第20話 問答

 アルウィンの稼いできた資金は、火事によって失われてしまった。

 しかし彼はそれでも、懸命に剣を振り、任務をこなし、順調に目標の騎士へと駒を進めていた。


 アルウィンは師範オルブルの厳しい教えに必死で食らいついた。

 木剣で模擬戦闘を延々と繰り返し、体格差のある先輩剣士を何人も打ち負かし。

 全てはオトゥリアに追いつくため、血の滲むような修行を続けて、あと数日で13歳になるというときだった。

 彼は突然、師範オルブルから部屋に呼ばれたのである。


「座りなさい」


「……失礼します」


 師範であり、シュネル流剣聖と謳われるオルブルは、杯の酒をひと口飲みながら口を開いた。


「アルウィン、今まで振ってきたシュネル流とは何だ?」


「!?」


 師範からの問に、アルウィンは身構える。


 ───なんだ、この質問は。

 そんなこと、解りきってるじゃないか。


「シュネル流は、片手を主軸に剣を振る流派です…」


「ああ」


 殆どの流派は、両手で剣を振るうことが一般的だ。

 両手で振ることで剣に力が乗りやすく、攻撃に安定性や重さが加わってバランスよく戦えるからである。


 一方、片手で剣を振るうことの多いシュネル流は、受け流しの防御や手数の多さで相手の防御を崩す技、回転によって勢いを強める回転斬り、手首のスナップを利かせて相手に確実な斬撃を与える鋭い連続攻撃など足に比重を置く剣術を得意とする。

  しかし、そのアルウィンの言葉にオルブルは渋い顔をしていたのだ。


「聞きたいことはシュネル流の事ではないよ 、お前のシュネル流への想いを聞かせてくれ。

 アルウィン。お前にとってシュネル流とは何だ?」


「オレにとって………」


 ───どう質問に回答したらいいんだ。


 アルウィンはひどく混乱していた。

 正直に言うのならば、シュネル流は彼にとって『オトゥリアに再開するための手段』でしかなくなっていた。


 ───だけど、それは絶対に師範の求めている答えではないよな。


 アルウィンはそっと目を閉じた。

 そして、頭の中で剣を握った自分をイメージさせる。


 シュネル流の基本理念である〝朧霞おぼろがすみ〟の動作を、彼は頭の中で描くのだった。

 速攻向きの技の〝辻風つじかぜ

 受け流しの技の〝旭鶴あさひづる

 回転斬りの技の〝蒼天そうてん


 想像している自分の姿。

 その姿はスムーズな動きで剣を回している。

 全ての動きと動きの間は、まるで流れる水のように自然だった。言うなれば、小さな川のせせらぎのような自然な繋がりだ。


 ───そうだ。水じゃないか!


