閑話 冒険者

アルウィンとオトゥリアが別れてから、初陣に参加するまでの間の話です。



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 幼馴染オトゥリアは、王国騎士団に引き抜かれてアルウィンの前から消えてしまった。


 その日から、アルウィンは深い孤独にさいなまれた。

 彼と近い歳の子供は何人か村にいたが、その子供たちとは昔からあまり折が合わなかった。彼が唯一仲良くなれたのがオトゥリアだったのだ。


 今度オトゥリアに会ったら、二度と別れることは無いようにしたい。自分の想いを伝えるのだ。

 そのためには自分も相応な剣士となって騎士団に入ることが一番の近道であった。

 彼はそのために、剣聖オルブルに頼み込んで他流派との交流戦にも積極的に参加させてもらう事に了承を得た。

 最初は負け続きではあったが、毎日徹底的に自分と向き合うことで段々と、誰に対しても勝ち筋を作れるような実力にまで上り詰めることが出来るようになってきている。



 定期的に村にやってくる商人が言っていたことだが、毎年春と秋に王都で開かれる、剣舞祭けんぶさいと呼ばれる大会でベスト32に入れば、王国騎士団に所属できる権利が与えられるという。

 もし王国騎士団に入れれば、オトゥリアに再び会える可能性は格段に上がることは間違いないだろう。


 その計画を実行するためには、ざっと計算するだけで1万ルピナスは最低でもかかるだろうと商人は言う。

 ここから王都までの馬車台、王都の宿泊費、食費などで、軽く1万ルピナスは飛んでしまうようなのだ。

 剣舞祭の優勝賞金はちょうど1万5000ルピナスらしいのだが、優勝出来なければ費用の元が取れないし、ある程度余裕を持って1万2000ルピナス程は持っておきたい。

 更に、条件がもう1つ。

 剣舞祭に出場できるのは、満16歳以上という条件まで付いていた。

 今、10歳のアルウィンがどう予算を工面しようとも、年齢制限には引っかかってしまうのだ。


 ならば、年齢を満たすまでに更に強くならなくてはなるまい。

 アルウィンは剣術の稽古の時間も確実に取りながら、隣町のギルドで冒険者の登録をした。


 登録したはいいものの……小さい子供だからという理由で、ギルドで採取の依頼やペットの捜索などの依頼しか受けられなかった。


 確かに彼は10歳と幼いのだが、オトゥリア程では無いものの剣の腕前があることは事実である。


 また、彼の母は中級魔法の使い手でもあった。

 魔力量や適正は遺伝するため、彼が中級程度の魔法を使える可能性は高い。

 実際、彼は母の指導のもと初級魔法は使えるようになっていた。本来初級魔法が使えれば、ある程度の討伐任務は受けさせてもらえるのである。

 しかし、不幸なことに。

 ギルドには実力判定試験という新人の強さを測ることができる試験があるのだが、幼い彼を未熟だと判断した大人たちは、彼に一切の試験を受けさせなかった。


 けれども彼はめげなかった。

 汗水垂らして師のもとで剣を振り、母からは魔法を教わり、両親と畑を耕しくわを振り、 ギルドで斡旋してもらった採取クエストに臨んだりして孤独を紛らわせ、また剣を振る。

 遠巻きに巨大な魔獣を討伐した先輩冒険者の勇姿を羨ましそうに指を銜えて見ながらであるが、彼は精一杯の出来ることをやってのけたのだ。


 この辺りに住む魔獣は、濃い魔素の影響でほかの地域よりも凶暴な個体や上質な個体が多いという。

 そこら辺にいるスライムの死骸でさえ、他の地域で手に入れたものの2倍程度の値段で取引されているし、ディア=デロルスと呼ばれるごく稀にしか出没しない超凶暴な双頭の蛇の魔獣に至っては、どんな粗悪な素材でも最低限1万3000ルピナスで取引されているのだとか。


 その魔獣たちさえ倒せれば旅費は一瞬で稼げるのに……

 スライム1匹狩らせてくれないギルドに不満はあったが、費用確保のためアルウィンは必死だった。


 アルウィンはかつて、討伐した300ルピナス程度の巨大グモを討伐し、ギルドに運んで力を認めてもらおうとした。

 けれども、その功績は誰かに手助けされたのだろうと職員に難癖を付けられて不正扱いを受け、まともに相手をして貰えなかった。

 それ以来、彼はどうしたら認めてもらえるのかを子供頭でずっと考えていた。






 ………………

 …………

 ……






 ある日の正午頃。いつものように洞窟に入ってキノコを採取する任務を受けていた時だ。


「ああっ!!嘘だろ……!」


「僕ら……運がないね」


 洞窟の外から声が聞こえる。次いで、ウォォォォンという仲間を呼ぶ獣の声。


 アルウィンが急いで洞窟から出ると、遠くに見えるのは冒険者3人が巨大なオオカミとその子分に睨まれている景色シーンである。


 積極的に村の家畜を狙う冰黒狼ダイアウルフと、その群れの長の個体、戦狂狼フレンジーウルフ。この種は知能が高く、黒に近い灰色の体躯たいくに、上顎の犬歯が大きく発達している事が特徴だ。

