第12話 首領の最期
ヤノシックはテオドールに左の脛を刺され、100フィート下に落下していくのだった。
「お頭らァッ!!」
屋上にいた賊らは殆どが戦意を喪失し、顔を蒼白にしてだらりと項垂れていた。ただ1人、槍使いの男を除いて。
男は顔を憤りに赤く染め、テオドールを睨みつけると大声で怒鳴っていた。
「おい、テメェ、どう落とし前付けてくれるんだ!?レフェリラウスのフリをして俺を騙して、お頭を殺したクソ野郎め!」
「決まってんだろ?お前らを殺すなり、捕縛なりしてこの塔を陥落させる」
冷たく言い放ったテオドールに、槍の男は怒り心頭。
激しい怒気に顔を歪ませると、低い位置で槍を構えていた。
「テオドールだったか!?
ぶち殺して……お頭の仇を討つッ!!」
威勢よく立ち上がり、テオドールをぎろりと睨みつける槍の男。
けれども。
「嘘だろ……足が動かねぇ」
怒りに赤く染めた頬は、予想だにしえなかった自らの恐怖心に気が付いて一気に蒼白の色となる。
頭ではテオドールを殺したいと思うも、身体は言うことを聞いてくれないのだ。
「主が倒された所を見てビビってるお前らに俺は殺せねぇよ。
〝
テオドールは草属性の魔法が扱える剣士である。
指をパチンと鳴らした途端に、動けない賊の周りに何フィートもある蔦で出来たロープが地面から幾つも出現した。
それが塔の上にいた皆々を、槍の男も含めて一瞬で縛りあげていたのであった。
───さて。これを最後の仕事としますか。
テオドールは懐から1枚の折り畳まれた鮮やかな赤い布を取り出した。
それを広げると、パンパンと下から吹く風を利用して折りジワを広げる。
広げられたその布は大きく〝Gottfried〟と刺繍され、剣を咥えた金色の鷲が飛んでいる旗であった。
テオドールは震える槍使いの男から槍を取り上げると、その旗を槍の持ち手の部分に括り付け、塔の壁に槍を突き刺すテオドール。
突き刺された旗は、西から吹いた風に勢いよく靡いてバタバタと勇ましい音を立てながら舞っていたのだった。
この旗さえあれば、敵味方関係なく周囲に中央の塔の陥落、そしてヤノシックの敗北を知らしめる事が出来るのだ。
「さて、あいつらは大丈夫かな」
テオドールがゆっくりと視界を下げる。
下から響くのは戦闘の音。
アルウィンら5人組が正門を開けるために戦っているのだ。
下から吹き抜ける風は少しだけ涼しい。
───暫くはここで待機しよう。魔力感知は疲れるしな……
どかりと腰を下ろすテオドール。
さぁ、次は勝鬨を待つだけだ。
………………
…………
……
このあと場面は、2分ほど前に遡る。
作戦通り順調に裏門を突破したアルウィンらは、敵を撃破しながら先に中央の塔へ向かったテオドールを追いかけていた。
中央の塔の入口まであと30ヤードという、ちょうどその時。
アルウィンの魔力感知が塔の上から落ちてくる人の姿を捉えたのだった。
───テオドール!?
