第4話 その手は遠き頂へ
東京大賞典を終えて1999年の初戦を考える段になり、メイセイオペラの前には二つの道が示されていた。一つ目は前年と同じく川崎記念を走ることで、もうひとつは中央開催のフェブラリーSを目指すというものである。両者の開催日はひと月も離れておらず、東京大賞典からの三連戦は現実的とは言えない。
倒すべき相手であったアブクマポーロは当初から東京大賞典から川崎記念へと転戦する予定を表明しておりリベンジを図るという見方からすれば川崎記念へ向かうのが順当と言えるが、川崎記念の距離2100mはメイセイオペラの守備範囲からすればやや長いように感じられるうえ、東京大賞典での敗北から間も取らずに再戦したところで出る結果は変わらないという考え方にもそれなりの説得力があった。
また、陣営としてみれば府中のダート1600mはかつて不本意なまま出走を回避したユニコーンSと全く同一の因縁深い設定であり、二年前の借りを取り返しに行きたい気持ちも強い。幸いにして当時の中央には常勝、チャンピオンクラスのダート馬はおらず、三月開催の海外戦・ドバイワールドカップを展望するような馬は川崎記念でアブクマポーロと戦う道を選んでいたため、タイミング的にもメイセイオペラにとって最適と言える状況になっていた。交流競走の開始以来、常に中央馬に圧倒され続けてきた岩手の競馬界にとり願ってもない逆襲の機会を逃すわけにもいかない。
短い間とはいえ熟慮を重ねた陣営は一旦アブクマポーロとの対決を預けてフェブラリーSへの参戦を決断した。地方では準最強格と呼んで差し支えないメイセイオペラの出走は当然ながら全国の競馬ファンの注目を集めることとなる。
府中への遠征を行うにあたっては二年前の苦い教訓から陣営も細心の注意を持って臨み、水は全て地元から運び調教においても坂道を使わずにダートトラックで済ませるなどメイセイオペラのストレスを極力軽減するように心がけていた。また主戦を務めていた岩手の名手、菅原勲騎手も下見やレースの研究を重ね無様な走りにならぬようにと闘志を燃やしている。
迎え撃つ中央側もメイセイオペラのことを侮ることなくレース前から丁々発止のやり取りを仕掛けていて、昨年以来幾度となく戦ってきた中央ダート界を代表する強豪エムアイブランやタイキシャーロック、芝ダート二刀流の桜花賞馬キョウエイマーチ、短距離戦での強さには定評のあったワシントンカラー等が自分たちのフィールドを簡単に明け渡してはならないと手ぐすねを引いて待ち構えていた。
迎えたレース当日。レース直前のオッズでメイセイオペラはワシントンカラーに次ぐ単勝4.7倍の二番人気に推されていたがその差はわずか0.2に過ぎず期待の高さを改めて示しているものの、同時にいかにメイセイオペラと言えど簡単にはいかないレースであると考えられていたと言い換えることもできた。既に明白となりつつあった中央と地方の力量差を暗に示していたとも取れる評価ではあったが、それが未だ早計に過ぎなかったことを中央のファンはすぐに思い知らされることとなる。
開幕でスタートを決めたメイセイオペラは狙い通り好位を確保し良い流れに乗っていた。府中競馬場のダート戦でしばしば欠陥として槍玉に挙げられているスタート直後の芝地帯も無難に乗り切り、逃げるキョウエイマーチを射程に捉えながらコーナーへと入ったメイセイオペラは最後の直線に入るかというところで前へと進出を開始、徹底的なマークで彼の動きをけん制していたエムアイブランやタイキシャーロックを引き連れる格好で逃げ切りを図ろうと試みるキョウエイマーチを追撃した。
流石に桜花賞を制した名牝だけあってキョウエイマーチは直線半ばまで懸命に粘り込み抵抗を見せたものの、最後は失速しメイセイオペラに先頭を明け渡す。残されたエムアイブランとタイキシャーロックもただでは負けられないとばかりに必死の追撃を見せるが、メイセイオペラの豪脚は彼らの想像を超えていた。ゴールが近づくにつれその差は開いていくばかり。全ての抵抗を退けたメイセイオペラは見事先頭でゴールイン、スタンドのファンからの熱い声援に迎えられた。
その中でもとりわけ大きな声で喜んでいたのは、岩手から駆けつけていた地元ファンや関係者である。メイセイオペラの誕生に大きな役割を果たした馬主はしかしながら待望のデビューを前に病に倒れ、その活躍をスタンドで観戦することすら叶わないまま1996年末に亡くなっており、その後を引き継いだ奥方が遺影を手に涙声でそのゴールを見届け周囲から優しい声援を浴びせられた他、調教師もゴールの瞬間に我を忘れるほどの興奮に包まれていた。当然岩手でも水沢に集結してモニターにかじりついていたファンの喝采はいつまでも鳴り止まず翌日の地元紙の一面を飾るほどのフィーバーぶりを見せ、後年にはここまでの挑戦を題材としたドキュメンタリー番組が制作されてもいる。
一方、その少し前に開催されていた川崎記念ではアブクマポーロが難無く連覇を達成しており、地方競馬ファンにとって忘れられない一ヶ月となったことは間違いない。アブクマポーロ陣営にとってもメイセイオペラの快挙は良い刺激となり「次に戦うまでは負けられない」という気持ちも新たに帝王賞に向けて調整に入っていたのであるが、その後アブクマポーロは調整中に故障が発生し引退を余儀なくされ、二強の対決は永遠の幻の中に消えることとなった。
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