第14話 交渉決裂
「あと1時間でシャティヨン軍が来るんだよね」
東側の城壁の上で待機中のアルウィンらは東側を眺めながら、シャティヨン軍の出現を今か今かと待っているところであった。
シャティヨン軍が出たら、まずは森の外にいるジルヴェスタが出向いて交渉に入る。
もしそれが決裂した場合、王都からの使者が来るまで戦闘になるかもしれないと伝えられていた。
残った冒険者らはまだ体力に余裕のある血気盛んな者達ばかり。
アルウィンらもしっかり休息し、連戦に備えていた。
シャティヨン軍が攻撃に転じた場合、直接対峙するのはシュネル流騎馬部隊50である。しかし、ジルヴェスタはブダルファルの街に伝書の鳥を飛ばして、残りの騎馬隊を既に呼び寄せていた。
その数は3000騎。
3000名は全て城を囲う森の中に隠してあり、こちらも準備は万全である。
それすらも掻い潜り、東門を突破しようとしてくる敵軍がいたとき。それが、最終防衛ラインを守備をするアルウィンらと冒険者の仕事なのだ。
「しかし、僕たちが後方にいるけどここまで抜かれる事なんてないだろ。大体3200対5000の戦いで数はこっちが少ないけど、ジルヴェスタ様は歴戦の戦術家なんだから」
下から吹き上げてくる風に、センター分けの前髪を揺らしているパムフィルは、そう口を開いて言っていた。
「そうだな。領主様は辺境伯としてヴァルク王国とも何度と刃を交えているし、遠く離れたキャペッド王国攻略戦でも数々の武功を上げておられる。それに、副官のヴェンデル様も防衛戦のプロフェッショナルと聞いているからな」
首にタオルをかけているテオドール。
ゴットフリード軍は本隊と突撃部隊に別れることが多い。シュネル流特有の突破力を有する突撃部隊は領主ジルヴェスタが自ら率いて、戦況を大きく書き換えていく役割がある。
そうして、戦況が大きく変わったときに臨機応変に動くのが本隊である。本隊を率いるのは、ジルヴェスタ・ゴットフリードという男を熟知している副官ヴェンデル、もしくはジルヴェスタの長男であるルディガーであることが多い。
今回はルディガーは内務処理を任されておりブダルファルの街に残っているため、本隊を率いるのはヴェンデルだった。
では、ジルヴェスタは数の少ない突撃部隊で、どうやって戦況を書き換えていくのだろうか。
それは、ジルヴェスタが戦術面の知略と小さな綻びですら嗅ぎ分けるかのような野性的な本能を併せ持っているからである。
北東にある隣国、ヴァルク王国は大陸南部唯一の龍神信仰国。宗教対立もあり、小競り合いは時折起こっている。ジルヴェスタは内部に龍神信仰地のズィーア村を抱えているため、龍神信仰そのものに寛容であるものの、侵略行為は徹底的に潰していた。
そして、防衛の達人であるヴェンデルや、まだ若いながらも優秀なルディガーは領主ジルヴェスタが他戦線に派遣された時に、領地を防衛するために残ることが多いという。
ということで、ジルヴェスタもヴェンデルもルディガーも、戦績のある優秀な将なのだ。
そんな歴戦の将相手に、シャティヨン軍は迂闊にも攻め込んでいたのである。
相手方の筋書きとしては、騎馬隊50と冒険者らが賊軍首領ヤノシックの罠にハマって城に封じ込められ、地下道を用いて城を脱した賊軍とシャティヨン軍の連合軍でジルヴェスタを滅ぼす、というものであったのであろう。
しかし。
怪我の功名と言うべきか、アルウィンが騎馬隊から遅れたために賊軍の騎馬隊からレフェリラウスが抜けて討たれた。
それによって大幅に敵騎馬隊の戦力が低下し、最終的にはヤノシックもテオドールに討ち取られて壊滅したのだ。
これはハプニングに拠るミラクルだったが、恐らくジルヴェスタはこの幸運が無くても戦況を俯瞰して分析し、賊軍を壊滅させていたことだろう。
「シャティヨン軍も賊軍がもう居ないってことそろそろ知る頃だろう?余程のバカじゃない限り戦いにはならないと思うぜ」
横から会話に加わったレリウス。