悪い予感を感じたアルウィンは真っ直ぐ上に目を向けた。
他のメンバーも感じ取ったのかそちらへ視線を向ける。だが、ルクサンドラは「違うわよ」と答えてアルウィンの肩をポンと叩く。
落ちてきたのはテオドールではなかった。
それは、野蛮そうな人相の悪い男だったのだ。
周囲には、中央の塔をぐるりと囲って、守る盗賊達がいる。
「皆さん、お下がり。私が処理します」
すぐさま剣を抜いたルクサンドラ。
落下の途中の男は、死んでいなかった。
「……ッラァ!」
覚悟に染った瞳。
それは、生きることを諦めていない瞳だった。
「がああああっ!!」と野獣のような咆哮をあげて身を翻すと。
小太刀を腰から抜いて、勢いよく壁に突き刺すのだった。
ザッと音を立てて、小太刀は見事壁に深く刺さる。
けれども。
それで落下の勢いは落ちたものの、完全に止められたわけではなかった。
落ちる速度を摩擦力で弱めようと必死だったのだろう。剣だけではなく、右足の踵も壁に突き刺して勢いを弱めようとしていたのだ。
通常、両足が無事ならば、足に魔力を込めれば落下の衝撃は大幅に緩和できるものである。
けれども、この男は左の脛から血を流していた。
そのため、上手く魔力が練れないようである。足に魔力が込められないように、傷を負わされていたのだろう。
その姿に指をさすルクサンドラ。
「あの男こそ、敵の首領のヤノシックよ。私が討ち取っておくから黙って見ておきなさい」
言い終わるか否かのうちに、縮地で地を蹴って駆け出していたルクサンドラ。盗賊狩りの異名は伊達では無い。
塔を守る盗賊らを無視し、すぐさま落下予定地点に飛び込むかのように到達すると、木に登るリスのように壁を駆け上がっていた。
平地で主に扱う縮地の技術を、彼女の強力なバランス力や体幹を駆使して壁走りに応用しているのだ。
壁を駆け上がったルクサンドラが狙う獲物は、もちろんのこと落ちてゆく敵首領ヤノシック。
その距離がだんだんと縮まり、そして。
「シュネル流、〝
空に煌くのは、血を伴った紅い閃光である。
ルクサンドラが剣を逆手に持ち替えながら、左後方に持つことで身体の後ろに隠していた剣を引き抜いたのだ。
ヤノシックの右手首が宙に舞う。
その手は、落ちる速度を緩めるための小太刀を持っていた方の手だった。
「あ……がぁっ……」
「「お、お頭ぁッ!!!」」
ルクサンドラに右手首を斬られたヤノシック。そして、それを見ていた守備兵らの絶叫。
腰に差した剣はもう一本あるようだが、慣れていない限り左手で上手く抜剣などできようもない。
どうにか藻掻くものの、それは全くもって無意味なこと。
血染めの大鎧は、20フィート程の自由落下の末に、ガチャリという音を残して動かなくなった。
それを見て、萎れた花のようにへたり込む野盗ら。
落ち着いていれば、足は無理でも身体を魔力で守ることで衝撃を緩和できたはずだ。
けれども、ヤノシックは激昂という感情に支配され、正常な判断が出来なかったのだろう。
アルウィンは、すぐさま魔力感知を発動させた。
ぴくりとも動かないヤノシック。
けれど彼の魔力回路はまだ僅かに流れていた。
魔力回路は、死後数分は弱々しくも動いているものだからだ。
───死んだのか確かめないと。
そう思ったアルウィンが1歩踏み出そうとしたその時。
「僕に任せろ、アルウィン」
「えっ」
アルウィンの肩を掴んだのは、パムフィルだった。
「確認は僕がやる。アルウィンは安全なところで見ていなよ」
パムフィルはそう言うと、魔力感知を発動させる。
ヤノシックの身体はボロボロだったが、まだ魔力は微弱ながら身体を巡っていた。
もちろん、心臓も鼓動を刻んでいるまま。
脳震盪を起こしているのか、パムフィルが近付いてもヤノシックの身体は反応しない。
「ねぇ、パムフィル……死んでるのかな?」
「脳震盪だと思うけど死んでないね。僕が首をやるから皆は周りのチェックをして。
あの戦意を失った奴らが抵抗してくるかもしれないし、異変を感じとった他方の部隊が来るかもしれないんだから」
その言葉に、それぞれが周囲に視線を向けて、いつでも抜刀出来る態勢へと移っていった。
彼らが道を切り開いてきた北側にはアルウィン。付近には、戦意喪失した守備隊がいる。
東側にはエウセビウ、西側を守るのはレリウスだ。
そして、残存する敵が最も多い南側には盗賊狩りとして恐れられているルクサンドラが位置に着く。
「準備は整ったね。
じゃあ、これで終わらせるよ……〝辻風〟」
静かに振り抜かれた、パムフィルの一閃。
それは、その軌道と同じくらい湾曲した紅い血の跡を壁に描いていた。
「お、お頭ぁぁぁぁ……」
力ない守備兵らの声。
彼らに抵抗する力などなく、対面していたアルウィンは全員から武器を楽々没収し、上にいたテオドールが魔力で作り出した縄で賊たちを捕縛する余裕さえできていた。
没収した中の1本、8フィートほどある
「君の意図は解った。とりあえず、二人でテオドールさんの待つ塔の上へ行こうか」
パムフィルはそう言うと、アルウィンから渡された
槍に括り付けられたその首は、苦痛に満ちた鬼のような形相だ。
先程までは憎しと思っていたのにも関わらず、苦しそうな表情の首級を見続けていたら気分が悪くなりそうで、アルウィンは視界に入れないようにしながら階段を登っていった。
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