けぇぇぇッ!!〝翔兎しょうと〟ッ!!!」


「アルウィン……

 まさか」


 オルブルは、予想できなかったアルウィンの反撃に首筋の毛が逆立つ感覚を感じ取り、反射的に身構えてかっと目を見開いた。


 ───まさか、アルウィンが俺ですら使えない〝空歩〟を発動させるなんて。


 先程と同じように弓を引くような受け流しの斬撃。


 〝空歩〟状態で飛び込んできたのアルウィンのスピードは段違いに上がっている。

 そこから放たれる2段の斬撃の威力も先程の比ではないのだが、オルブルはアルウィンの技量を読み違えていた。

 アルウィンのエメラルドグリーンの瞳が、鋭く光る。


「ウォォォォォォォォ!」


「うっ…………ラァァァァァァァ!!」


 読みが外れた。

 途端、オルブルの腕を伝う衝撃波。

 被弾は防いだものの、3歩後退するという悪手で勢いを殺してしまったのだ。


「魔力感知を使わないハンデは少しやり過ぎたかもしれないな。

 しかし……想像以上だ。悪くない」


 オルブルの3歩後退をしたという隙をアルウィンが見逃す筈はない。

 相手の隙は突くことはシュネル流の基本である。

 そのための貪欲さは幼い頃から鍛えられている。


「〝辻風〟ッ!!!」


 アルウィンは、縮地を発動させて深く斬り込んだ。


 ───もう、ここまで成長しているのだからアルウィンは合格でいい。

 だけど……ここに居るのはこいつとやり合いたい俺だよな。


 オルブルの眼は、カッと開かれていた。

 迫り来るアルウィンは、12歳と幼いながらもひたむきにオトゥリアを目指して努力を続けてきたお陰か、かつてのオルブルよりも確実に剣士としての実力は上だ。

 オルブルはアルウィンをすんでのところでいなした後、大きくバックステップをとって距離を離した。

 アルウィンは突きのモーションに入っていたが、ワンテンポ遅れて剣が空を斬る。


「流石はアルウィン。

 だが…俺もヒートアップさせてもらおうか」


 そう言ってオルブルはステップをとると地を蹴って高く跳び上がる。

 空中から、〝翔兎〟で回転斬りを仕掛けるのだ。


「……!」


 アルウィンは片手で支えきれないと判断し、左手も添えて防御体制を取った。

 防御では安定性に欠けるため、両手持ちの選択をとる場合もある。

 こういった回転の技の後は必ず隙が出るのだ。

 オルブルを前方向に弾けば、必ず隙を突けるとアルウィンは確信した。


 ───が。


「甘いわッ!」


 アルウィンの押し出そうとする方向とは反対に、つまりはアルウィンの背後へ、オルブルも剣を支点に体をバネのようにして飛んだのである。


 空中で身体を捻って、弟子の背中を正面に捉えたオルブル。

 そのまま、着地してすぐさま床を蹴ってステップを踏む。

 そうして、空中で捻ったときの慣性を殺さずに、誰もが目を奪われる美しい回転斬りを叩き込んだのだ。


「……〝蒼天〟」


 オルブルの静かな声。


 攻撃かと思われた回転技は、アルウィンの咄嗟の防御を読んだ起点作成に過ぎなかったのである。


 アルウィンは反射的に牽制の回転斬りをしながらバックステップをとるのだったが……


 オルブルから繰り出される、ダイナミックで繊細な動き。

 オルブルの巧みな剣技によってアルウィンの剣の内側に入り込んだ剣が眩く白銀に光る。


「ん……あっ…」


 アルウィンの剣は、僅かに間に合わなかった。

 オルブルの切っ先がアルウィンの頬をかすめ、血が吹き出す。


 スパッとした快音が場内を静かに震わせた。


 アルウィンは、頬を軽く手で押さえ、そして悔しそうに眉間に皺を寄せる。

 けれども、それで決着という訳にはいかなかった。

 アルウィンの瞳は、継続の意志をハッキリと示していたからだ。


 すぐさま畳み掛けるオルブル。突き、右下からの回転切り、高速のスナップを効かせた斬撃といったように、怒涛のラッシュを叩き込む。


 そうして、アルウィンが床を蹴るダンという音。

 オルブルの怒涛のラッシュを、頬から血が滲むのにも関わらずアルウィンはすべて避け、受け流し、背面でいなす。


 アルウィンはオルブルをちらと見た。


 ───今の師範の身体は右足前の前傾姿勢だ。

 てことは、オレのカウンター次第で得意な間合を作れるはずだ。


 瞬時に作戦を思いついたアルウィンは、オルブルの勢いを利用してぐいと身体を捻り、斜め方向から回転斬りでカウンターとして〝辻風〟の起動を放つ。

 オルブルに迫るアルウィンの剣。


 ───防げッ!


