第13話 開門

 中央の塔に登ったアルウィンたち一行は、待っていたテオドールにヤノシックの首を見せるのだった。

 パムフィルは堂々と首級を掲げ、少年のような笑みを零す。


「テオドール、こちらは万事うまく行きましたわ」


 ルクサンドラはにこりと微笑むと、テオドールと同じ方向を眺めていた。


「取り損ねた首を取ってくれたこと、感謝する。シャティヨン軍が到達する迄の時間は刻一刻と迫っている訳だから、早く表門を開ける必要があるな」


 上から俯瞰して戦況を見ていたテオドールはそう呟いていた。


「そうですわね。正面から攻城するのは時間がかかりますわ」


「これからの事を考えると、なるべく短く済ませたいものだ」


 テオドールの指示次第で、この戦いは短期戦にも、シャティヨン軍と野盗の連合軍と戦う長期戦にも成り得るのである。

 こちら側の消耗を少なくしてこの城を手に入れること。

 そして、シャティヨン軍に賊軍を合流させないこと。

 これが、この戦いを短期間で終わらせる条件だった。


 壁の外を見ると、あらかた麓での戦闘は終了していた。

 流石は上位の冒険者といえるだろうか。

 冒険者たちは数で勝る敵歩兵を圧倒し、レフェリラウスを失っていた敵騎馬隊もジルヴェスタによって士気が最高潮まで高まったゴットフリード軍の騎馬隊によって壊滅している。