 子分の冰黒狼ダイアウルフは6頭。長を正面に冒険者を囲んでいる。冒険者は太刀使いの男、魔法士ソーサラーの女、そして槍使いの少年の3人だった。


戦狂狼フレンジーウルフはまずいわねぇ…私が後ろの小さいのを倒して道を作るから、私を援護してぇ!荷車は後で取りにくればいいわ!1度引きましょ!」


 杖を持った女が指示し、魔力を放出し始めた。

 残り2人も女と背中合わせの位置に立ってそれぞれ武器を構える。


「貫きなさい!〝雹結魔槍弾ヘイリックショット〟!!」


 杖の先端から出現した尖った氷の塊が空を切る。中級魔法の氷を飛ばす魔法の応用であろう。

 氷弾は女に噛み付こうと飛びかかった冰黒狼ダイアウルフの喉元をバスッと音を立てて貫通した。

 キャインッと犬のような声が響くと同時に鮮血が迸り、貫かれた狼は痙攣しながら頭から落ちる。


「まだまだよぉ!〝雹結魔槍弾ヘイリックショット〟!!」


 女は続け様に隣の1頭にもう一発同じ技を放った。

 今度の氷塊は真っ直ぐに脳天に直撃して血飛沫ちしぶきを撒き散らす。


「あんた達!2頭仕留めたわよぉ!さあ!」


 女は男達の方へ振り返る。

 その瞬間、女の表情は青一色に染まったのだった。


「僕は無事です!でもっ!エルゴさんが!!」


 槍使いの少年は2頭の冰黒狼ダイアウルフの攻撃を避けながらぜぇぜぇと荒い息で答える。

 狼はかなりの傷を少年につけられていたが2頭とも致命傷には一方及ばず、怒りをあらわに連携して襲いかかっている。


 一方、エルゴと呼ばれた太刀使いの男は……戦狂狼フレンジーウルフに赤子の手をひねるようにあしらわれていた。


 エルゴが振るう剣は、太刀に分類されるツヴァイハンダーというものだった。リーチが長いことが特徴的な武器だが、厚い毛皮に阻まれて攻撃が届いていないようである。

 また、腕や腹部からはばっくりと裂かれた痛々しい傷が見えていた。滴る血が池を作っており、間もなく致死量の出血量というところだろうか。

 エルゴは戦狂狼フレンジーウルフに引っ掻かれたようで息も荒く満身創痍だった。


「お前らッ!俺を置いて先に行け!早く!」


「あんた……なんて事言ってんのよ!そんなことはさせないわ!炎魔法でどうにか……きゃあ!」


「クソッ!メネアまで…!」


 茂みから飛びかかった新たな1頭に、メネアと呼ばれた女は強く押さえつけられて身動きが取れなくなった。勝ち誇ったように吠える狼に、メネアは必死で抵抗する。


「はぁっ…はぁっ……」



 一方、槍の少年は2頭をなんとか倒しきったが……

 ガルルアッ!!という、狼の決死の唸り声が森に響いた。

 途端。


「ぐあっ!?」


 狼の最後の足掻きで足を噛まれ、骨を砕かれたのかその場に弱々しくへたり込んだ少年。


「帰還は絶望的だ。くそっ、故郷の村に帰って母さんに孫を見せてやりたかったのになぁ……」


 そうエルゴが嘆いたとき。

 1頭の冰黒狼ダイアウルフの生首がぜぇぜぇ息をするエルゴの近くへ転がってきた。戦狂狼フレンジーウルフはすぐさま生首の来た方向へ視線を向ける。


「あっ……なんとか間に合った…かな…」


 血の付着した片手剣を持った小さな影に、3人は息を呑んだ。

 影の正体は、アルウィンである。


 ガルルアアア!!と咆哮してアルウィンを睨み付け、前傾姿勢をとった戦狂狼フレンジーウルフ

 満身創痍の獲物エルゴ共はじきに死ぬだろうからと、更なる獲物アルウィンを狩ろうと目を血走らせたのだろう。

 アルウィンの横からメネアの声がする。


「〝風鎧ウィンドアーマー〟!!」


 アルウィンの前方で、メネアを襲っていた1頭が弾け飛んでいった。

 それはすぐ近くの木に頭から叩きつけられ、キャインと弱々しく鳴いて茂みの中に落っこちる。

 残りは、群れの長のみだった。


 戦狂狼フレンジーウルフは地を蹴りあげて突進し、噛み千切ろうとあぎとをぐわあっと大きく開く。

 その攻撃の動作を目で追っていたもののアルウィンは未だ動かない。

 そして、彼の頭が喰われそうになったその刹那。


「シュネル流!〝辻風ツジカゼ〟!!」


 アルウィンは目を見開いて1歩だけ、左足を前に踏み出した。そして直ぐに左肩から繰り出された弧を描く剣先が白銀に光る。

 それだけでは飽き足らず。

 シュパッと鳴った快音の後に血が噴水のように吹き上がる。血が迸るその巨体に、アルウィンは回し蹴りを喰らわせ───ドガッと音を立てて、バランスを崩した戦狂狼フレンジーウルフは地面に倒れ込んだ。


「あーあ、一撃は無理だったか…」


 アルウィンの一撃は綺麗に戦狂狼の喉を切り裂いていた。彼の剣先には確りと鮮血が付着している。

 厚い毛皮に阻まれぬよう、ギリギリまで近接して斬ったのだ。

 しかし、流石は群れの長、ダメージはかなり食らっただろうがそれだけで絶命はしなかった。


 ガルルアアアアッ!!


 起き上がった巨体。眼を石炭のごとく血走らせ、鼓膜が破れそうな程の咆哮をあげる。

 戦狂狼フレンジーウルフはアルウィンを単なる獲物から自らの命を狙う敵、倒すべき敵である、と認識を変えたようであった。


 けれど、轟音にアルウィンは一切怯まない。

 右手に剣をギュッと握り、地を蹴り上げて駆け抜ける。

 対する戦狂狼フレンジーウルフは、小さなアルウィンの到達地点を確実に予測し、大股で跳び上がったのだった。

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