その言葉に、そうであったらいいわねと返したルクサンドラ。
しかし。
30分後、眼下に映っていたのは5000騎の旗を掲げた軍隊だった。
緑色の地にドラゴンが描かれた旗。
それは、シャティヨン軍のものである。
それを見て、圧倒されたのか。
アルウィンの後ろにいたエウセビウは、息を呑んでいた。
着陣したゴットフリード軍のシュネル流騎馬隊50人の中から駆けていく3騎の騎馬。
それは、交渉に向かったジルヴェスタと、その護衛である。
ジルヴェスタはシャティヨン軍の中に短期で入ると、出迎えた豪華な甲冑に身を包んだ人物と馬上で会話をしていた。
ジルヴェスタ・ゴットフリードが筋骨隆々なこともあるが、アルウィンらの位置からこのシャティヨン辺境伯とかいう肩書きの男はかなり小さく見える。
ある程度腕は立つのだろうが、ジルヴェスタほどの強さではないのだろう。シャティヨン領は襲撃を受けることが皆無に等しいほどない。魔物の森とは接しておらず、ゴットフリード領よりも険しい山に防がれているためヴァルク王国と矛を交えることもないのだ。
「あの男がシャティヨン領の領主、ドママン・シャティヨンだ。噂じゃ、兵法の知識や武術の腕前はあるが実戦経験は乏しいらしい」
テオドールの低い声。
何やらジルヴェスタとドママン・シャティヨンは言い合いをしているようだが、こちらには聞こえてくるはずもない。
5分ほど話した結果、ジルヴェスタはもとの騎馬隊へと戻ってくる。
と同時に、同じく軍に戻ったシャティヨンはなにやら大声で叫び、軍が陣形を整えると素早く三角形の形に広がっていたのだった。
その形は、突撃力に優れた魚鱗の陣というもの。確かに、陣形を意識しているということは兵法に詳しい一面もあるのだろう。
「交渉が決裂したんだ……また、戦いが起こるぞ」
パムフィルの声が、アルウィンの耳に響く。
ヴェンデルがジルヴェスタの所へ戻った頃には、シャティヨン軍がシュネル流騎馬隊50を徹底的に潰すように動き出していた。
シャティヨン軍5000は、一気にジルヴェスタの喉元を狙って突撃してくる。
城に入って篭城される前に、叩き潰そうとしているのだろう。
その馬が太鼓を叩くかのように鳴らす地響きは、かなり離れた城壁の上のアルウィンらにも伝わるほどであった。
「そのまま引きつけるぞ」
落ち着き払ったジルヴェスタはそう呟くと、森の方へとゆっくり後退していった。
シャティヨン軍は重騎兵なのに対し、ジルヴェスタの持つシュネル流騎馬隊は軽騎兵。速度ならばゴットフリード軍の方が上である。
なのにも関わらず、態々速度を落として敵に背中を追わせていたジルヴェスタ。
その距離は、どんどんと縮まっていく。
───ジルヴェスタおじさん!追いつかれるぞ!
焦っていたのは、アルウィンただ1人だけだった。
その様子を黙って見つめる、テオドールら5名。
しかしその5名の表情は、アルウィンとは対象的に明るいものであった。
「領主様は戦の達人だ。追いつかれるギリギリの所を上手くキープしてるに違いない」
そう、優しく教えるレリウス。
「それに、アルウィンは森にヴェンデル様の本隊が隠れてることを忘れてないか?」とパムフィル。
「ああっ、確かに!」
アルウィンは先程の憂いなど忘れ、ぱあっと顔を輝かせていた。
手前にはシャティヨン軍5000名によって巻き上げられた砂埃が上がり、視界は遮られている。
が、逃げるジルヴェスタは森に入った途端、アルウィンらにも聞こえる声で「散開ィ!!」と吠えていたのだった。
その途端。
ジルヴェスタの凄まじい声量に、森が轟いた。
その音圧に臆した鳥が、一斉にバサバサと飛び出して音を奏でる。
追うシャティヨン軍はジルヴェスタの覇気ある声に少しだけ勢いを失っていた。
が、それでも馬の足は止まることはない。
森の奥へと逃げるシュネル流騎馬隊に対し、シャティヨン軍も森に入って追撃をしてきたのだ。
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