 ジルヴェスタは今度は魔法が扱える冒険者を使い、壁を守る守備兵を倒そうと軍を動かしているところだった。


 そんな中、テオドールはしばらく考えたのちに口を開くのだった。


「危険だが……作戦はある」


 えっ?とでも言いたげなアルウィン、レリウス、パムフィル、エウセビウ。

 けれども、ただ一人ルクサンドラだけは何となく察しがついたのか、テオドールに対して力のある目線を据えていた。


「アルウィン、レリウス。2人は敵に見つからないように細心の注意を払いながら、南門の開門を頼んでもいいか?」


 テオドールはそう言い、2人を眺めていた。


「オレは大丈夫」

「俺もです」


 2人の意思を確認すると、淡々とテオドールは5人に淡々と作戦を伝える。

 そして、全員が納得したのかそれぞれの持ち場へと赴いたのだった。

 アルウィンはレリウスと共に階段を駆け下りて、先程捕まえた守備兵の元へと駆けていた。


「話が変わったから、君たちは解放する」


 そう言いながら全員の縄を解き、解き放つアルウィン。

 守備兵らは解かれた途端、脱兎のごとく南に向けて走っていった。


『あの守備兵らがヤノシックの死と中央の陥落を伝えるはず。

 そうなると、残存勢力がどう動くかは未知数だが、隙は出来る。

 それに乗じて表門を開けて来て欲しい』


 そう言ったテオドールの作戦通りか。

 アルウィンとレリウスが南門に辿り着いたとき、現場は大混乱に陥っていた。

 中央にいる人物はたった6名だから塔を取り返すべきだと主張する者や、早めに脱出してシャティヨン軍に合流するべきだと主張する者に分かれ、互いに譲っていなかったのだ。

 指揮官らしき4人組が口論をしているのを潮目に、彼らは気配を殺しながら扉まで30ヤードほどの距離まで来ていたのだった。

 扉を操作する部屋を守備している数は10人ほどだろう。


 そんな中、レリウスはそっとアルウィンに耳打ちする。


「アルウィン、合図をしたら縮地の上に気付かれないように〝凪風なぎかぜ〟で行くぞ」


「解った。オレは左側から行くからレリウス兄は右側を頼む」


 交わした目線。

 同時に2人は静かに縮地で躍り出ると、未だに敵の出現に気が付かない守備兵に向かって剣を振り下ろしていたのだった。


「「シュネル流、〝凪風なぎかぜ〟」」


 無音の後に僅かに遅れて響く斬撃の音。

 剣速は比較的ゆっくりだが、身体中の魔力を極限まで絞って気配を消しながら斬る技が〝凪風〟である。

 守備兵が敵の存在に気がついた時はもう遅い。致命傷を与えられて漸く、斬られたことに気が付くのだ。


 アルウィンとレリウスが狙いを付けた場所は頸動脈だった。そこを斬られれば即死する上に、他の部位に比べて斬られても痛みが少ない場所であるため断末魔などもない。

 聞こえるのは敵の倒れるドサッという音だけである。

 だがしかし、それは遠くにいる南門の本隊に気付かれることないほど微かな音だった。


 アルウィンとレリウスは守備に回っていた賊共をを見事に壊滅させ、ささっと扉の制御室へと侵入する。

 けれどここにも敵がいたため、ここでも瞬時に音を立てずに撃破。

 そうして、剣に付着した血を軽く落としながら装置を見てみると、門の開閉の装置は巻き取り式となっていた。


「この鎖を巻けば門が空くタイプみたいだぜ。俺がやるから、アルウィンはここを守っててくれ」


 レリウスは腕に魔力を込め、鎖を巻く取っ手を力一杯引き寄せる。

 けれども。

 腕にかかる負担はとてつもないもの。魔力をかなり込めないとビクとも動かないものだったのだ。


「ふんぬぬぬぬぬっ……!」


 美少年と言うべきレリウスの顔立ちが赤く染まり、歯を食いしばって思い切り鎖を引き寄せている。

 アルウィンは手伝ってやりたいものの、開門に気が付いた敵がいつ来てもいいように対応しなければならない事は解っていた。


 ゴゴゴゴゴッと響き渡る、門扉が開く音。

 踏ん張るレリウスが巻き取れた長さは10フィート程である。かなりの長さを引いている。しかし、馬が突入する魔力も音も今だ感じ取れないのだ。

 どのくらい表門は開いたのだろうか。


 その時、アルウィンは魔力感知で、こちらに向かってくる複数の魔力の揺らぎを感じとっていたのだった。

 開門に気がついたのだろう。

 急いでドタドタと駆け上がってくるこの音が、仲間であるわけがない。

 アルウィンは剣を引き抜き、長く息を吐く。そうして、突入してくる敵に備えていた。


 どうやらやはり、敵は開門を阻止する流れになったようである。ゴットフリード軍の侵入を許せば、この城の中は蜂の巣になるということをしっているのだろう。


「レリウス兄、敵が来てる。

 オレが戦いに行くから、気にせず頑張ってくれ」


 制御室の扉は狭く、1人づつしか入れない。

 扉の前で守るアルウィンは、必ず1対1での戦闘となる。

 そうなれば、体力や魔力が低下するなどという余程のことがない限り負けることはなく、時間も稼げるのだ。


「解ってるよ!アルウィン。早くやらないと……まずいことになるッ!!」


 レリウスは更に魔力を込めた。

 その真っ赤に染る顔は、苦悶の表情そのものである。

 けれども、彼は任された責任感故だろうか。

 腕が悲鳴をあげる中でも、覚悟に染った瞳で鎖を次々に巻きとっていくのだった。


「う、うぉぉぉぉぉぉ!」


 どんどん巻かれていく鉄の鎖。

 その長さは15フィート、20フィート……と、どんどん長くなっていく。

 そして、遂に。


 アルウィンとレリウスに扉の制御室を乗っ取られて焦りあたふたしている賊軍に、真昼間の日差しが照りつけたのだった。

 そして、それと同時に。


「空いたぞ!突入だァ!!!!」


 門の外から聞こえてきた、ジルヴェスタの声。

 そして、それに続く鬨の声と馬の蹄による地響き。


 ───上手くいったんだ。


 レリウスは巻きとっていた装置から手を離し、大の字で倒れ込む。

 歓声を聞いていたアルウィンは、扉を蹴り破ると即座に飛び出していた。

 そして、そのまま剣を引き抜くと、彼は瞬く間にジルヴェスタの登場にあたふたしている敵に向かって手首をくるくると回転させて剣を振り回し、敵共の剣を避け、瞬く間にカウンターを放ち……などといったように瞬時に撃破していったのである。



 その後、扉の外に広がった光景とは。

 南中の陽の下に煌めく、敵軍の中央突破を成功させたジルヴェスタ率いる騎馬隊と、それに連動する冒険者たちの背中だった。


 ジルヴェスタの快進撃は止まらない。

 電光石火の如くほかの塔も陥落させ、たった10分でこの城を手中に収めたのだ。


 こちら側354名のうち戦死者は冒険者がたった3名、騎馬隊に関しては死者は誰一人としていなかった。

 対する盗賊軍1500名のうち死亡者は700、負傷者は200程、残りは捕虜であった。これは、主戦力となったシュネル流使い達が、確殺の箇所を狙って斬撃を放っていた結果である。


 中央の塔に入ったジルヴェスタは、直ぐにテオドールから抜け道の存在を伺うと、捕縛した生き残りの盗賊を南門から負傷した冒険者や、帰宅を望む冒険者など50名ほど用いて迅速に連行させる。

 そうして戦闘開始から2時間が経つ頃には、場内に残っているのはゴットフリード軍の関係者だけになっていた。

 城の城壁に靡くのは、全てゴットフリード家の勇ましき旗である。


 しかし、こんな戦勝ムードであっても、皆の気は引きしめられていた。

 そう。

 これから、さらなる軍勢が、ゴットフリード領と隣をなすシャティヨン軍が、騎兵5000名を連れて攻めてくるのだから。

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