 アルウィンが口を開こうと意識するよりも早く、彼の無意識下で言葉は放たれていた。


「シュネル流は、水のような物……です」


「ほう…なぜ水なんだ?」


「水は如何ようにもなれます。荒土を潤す恵みの雨、山を反射する美しき光、大海の大いなる力、時には人を殺める濁流…といったように」


「それが、シュネル流と似ている…と、言いたいんだな!?」


「はい……!!」


「何故だ?」


「シュネル流には、二面性があります。相手の防御を突き崩したり、カウンターをしたりして隙を穿つ凶暴な動的側面と、守る受け流し防御としての静的な側面です。

 水も同じです。時には人を殺め、時には心に感動を与えます」


「それが、どうしたんだ?」


「しかし、そのふたつは強力な理性によって制御されるものだと思うんです」


「ほう。おまえの哲学フィロゾフィアか。聞かせろ」


「星の数ほどあるこの世の物は全て移り変わり流転する、これはオレが父に教わった言葉です。

 父には、世界は水によって絶え間無い変化と秩序の均衡が保たれていると教わりました。

 世界は一方通行で不可逆性を持っています。それは川の水とまったく同じです。

 そして、同じ歴史を繰り返します。まるで、海に辿り着いた水が雲になって、山に雨を降らせるように」


 普段のオルブルならば、このような哲学的な話を吹っかけられたのなら、退屈すぎて眠ってしまうことだろう。

 しかし、今日のオルブルは違っていた。

 真剣な面持ちで、食いつくように弟子アルウィンの答えを聴いているのだ。

 その真摯な姿勢に、アルウィンは若干驚きながらも続ける。


「シュネル流の2つの側面は、水によって制御される。流れる水のような、自然な繋がりで振る剣技、それがシュネル流なのではないでしょうか」


 鋭い眼差しでアルウィンは答える。

 すると、オルブルは満足そうに口もとを綻ばせた。


「それがお前のシュネル流に対する姿勢なんだな。

 正直、度肝を抜かされたよ。まぁ……あの野郎アレクシオスの考えにかなり似ているが合格としてやろう」


「父さん……!?」


「ああそうだ。アレクシオスと似たような哲学的な話を抜かしてやがるが、まあ面白いな。アルウィン」


 父と同じことを言ったというその言葉で、アルウィンははぁぁぁぁっと深く息を吐いた。

 唐突に襲ってきた緊張が解されたのだ。


 そんなアルウィンに向けるオルブルの目は、鷲のように鋭く細められていた。

 そして、その真剣な眼差しがアルウィンに口を開く。


「アルウィン。

 次の試練を始めよう。今から俺と真剣で戦え。

 ハンデとして俺は魔力感知を行わない。

 俺を唸らせるような剣を見せられるならば……奥義を教えてやる」


 アルウィンは息を呑んだ。


 奥義は6つあるが、それを学べるのは、門下生の中でもごく限られた5人の剣士のみである。

 もしも認められたのならば、騎士団に入ってオトゥリアと再開する夢に大きく近付くことだろう。

 彼の心臓は、トクトクとより強い拍動で血潮を全身に行き渡らせていた。

 彼は初陣も済んでおり、殺し合いという物にも理解はしている。そのためか真剣の殺傷能力については特に気にならなかった。

 彼にとってはそれよりも、奥義習得への期待の方が大きかったのである。





 ………………

 …………

 ……





 いつも、オルブルとは訓練場で手合わせをしてもらっていたアルウィン。

 しかし今彼を先導しているオルブルは、いつもの訓練場の更に奥にある〝継承の間〟へ入るように促した。

 継承の間で行うことはただ一つ。

 師範との真っ向勝負だけだ。


 ───遂にこの日が来たのか!オレはやってみせる。オトゥリアと再開するために……!!


 覚悟を決めドアを開けて入った継承の間には、パムフィルやテオドールなどの先輩や後輩、更には噂を聞いて駆けつけた村の皆が観覧席に見に来ていた。

 ゴブリン族の老人にしてシュネル流奥義会得者のベルラントも、アルウィンににこやかに手を振っている。

 どうやって知ったのだろうか、意外なことにお雇いゴブリンのラルフですら訪れていた。アルウィンを見つけると、深く一礼する。

 アルウィンはラルフに手を振って応え、オルブルから真剣を受け取って鞘から引き抜いた。


 じゃらりという重い音。

 人を殺すことができる武器の音だ。


 オルブルは、アルウィンに全幅の信頼を寄せていた。

 4歳から見ている少年。

 オトゥリアの背中を追いかけたことで、才能はオトゥリアの影に隠れながらも8年程度でこの継承の間まで来た1人の秀才だ。


 12歳で継承の間まで訪れた人間は、シュネル流の記録にはない。オルブルも、継承の間に入って当時の師範と剣閃を散らしたのは彼が14の年であった。

 アルウィンは、オルブルよりも早いスピードで剣士として成長した。それは、オトゥリアという追いかけるべき相手がいるからに違いない。

 理由はともあれ、そんな成長株のアルウィンにかけるオルブルの期待は大きいものであった。


「真剣……やっぱり重いですね」


 真剣で戦うことに、一切抵抗なく受け入れたアルウィン。

 それは、オルブルに対して『あなたの攻撃は全て防いでみせます』というような自信と捉えてもいいだろう。

 何せ、アルウィンの血と汗の跡は誰もが知っていることなのだから。


「アルウィン、構えろ。満足する剣を見せてくれたら認めてやる」


 そう言ったオルブルは、剣は抜かずに腰を軽く落として構えていた。

 居合の構え、錦竜にしきりょうである。


 ───どうやら、師範はただオレの剣を受けるだけじゃなくて攻めに来るんだな。


 一方のアルウィンは腰を軽く落として左手を前に突き出す。

 そして、右手を肩の近くに引き寄せると剣先を少しだけ下へ移した。

 カウンター攻撃の構え、天峰あまがみねである。


 両者が構えた途端。

 睨み合う間もなく、2つの影は床を蹴り上げた。


 ダンッという音が、壁に反響する。

 オルブルは、縮地で一瞬で間合いを詰めると、音も立てずに抜剣していたのだった。


「フッ……」


 剣を抜いた瞬間に、左への斜め切り上げを放ち。

 そして直ぐに手首を切り返して右斜めへ振り切っていた。


「テヤッ!」


 対するアルウィンもほぼ同時に、手首を回しながら3段の斬撃を解き放った。

 互いの瞳と瞳が、剣と剣が。

 激しい火花を散らしていくのだった。

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