第3話 汝の走りに哲学を刻まん

 岩手競馬の三歳馬にとり最大の目標となる不来方賞(当時は春開催で岩手限定重賞)をあっさりと完勝したメイセイオペラ陣営の目は自ずと全国へと向けられるようになり、その叩き台として当時のJRAで唯一の三歳限定ダート戦であったユニコーンSへの出走を目指すこととなる。しかし、レース前に慣れない遠征競馬のせいか馬房で暴れて頭蓋骨骨折の重傷を負うアクシデントを起こし、ユニコーンSは無念の回避となってしまった。ちなみにそのユニコーンSを制したのは後年天才マイラーとして世界に名を馳せたタイキシャトルであり、仮に出走していたらどのような結果になっていたのか分からず、その意味でも極めてもったいない回避と言える。

 この件は年の終わりまで尾を引くことになり、調整の不足から地元開催の交流競走ダービーグランプリや三歳ダート戦線の締めくくりとなる大井のスーパーダートダービーで大敗を重ねたものの、地元限定の最終戦である桐花賞では楽勝し岩手に敵無しを改めて印象付けたメイセイオペラは翌年のさらなる飛躍を誓いつつ、しばしの充電に入ることとなった。



 1998年に入り、メイセイオペラは緒戦として川崎競馬場の名物競走・川崎記念を選んでいる。年始早々の大一番には中央・地方を問わず強豪馬が集結しており、その中にあってメイセイオペラは低評価ながらも四着に粘り力を見せたものの、勝利した船橋所属の年長馬アブクマポーロの前に力の差をまざまざと見せつけられた格好となった。

 南関東の哲学者とあだ名され、地方競馬ファンの期待を一身に背負い中央馬を寄せ付けぬ戦いぶりを見せていたアブクマポーロの打倒こそ当面の目標であると認識を改めたメイセイオペラ陣営は、上半期の交流競走の総決算である大井の帝王賞を目指して休養と調整を行い、地元開催のシアンモア記念を赤子の手をひねるが如き完勝で終えると勇躍大井競馬場へと赴いている。

 結果から言うと、帝王賞でもまだまだ二頭の間には大きな差があると認めざるを得ない完敗の三着に終わり、再度アブクマポーロの後塵を拝すことになった陣営はそれをも糧として秋の地元開催であるマイルチャンピオンシップ南部杯を目指し立て直しに入った。岩手夏の中距離交流競走であるマーキュリーカップで遠征してきた中央馬たちを歯牙にもかけない走りでまとめて返り討ちにし、宿敵アブクマポーロを迎え撃つ態勢を整えたメイセイオペラは首尾良く南部杯の日を迎えている。

 しかし、このレースでは今度はアブクマポーロの方が長距離遠征で調子を崩していた上、マイルという少々短い距離での戦いを強いられた影響からかいつもの力強い走りを見せられず、メイセイオペラはおろか地元船橋のかしわ記念で一度は下した中央のダート巧者・タイキシャーロックにすら後れを取る三着に終わっていた。勝利したメイセイオペラ陣営も勝ちは勝ちであるという認識は持ちながらも相手のホームで勝利してこその王者であれという気概のもと、今度こそ雌雄を決すべく年末の東京大賞典へと駒を進める。

 既に中央馬を何度となく退けてきた二頭はここで初めて「二強」として競馬ファンに迎えられることになり、アブクマポーロが一番人気、メイセイオペラが二番人気と中央馬を差し置いて支持を集め、レースにおいても果敢に先行するメイセイオペラに対し後方から堂々たる追い込みを仕掛けるアブクマポーロによるがっぷり四つの好勝負となった。最後は叩き合いの末にアブクマポーロがメイセイオペラを振り落として地方最強の座を死守することとなり、純然たる力負け故に陣営も後悔を残さず「次こそは」という決意を胸に新たな年へ思いを馳せることとなる。

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