 そう、アルウィンは心の中で叫んだ。

 もし師範が垂直に防いだら、次の剣で決められる。

 そう確信していた。


 受け流されにくいように、アルウィンが左上から放ったカウンターの斬撃。


 キィィィィンッ!

 と鋭い音を立て、アルウィンの予想通りにオルブルは防いでいた。


 ───かかった!


「ッシャァァァッ!」


 途端、アルウィンの表情に現れていたのは歓喜である。

 あの師範を、自分のペースで押し込めたのだ。


 アルウィンは縮地を発動させ、オルブルの心臓目掛けて突く動作に入った。

 オルブルは刹那のうちにアルウィンの縮地の気配を感じとっていたのか、2歩ほど後ろへ下がる。


 ───いける。


 アルウィンは突きの動作をそのままに一歩踏み出し、真っ直ぐに突いたままの手首を上に切り返した。


「〝辻風〟ッ!!!」


 ガキァンッ…!という音が、即座に2人の鼓膜を震わせた。



 そして数秒後には場内に反響する、ぐわんぐわんという嫌な音。


 下から突き上げられたオルブルの剣は、アルウィンの狙い通りにオルブルの手を離れて右方向へくるくると宙を舞った。

 オルブルは脚に更に魔力を込めて地を蹴った。

 宙に跳び上がろうとするが、それを見越していたアルウィンによって防がれ、得物を掴む前に剣は床に突き刺さったのだった。





 得物を失ったオルブルは暫く剣を見つめ、ただ一言「美しいな」とだけ告げた。

 アルウィンは、言われた美しいという言葉に含まれた合格の意味を受け取れなかった。


「それは……師範の教えのお陰です」


「ん!?ガキだからもっと喜ぶものかと思ってたが……」


「えっ?」


 バカを見るような目でオルブルは「合格だと言っているだろう」と呆れた声を出す。


 途端、アルウィンは緊張の糸を弛め、「よっしゃあああああ!」と満面の笑みを浮かべた。手に汗握る、舞うような戦いの結末に観衆も熱狂が収まらない。


 がしかし……


「馬鹿野郎。油断するなと常々言っているのだが」


「ふぇ……?ぶふぉっ!?」


 その瞬間、ドヤ顔をキメていたアルウィンの瞬時に身体が壁に激突した。

 オルブルが、浮かれて注意散漫になっていたアルウィンの顔面を蹴り飛ばしたのだ。


「武装解除された敵は死にものぐるいで抵抗してくる。相手がいつ身体強化して武術にシフトするかは解らない。

 相手が動かなくなるまで気を抜くなと何度も言った筈だ……

 剣は認めるがお前の心構えはまだだ。相手を許したら死が待っている。

 初陣で何を学んだんだ?」


「はい……気をつけます」


「常々意識しておけ。あと、明日の月が登り始める頃に俺のもとへ来い。奥義を伝授する」


 そう言いながらオルブルは継承の間を去っていった。残されたアルウィンは、腰を押さえながらゆっくりと立ち上がるのだった。





 ………………

 …………

 ……





 奥義を習得出来るのは剣聖を除く5人までという暗黙のルールがシュネル流には存在している。

 いま、公式に奥義を習得しているのはオルブルを除く3人の剣士であった。


「もしオトゥリアがいたら……あいつが先に奥義を習得させて貰えてたんだろうな……

 オレが5番目だったのかも…」


 オトゥリアと最後に遊んだ木の上で、アルウィンはボソッと呟いた。


 ───今あいつは何をやっているんだろう、無事だといいな。

 王都の王国騎士なんだから、沢山の剣士と修練できているに違いない。


 フクロウが獲物を見つけて急降下する。


「空けていた2枠のうち、片方はオトゥリアなのは確定していたのだが……残る方はアルウィンとあの娘のどちらになるかと貴様と共に議論していた頃が懐かしい。

 あの3人はアルウィンのみとなってしまった。

 月日とは、こんなにも残酷なものだな…」


 遠く離れた闇の中で呟くオルブルの声。


「あァ…」


 と声を漏らして盃を酌み交わす相手は、ジルヴェスタだった。


 澄んだ空に煌めく星々。

 この夜空を、あいつも見ているといいなとアルウィンは思ったのであった。



_____________________


これにて、序章は終了となります。

今後、戦争の無い第一章が続きますが、第二章からは戦争シーンをかなり入れていきますので、そういったシーンを楽しみにされている方はお待ちください!!


よろしくお願い致します!

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